厨房から呼び出されて
今日は魔王城の厨房で働いて、恩返しをしてた。
だからお仕事で外出してたオルディアが戻ってくると、紅茶係として呼ばれたのにも一侍女として向かった。
普段通りにしてたはずなんだけど、今やお仕着せ姿で机の上に寝そべって、下着が執務室の絨毯に落ちてる。
森で見た獣みたいにオルディアに抱え込まれて、室内に濡れた音が響き続ける。
扉の前に門番がいるのに、忘れて気づかないくらい頭が真っ白になって、叫んで震えてた。
「はぁ、っはぁ、……っ」
必死に呼吸を繰り返す私の頬に、オルディアの手が触れる。
振り向きざまの唇を、舌まで入れながら何度も吸われた。
口を離した魔王がのしかかりながら抱きしめてくるから、私も起き上がれないまま、机にへたり込んでる。
「っ……どう、したの、オルディア……まだお昼、なのに……したくなっちゃったの……?」
厨房で働いてるって知ってたから、今日は魔王らしくここで抱こうって思ったのかな。
突然だったから魔族の衝動が関係してるのかと思ったけど、背中から抱きつくオルディアは首を横に振っている。
「……厨房であった騒ぎは、僕に言わないのか」
「え。そんなの、料理長が報告してるんじゃないの?
荷運びのサイクロプスが積み上げた箱が落ちて割れたのは、向こうが新しいの取り寄せて弁済するとかなんとか……話半分だったから、私もあんまり知らないんだけど……」
「倒れた箱がゴブリンに降りかかったから、勇者が間に入って突き飛ばしたゴブリンは無事だった。
でも……勇者は一人で全部受け止めて……瀕死になって。
箱の下から現れたフルルは、救助に向かった魔族数名が体調を崩すほどの惨状だったと聞いた」
あ。
オルディアの言う通り、瀕死になったんだっけ。忘れてた。
回復魔法で治してきたから平気だし、みんなも無事だったから、もう終わったことのつもりだったんだけど……そんな細かいところまで料理長、報告したのかなって首を傾げる。
オルディアは外出中だったし「報告だけした」って聞いてたけど、私のことまで聞いたら驚くよね。
「ええと……この通り無事だし、何もなかったよ?
お仕着せは元に戻せないから新しい服を作ってもらえるって聞いたし、一件落着だと思ってた」
「そうか……不思議だな。
僕はまだ落ち着かないんだ……詳細な報告を受けてからずっと、フルルを閉じ込めておく方法を考えてる……」
え。
慌てて振り返ったけど、近くにある深緑の瞳は痛みを堪えるみたいに暗く沈んでた。
驚く合間に胸に手が伸びて、簡単にお仕着せのシャツがボタンごと引きちぎられた。
「オルディア、まって制服破れっ……ぅぁんっ!?」
ブラも裂かれて、ただの布に変わる。
出てきた胸を両手で揉まれて、また森の獣みたいな行為が始まって、力が抜けて机に寄りかかってた。
「まってオルディア、無事、もう傷ひとつないからぁっ。
私が落ちこぼれなだけで、お父さんだったら絶対に自分も避けてるやつだしっ、当たったとしたって防御力ある私なら大丈夫だって、わかって入ってるからっ……っ?!」
繋がった部分から精気が吸われる。
強い魅了効果に、何を話しているのかすら忘れそうになった。
一度だけオルディアを満たすためにした、淫魔に吸精されながらの行為が始まったんだって、体の内側から燃え上がってきてる。
「いつもフルルを旅に出すと、魔が差しそうになるんだ」
「あぅ、ぅ、ま、が、さす……?」
「このまま閉じ込めて囲ってしまいたい……僕だけのものにして、僕のことしか考えられないようにしてしまいたい……二度と離れるなんて考えられないくらい、勇者の心も堕としてしまえないかって……」
のしかかるオルディアに耳を噛まれると、変な声が出た。
噛んだところを舐められると耳に集中して、囁き声をまともに聞いてしまう。
「フルル……人間界の魔族は僕が罰して回るから、僕の元にだけいればいい。
このまま、誰にも触れられない場所に閉じ込めてしまいたいんだ……」
でも、弱らせた獲物にのしかかるオルディアの思い詰めた声は……。
「……っ」
そんな傷ついた声、聴いたら。
私も流されてる場合じゃないって、必死に状態異常回復の魔法をかけた。
正気に戻って振り返る。
傷ついた暗い瞳が目の前にあるから、慰めたくて手を伸ばした。
私の手が届く頬や目元を撫でられてるオルディアは、私から目を逸らして、合わせられずにいる。
そんな幼馴染の頭を、昔みたいに撫でた。
「心配させて、ごめんね。
きっと報告を受けて怖かったから、きつく言わなきゃって思ったんだよね。
大丈夫だよ。私は生きてるし、ここにいるよ」
歯を噛み締めてる音も、微かな震えも。
苦しそうな吐息も……瀕死になった私のことを本気で心配してくれたからだって、わかる。
だからこそ、小さく吐息を繰り返す魔王の銀の髪を撫でて、平気だって笑った。
「今日は私が、事故に飛び込んだって聞いて……きっと驚いたし、怖かったよね。
ごめんね、無茶してるつもりなかったんだ。だから言わなかった」
逃げ遅れても私なら耐えられると思って、ゴブリンたちを全員弾き出した。
どれだけ痛くたって、大怪我したって、最後には回復できるってわかってた。
一人で討伐に行くことも多かったし、自分が生きて戻れる境界線は知っていたから……みんな大騒ぎしてたし悪魔神官たちまで急いで来てくれたけど、全身回復して着替えて働き直した。
「オルディアに怒られてるのに、今も飛び込んでよかった、取り返しのつかないことが起きなくてよかったって思ってるんだ。
……えへへ、ごめん、つまり全然反省してないかも」
オルディアが私の肩に、額を押し付けた。
でも、何も言わない。
怒ったりせず、痛みを堪えるみたいに、ギュッと抱きしめてくる。
……だから『少しでもオルディアの心の傷が癒えますように』って願いながら、銀の髪を撫でた。
ようやく顔を上げた幼馴染の頬は、ちょっと膨らんでいる。
「……フルル、ひどい」
昔のレムスみたいな拗ねた言葉を聞いたら、懐かしさもあって胸が甘く疼いた。
深緑の瞳が少しだけ、潤んでるようにも見える。
「僕は気が気じゃなかった。
仕事なんて放り出してすぐにでも戻ろうと思ったら、フルルは「平気」って叫んで、もう何もなかったみたいな顔してるって言われた。
でもひどい状態だったから、魔王の婚約者として自覚するよう、叱ってほしい……そういった詳細な報告を聞く僕の気持ちがわからないから、フルルはそう言うんだ」
「う。ごめん……」
実はレミンも私を一目見ただけで卒倒して、体調不良で今日は早退した。
人間の血に慣れている魔族ですら悲鳴を上げるほどのズタボロ状態だったのに、料理長に「平気っ」なんて元気いっぱい答えたのが悪かったのかもしれない。「どこが平気なんだ!」って、あんなに怒鳴った料理長、初めて見たもん。
「ゴブリンたちも勇者も、どちらの命も取り返しがつかないだろう。……心配したんだ。
そもそも冒険と厨房仕事では、装備が違う。当たりどころが悪ければ想定以上に傷を負うはずだ。
別々に暮らしていたときは無事を信じていられたのに……そばにいるはずの今は、すぐにでもフルルがいなくなりそうで怖いんだ……」
「オルディア……」
腕の中にいるはずなのに、すぐにすり抜けていきそうな幼馴染の勇者を、オルディアが言葉もなくギュッと抱きしめる。
……昔は一緒に行動してたからよかった。
傷があればすぐにレムスが回復してくれたし、私は臆病なところもあったから無茶もしなかった。
でも今はそうじゃない。
苦しむオルディアを前にしたら、私が甘く考えてたこともよくわかったし……このままじゃいけないって思ったから、口を開いてた。
「えっと……実はオルディアに、まだ言ってなかったんだけど……取り返しがつかなくならないように、考えてることはあるんだ。
もし私に何かあったら、魂だけになっても待ってるから……オルディアに、迎えに来てほしいな」
オルディアは私の案を聞いて、顔を上げた。
揺れる深緑の瞳を見ながら、恥ずかしいけど「オルディアのこと、たよりにしてるんだ」ってはにかんでた。
「黒い神に魂を壊されかけた時も『オルディアなら魂だけでもあれば大丈夫』って信じてた。
あ。もちろん、お父さんとお母さんにもらった大切な体だから大事にするよ?
だけど……人間の体はどうしたって、百年ももたない。オルディアを悲しませる別れは、いつか必ずやってくる。
だから私の体が、もしどうにもならなくなったら……ティーカーみたいに、魔力で体を作って欲しいんだ」
一千年以上生きるオルディアと、もう離れない。
「オルディアのことが大好きだから、ずっと隣にいたいな」
そんな気持ちが全部伝わりますようにって、息を呑んで目を丸くしている幼馴染を見つめた。
「私は魔王の妻として永遠にそばにいるし、もう離れないよ。
一緒に人間界が平和になるのを見届けたいし、オルディアをそばで支えていきたいって思ってる。
どれだけ長い人生だって、オルディアとならずっと一緒にいられる……それくらい大好きだから……置いてどこかに行くつもりはないよ」
魔王の力が込められた聖銀の指輪に、目をやる。
『約束』が嵌められた手を伸ばして、彼のまだ何もない指を包んだ。
幼馴染の男の子は額を私の肩につけて、苦しそうに息を吐き出して、ギュッと抱きしめてくる。
「聖剣の守護者だったティーカーみたいに、小さい体でもいいから、そばにいさせて欲しいな」
掻き抱いてくる腕が、力強い。
魔王が私を掴む腕に力を込めて、ますます額を押し付けた。
「どこかにいなくなるなんて、怖がらなくたって大丈夫だよ。
魂だけになってもそばにいるし、もし迎えにきてくれなかったら、私からオルディアのこと呼びに行くからねっ」
明るく話して、うつむく魔王の銀の髪を撫でた。
オルディアがしばらくして……腕の力を緩めた。
机に寝そべる私の背中に顔を埋めて押さえながら、ため息してる。
「希望は聞いた。ただ……僕が魂の器を作れることが簡単に身を投げ出していい理由にはならない。
次に何かあった場合は、牢に入れる。
……いいか、今度こそ地下牢に繋ぐからな。
拘束して逃げ出せないようにするから、覚えておくように」
すごい、命じ方が魔王っぽい。
でも地下牢に囚われた程度で私が反省するかなぁ……って考えてたら、上にのしかかってたオルディアが腰を押し付けてきた。
ついさっきまでのことを意識して息を呑んでると、耳を甘噛みされたから変な声が出た。
「シカルカで攫われた時には、ただの魔族の元から逃げ出すのにも苦労したんだろう?
……いいか、勇者フルル。ナフィと一緒に抜け出したのとは比じゃないくらい、僕は本気でフルルを捕まえる。専用の牢獄で、神の加護も届かないように囲ってしまうぞ。
聖剣の神の加護がなくなれば……今度こそ僕の子を孕むかもしれないな」
不意に、切ない表情をしたオルディアを思い出した。
私が状態異常で倒れた時も『子供はまだだね』って言ったら、少し寂しそうだった。
冗談じゃなく家族が欲しいんだって気持ちを実感していると、頬にキスされた。
「ね、ねえ、オルディア。
赤ちゃん、そんなに欲しいの?」
「欲しい」
耳元で言われて、気恥ずかしさで真っ赤になる。
オルディアが私に頬擦りすると、戯れてるみたいなのにドキドキして、身動きできない。
「フルルは子供が出来ても冒険を続けるだろう。
一緒に冒険に出ても良いし、落ち着いた環境が良いなら僕が魔王城で育てる。
だから……安心して産んでほしい」
魔王の子供だから、養育とかもしっかりしてるんだろうな。
そもそもレムス優しいから、良いお父さんになるんだろうな……って色々考えちゃう。
考えすぎて目が回りそうになると、魔王が楽しそうに笑ったのが吐息で分かった。
「人間界から魔族を全撤退させてからの方が、フルルは腰を落ち着けやすいということは僕も理解している。
聖女探しも進めているし……僕は本気でフルルを妻として迎えるつもりだ。
家族も増やしたいから、将来のこととして考えておいてほしい」
のしかかられていた体から、熱が離れる。
オルディアから身支度の音が聞こえて、なんとなく寂しくなりながら私も体を起こした。
「今日のことは事故が起きること自体が問題だから、関係各所に再度厳重注意しておく。
フルルも怪我に繋がりそうな事案があれば、僕や料理長に報告するように。魔王城に勤務している侍従なら従えるな」
他の魔族だけで同じことが起きた場合に困るし、王としての命令だから素直に頷いた。
取られたショーツを返してもらえたから履いたけど、オルディアは魔王の椅子に腰かけて長い足を組んで考えてる。
そっか、副官さんたちにお仕事の念話してるのかも。
私への話も終わったみたいだし、もう退室した方が良いのかな、紅茶係の役目も終わっちゃった……って思ったけど、うつむくだけでも大問題が見えてた。
「ねえオルディア」
「うん?」
「私のお仕着せ、破られてて帰れないんだけど……更衣室まで空間移動で送ってもらってもいい?」
大きめにオルディアがちぎっちゃってるから、掻き合わせても布が足りない。
試しに胸を自分の腕でも隠してみたけど、肌がどうしても見えちゃう。ブラは壊れてただの布に変わった。
「流石にこの格好で外歩けないよ……露出高いだけじゃなくて、オルディアと何かあったの丸わかりだもん」
「送らない」
衝撃の一言に、焦茶の目がぱちぱちしちゃった。
聞き間違えたかと思ったけど、目の前には楽しそうに手を広げた銀の髪の魔王がいる。
「僕に抱きついていれば見えないだろう?
仕事が終わるまでそばにいてくれればいい。エィもそろそろ帰ってくる」
「え、そ、そんなの副官さんに怒られちゃうよ?!
そうだっ、今着てる上着貸してくれれば良くない? 羽織って急いで着替えて、返しにくるよ」
「貸さない。……さあ、勇者フルル。魔王の執務室からボロボロの格好で出ていくのを目撃されるのと、僕の仕事が終わるまで待つのと、どちらがいい?」
とんでもない取引を持ちかけられて、真っ赤になった。
小首をかしげたオルディアの、銀の髪が陽の光を反射して揺れる。
「……ほら、フルル。おいで」
愛情いっぱいの深緑の瞳が細められて、半淫魔らしく綺麗な表情で誘ってくる。
いろんなことをぐるぐる考えたけど……オルディアが少しでも落ち着けるはずだしいいかなって、思い切って膝の上に乗った。
正面から抱きついたら、破れた胸の部分は見えなくなる。
素直に従った私を、オルディアも嬉しそうに包んだ。
「……フルルとこうしてると安心する。副官も置いてくるくらい、急いで帰ってきて良かった」
「私はまた厨房のお仕事すっぽかしちゃった、ってドキドキしてるよ……。
紅茶係でここに来るたび、オルディアのところから帰らなくなってる気がするんだけど。いいのかな……」
「僕の相手が最優先だ。
侍従としても、未来の妻としても……フルルが僕のそばにいてくれることが、力になる」
はっきり伝えてくる声に真っ赤になったけど、頷いて体を預けた。
私が大人しく甘えると嬉しそうな魔王が小麦色のおさげ頭を撫でてくれたから、オルディアの広い胸に頬擦りした。
「……えへへ。魔神たちからオルディアが悩んでるって聞いてたけど、前に言い淀んでたことがわかってよかった。ずっと気になってたんだ」
「ああ……海沿いの街で内緒にしたのは、今回と別件だな……」
「えっ待ってよ違うことなの!?」
驚いたし顔を見て話そうと思ったけど、オルディアがギュッと抱きしめてくるから離れられなかった。
「気になるのか。……なら、また今度話そう。
もっとも、僕が素直に話すとは限らない。フルルが良い子にしていたら、ご褒美に教えてあげられるかもしれないな」
気になるけど、ご褒美だからって結局教えてもらえなかった。
勇者を弄ぶなんて、魔王ひどい。
膨れちゃったけど、オルディアは私をからかえて楽しそうに笑ってるから諦めた。
仕事を始めたオルディアに体を預けてたけど、戻ってきた副官のエィさんには、侍従制服の私がオルディアにまたがってくっついてるから驚かれた。
でも抱き合ったまま私は動けないし、オルディアの体はポカポカするし……精気も吸われて疲れた体が、だんだん眠くなって目を閉じてた。
ふわふわ意識が霞む中で、静かな声が聞こえた。
「猫が無事で良かったですね、主。
……私も事故を目撃した者から、さまざまな念話が飛んできていたので。実際に姿を見てほっとしました」
副官さんまで心配してくれたんだ。
頭を撫でてくれる指に安心して、ついに寝ちゃったけど……魔王城のみんなとももう仲間になれたのかなって、嬉しい気持ちでいっぱいだった。
みんな、勇者であっても私を心配してくれる。
魔族と人間。勇者と魔王。
種族も役目も違うけど、心はちゃんと一つになれるんだって……夢現でオルディアにもたれながら、今日は気持ち良くお昼寝時間を過ごせた。




