新しい仲間
「そうだ、丸つけ途中だったよね、続きやろう?」
こくこく、小さな頭を縦に動かしたルネが広げたままの地図に目を向ける。
……しばらくして、魔族探しが終わった。
全員で腰を落ち着けて地図を見てたけど、世界中に丸が目立ってるから唸っちゃった。
「まだ結構残ってるな、魔族」
「うん……一つの街に五つ書き込まれてるんだけど、今日はここに行かない?
仲間呼んでたりしたら、そのうち街ごと食べられちゃう可能性もあるし。
数が多い場所から急いだ方が良いよね……」
東大陸にあるハウンネルの街を示したけど、この街は貧富の差が激しくて貧民街がある。
ルネには言いづらいけど……もしかしたら貧民を食べながら生活している魔族が潜んでいるかもしれない。
誰かが行方不明になっても、家で餓死してたり、野盗に身をやつして捕まってたり……いろんな事情で人がいなくなることが多いから、探されにくい環境なんだ。
食事しやすいことが分かれば、魔族は仲間も呼んで徒党を組み始める。
街ごと支配されてる場合もあった……人間より知恵があるから、対応も急ぐ必要がある。
地図とペンをしまうと、立ち上がって砂埃をみんなで落とした。
どうしていいのか様子を伺ってるルネには、私から笑いかけた。
「さ、準備も終わったし、早速旅立とう。
今からオルディアに会いに行こうか、空間移動で人間界にもひとっ飛びだよ」
でもドレスを握りしめたルネが、表情をこわばらせて立ちすくんでる。
さっきもオルディアを前にしたら同じように震えてたのに気づいて、慌ててしゃがみ込んだ。
「どうしたの、震えなくても大丈夫だよ?
魔王って言葉だけで怖いかもしれないけど、本当はとっても優しいお兄さんだよ」
「そうそう、俺たちの小さい頃からの親友なんだ。いいやつだから安心していいぜ」
ティーカーもしゃがみ込んで、ルネに目線を合わせて、明るい笑顔を見せる。
「何があっても俺がルネを守る。
だから大丈夫、一緒に行こう」
金髪に青い目のティーカーが、冒険者装備の手袋を外して、ルネに何もつけていない手を差し出した。
わざわざ手袋を外すのは、何もしない、戦わないよ、って合図だ。
ルネにも分かったみたいで……しばらくして恐る恐る、ティーカーの手のひらに指先を乗せた。
二人が手を繋ぐと、ルネが自分の包まれた手を見ながら、それでも後ろをついてきてくれる。
「あ……ねえティーカー、今更だけどさ。
場所移動して良いのかな……親御さんとすれ違っちゃわないかな?」
「オルディアがもう念話で呼んでるんじゃないか?
ルネ以外は解散させるって言ってたし、地図囲んでる間に集合させてると思うぞ」
ルネを見たけど、長い白髪をうつむかせたから表情が隠れちゃってる。
親の話題を出してもティーカーの手を強く握ったみたいだから、本人の意思としては私たちに付いていくのでよさそうだとは思えた。
……そういえば、どうしてルネは中庭に一人だったんだろう。
他の聖女候補は近くに後見人がいたけど、ルネはひとりぼっちで花占いをしてた。
探されてる様子もなかったし、親を頼るために私たちから離れるそぶりもしなかった。
「……」
気になったけど城内の警備をしてる魔族からオルディアの居場所を聞いて、今は謁見室に向かう。
廊下には魔族の移動があって、私たちは逆方向に歩いてる。
だから通り過ぎようとした魔族の噂話が、自然と耳に入った。
「選ばれたのはフェッセンリック卿の子らしい」
「全員、生粋の悪魔のはずだろう。聖女なんていたのか」
「魔王様に選ばれる良い機会だったのに、フェッセンリックめ。偽物をうまく作り上げたものだ」
恨めしそうな声はわかるとして……『聖女なんていたのか』ってどういうことだろう。
ルネにも聞こえてるみたいで、ティーカーの手を握りながらますますうつむいてる。
大きなお兄さんが立ち止まったから私も同じくしたけど、しゃがみ込んだティーカーはルネに両手を差し出した。
「よし、ルネ。ここは魔族が多いしぶつかりそうで危ないから、ちょっとだけ抱っこさせてくれよな」
目をパチパチさせたルネを抱き上げる。
普通の抱っこなんだけど、ルネは驚いたみたいで体を硬直させた。
移動を始めるとバランスを崩したみたいで、慌ててティーカーの首に抱きついてる。
軽そうに運ぶティーカーは背中をポンポンしてなだめてるけど、ルネはどう体を置いていいのかわからないみたいでオロオロしてた。
「あんまり抱っこ自体に慣れてなさそうだな。
……悪魔貴族だと実は「不敬だ」とか言われたりして」
「魔族の風習には私たちもそこまで詳しくないからね、後でオルディアに聞いてみようか。
でも不敬だとしたって今はこの混みようだし、仕方がないよ」
何も言わないルネが突然抱き上げられて怖がってないかと思ったけど、ティーカーの目線よりも高い場所が新鮮みたいで、目をキラキラさせている。
……でも子供に聞かせたくないような話は、そこかしこで起きてる。
……いっそのこと走り抜けようかな。ティーカーなら付いて来れるし。
と思ってたら、幼馴染が大きく息を吸った。
「『勇者がいくぞ、やっほっほーい、やっほっほーい。
美味しいプリンを目掛けてーいくぞー!』」
突然響いた歌に、驚いた魔族の波が割れる。
ティーカーは何も気にしてないみたいに歌ってるけど、私は恥ずかしい歌に真っ赤になった。
「ちょっと待ってよ、それお父さんがプリン盗むって宣言する時の歌だよねっ!?
今『勇者』って言ったら、みんな私のことだって思うでしょっ……っ中止、中止!」
「なぁルネ、この歌、お姉さんのお父さんが作った歌なんだぜ。いい曲だろ?」
「それ思い出補正だってっ……ねえ大声で歌わないでよティーカー、恥ずかしいよ!」
全部歌い切るまでに止めなかったらプリンが食べられちゃうから、洞察力の訓練だとか言われてた。
お父さんはお母さんのプリンが好物だから、絶対に浮かれてただけだって子供たちはわかってた。
でもルネはこの歌自体を知らないから、表情を和らげて、歌うティーカーを見ている。
なんなら調子に乗ったティーカーはスキップまで始めちゃって、ぐんぐん置いていかれるから私も走って追いかけた。
歌が終わる頃には気疲れしながら謁見室にたどり着いた。
門番に扉を開けてもらえたけど、中にはオルディアと……若く見える悪魔貴族がいる。
悪魔貴族を見たルネが体を縮こませて、ティーカーにギュッと抱きついたのが視界の端に映った。
「おおルネ、お前こそが魔王様の希望だなんて素晴らしい! よくやった、私はお前を誇りに思うぞ!」
声に驚いたみたいに、ルネがますますティーカーにしがみついてる。
「さあ、今日は旅立ちの日。お前と会う最後の日だ。
父にも抱かせておくれ。まさか拒むことはないだろう?」
ガタガタ震えてるのを見て、オルディアがため息してるのを見て、もちろん悪魔貴族が気になった。
……きっと親子ではあるんだ。オルディアも親子関係を否定しない。
でもルネは震えて、今日会ったばかりのティーカーにしがみついている。
まだまだ遊びたい子供が家に連れ帰られるわけじゃないのに、お父さんよりティーカーの方が良いんだってこともわかる。
ルネは貴族家に生まれたのに、誰も存在を知らなかった。
庭でもひとりぼっちで、従者の一人もいない。
抱っこも初めてみたいに目を輝かせて、今も初めて会ったティーカーに震えながら抱きついてる。
悪魔貴族の間に、聖女が生まれたらどうなるのか。
……きっと人間の中で魔族が生まれたのと同じ扱いを受けたんだろうな、なんてこと、ティーカーも背中をポンポンしながら気づいてる。
だったらお節介な勇者は、悪魔貴族のお父さん相手に、私が五年分の感謝をこめてハグしてあげるための腕を広げた。
「お父さん、ルネはティーカーの方が良いみたいだし、私が代わりにお相手するよ。
あ、でも聖剣には気をつけてね? 触っただけで火傷しちゃうからね」
「は? なぜ私が勇者などと。
ルネ、こっちにきなさい。私こそがお前の父だろう。……人間などに縋るな、こっちに来いっ」
無理やりでも掴むため手を伸ばしてきたから、瞬時に懐に入った。
抱きつくと締め付けて、離さないようにする。
悪魔貴族のお父さんが抜け出そうと暴れても、勇者の私には敵わない。
「はい、ギュッとしたよ。
将来の魔王妃に抱きついてもらってるんだから、よかったね。これで満足だよね?」
「あっつっ、聖剣かっ……ええいなんなんだ勇者ごときが、こざかしいっ」
頭を掴まれた。
爪が額に食い込みそうなくらい力が入ってるから、私も反撃の力を溜め込む。
「フェッセンリック」
魔王の鋭い一言でおとなしくなったから、私も体を離した。
お互いに睨み合ったけど、オルディアが手を打ち鳴らす。
「勇者フルル。ルネはこのまま勇者パーティに正式加入することになった。
フェッセンリック、ご苦労。ルネとの別れももう良いだろう、戻れ」
悪魔貴族は、オルディア相手には丁寧に礼をして出て行った。
でもルネはますます怯えた様子で、去っていく父親を見なかった。
……?
いなくなったのに、目を閉じてブルブル震えてる。どうしたんだろう。
ティーカーに頭を擦り付けて必死でしがみつくルネを見たオルディアが、再び手を打った。
困惑したみたいに顔を上げたルネから力が抜けて、顔をティーカーに埋め直したから、ティーカーが「念話か」って納得してスキップし始めた。
「『氷魔法でーキンキンだー。お母さんーのー手作りだー。
我慢なんーてーできないぞー。
スプーンもー手に入れたーらー、はいっ、いただきまーす』」
「懐かしい歌を歌っているな」
「ねえ待って、なんでその歌選ぶの!?
歌わないでって言ってるのにっ、歌うのひどいよティーカー!」
「へへ、ついこの間話題になったから、耳に残ってるの思い出したんだよな。
ルネは喜んでるし、ここには知ってるやつしかいないんだから別にいいだろ? もう一回行くぞー」
笑顔のティーカーが、ルネを抱っこしながら軽快に謁見室を跳ね回る。
ルネは驚きながら、でもちょっとずつ表情が和らいでいった。
ティーカーがもう一度歌い始めたのを止めようか悩んでたら、オルディアが私の隣に来た。
「フルル。……ある程度察しているだろうが……ルネは悪魔族なのに聖女だからと、生まれてからずっと幽閉されていた。
僕が神職も持っているから、いずれ用立てられないかと、この時を待っていたそうだ」
抱っこされたルネの長い白髪が跳ねるたび、ティーカーに嬉しそうに抱きついてるのを見てもわかる。
……きっと誰かに抱っこしてもらったことなんて、一度もないんだ。
占いを覚えたり、文字を書けたり、一通りの教育は受けさせてもらえたみたいだけど……いつか魔王の前に差し出しても恥ずかしくないように、失礼のないように、ってことだ。
「ルネは謁見室にくるのも、本当は嫌がってたんだ。
お父さんに『魔王様に失礼なことをしちゃいけない』って言われたから、オルディアを前にするたび震えてたのかな。
……あれ? 待ってよ、もし今回、聖女なのにオルディアに用立てられなかったら……」
ルネは、どうなってたんだろう。
聖女なのに聖女選びで失敗してたら……そう考えながらオルディアを見上げたけど、魔王はため息を吐いた。
「フェッセンリックには他にも子供がいて、全員優秀な悪魔貴族として知られている。
その中で聖女として生まれて、生きていられただけでも不幸中の幸いだった。
使えなければ簡単に切り捨てるのが魔族だからな。……僕もそうだったように、救われる保証はない」
ルネが地図の丸つけに必死だった理由も、よくわかった。
無意識のうちに歯を食いしばってたけど、古い魔族は弱肉強食の考えが浸透してる。
悪魔貴族が出ていったばかりの扉に目を向けたけど、厄介払いできたみたいな清々した後ろ姿が目に焼き付いてて、胸の辺りがモヤモヤする。
「念話で最後に嫌味も言って逃げたんだ、ろくな話は出てこない。
何も言わずともティーカーが構ってやるだろうが、ルネには今後、フルルからも気を配ってやってほしい。
……待て、フルル。追いかけてどうする気だ」
「ルネが言葉を話せない理由も聞いてこなきゃ。
ここまで連れてきてくれた感謝も込めて、もう一回抱きついてくる」
「僕以外の誰に抱きつくって?」
今すぐ飛び出していきそうな勇者だったけど、その言葉で止まった。
魔王が銀の髪をかき上げて握ってるけど、綺麗な顔が苦しそうになってる。
「攻撃のためだと分かっていても……フルルが誰かと抱き合ってるのを見るのは、あまり好きじゃない」
う。
何も言えなくなってたら、近づいたオルディアに抱き込まれた。
「出来れば僕以外の異性を、腕の中になんて入れないでほしい。……挨拶すら嫌なことは、以前にも教えただろう」
「あ、う、その……独占欲?」
見上げると、悲しそうな深緑の瞳と出会って身動きができなくなる。
真っ直ぐに見つめてくるオルディアに頬を触られて、思わず背筋が震えてた。
「そうだ。僕はフルルを独占したい。
……本当は誰にも触れさせたくないくらい、フルルのことが好きなんだ」
はっきり言われると思ってなかったぁぁ。
勇者が慌てるけど、オルディアの綺麗な顔が近づいてきて、深緑の瞳が悲しげに揺らぐのが見えた。
「今日はこうして話をする時間すら貴重なんだ。
……僕が対応するから、フェッセンリックなんて放っておいてほしい」
キスされたから、驚いてまぶたを閉じちゃう。
オルディアの細い指が髪の中に入ったと思ったら、さっき悪魔貴族に掴まれたところを優しく撫でられた。
暖かい光の感触……回復魔法だ。
「ルネは勇者パーティに参加する以上、活動は主に人間界になる。戻ってきたとしても魔王城だ。
……魔界の出来事なんて忘れるくらい、僕たちの仲間として大事にしていこう。その方がルネにとっても良い」
……そうだよね。
過去に起きたことを、今すぐどうにか出来るわけじゃない。
今は未来を見なきゃいけないんだって、魔王を見上げて力強く頷いた。
「任せてっ。勇者としてルネのこと、これからもずっと守っていくからねっ」
決意も新たにオルディアを見上げると、頬にキスされた。
不意打ちに、顔が熱くなる。
けどそれがいいらしくて、オルディアが満足そうに頬擦りしてきた。
「僕も今日は聖女選びの予定が変わったから、他の仕事が終わり次第フルルたちのところへ向かう。後で合流しよう。
ティーカー、ルネの世話を頼んだぞ。走って置いて行かないようにな」
「絶対に気をつけるっ、ルネのことはまかせろー!」
抱き上げて高い高いするからルネが驚いてるけど、ティーカーは何度も受け取りながら満面の笑顔だった。
何も言わなくたって喜んでルネをあやしてるから、思わずオルディアと目を合わせて「心配なさそうだね」って笑っちゃった。
「なあルネ、丸つけてくれた場所、一緒に回っていこうな。
人間界って広いんだぜ、一緒に楽しみ尽くそうなっ」
天井ほどの高さに放り投げられても、目をキラキラさせて楽しんでるルネが頷いた。
……多分、高い高いも初めてなんだろうな。
声は上がらないけど、掲げられるたびに口を開けて楽しそうなルネを見て、もっともっと楽しい思いをさせてあげなきゃって、私も勇者としての決意を新たにした。
こうして、勇者パーティには仲間が正式に増えた。
長い白髪に赤の瞳、五歳の小さな女の子。
悪魔貴族のルネ。
ティーカーが改めて抱きしめると、ルネは優しいお兄さん相手に表情をほころばせて……遠慮がちにでも、首に抱き返していた。




