オルディアの歌声(後編)
「フルル!」
起きたら目の前に、神官服姿のオルディアがいた。
ベッドに横たわる私の手を、心配そうな顔で握ってる。
冒険者服姿のティーカーも私を覗き込んだけど、滅多になく焦り顔だ。
「ようやく起きたっ……フルル、状態異常まみれで倒れてさ。
オルディアが解除しようとしてくれたけど……」
少しでも動こうとすると、体に痺れが走って動けなくなる。電気系の罠にかかった後みたい。
……神界で会った邪神のお告げ通り、今も麻痺状態は続いてるってことだ。
ほとんど顔も動かせないけど、今は魔王の部屋にいるのは景色だけでもわかった。
「大丈夫だよ、ティーカー。ほら……意識も回復したし。えへへ、元気元気」
辛そうなティーカーに笑って見せたけど、聖剣をいつも通り抱える体は酩酊状態で、少し頭を動かすだけでもグラグラする。
物事がうまく考えられないこともバレてるから、ティーカーの心配そうな顔は崩れなかった。
望まれて歌を歌っただけなのに、一番責任を感じてるオルディアは、深くうつむいて銀の髪を垂らしている。
「邪神の呪いで状態固定がされていて、僕にも解除出来ないんだ。
神に尋ねたら『勇者が解き方を知ってるはずだから目覚めたら聞け』と、そう言われて……」
「うん。オルディアの言う通り、神界で魔神と会ったよ。
だから心配しなくていいよ。ティーカーも。呪いを解く条件は聞いてきたからね」
「勇者だからって、みんなフルルに背負わせ過ぎなんだよな……っああくそ、言っても仕方ないか。
で、今度の神の試練はどうすれば終わるって?」
「神の試練とか、そんな大袈裟なものでもなかったんだ。……その……」
こんなに注目浴びながらいう事でもないんだけど、どうしよう。
真っ赤になったけど、幼馴染二人は解く鍵だって真剣に向き合ってくれてるから、大きく息を吸った。
「邪神に言われたこと、そのまま伝えるね。
オルディアは神官として神に捧げ物もするし、いつも魔界のために働いて、いい子にしてる。
だから……『状態異常の勇者を抱く機会なんてないだろうから、俺が呪ってる間にしておけ、ご褒美だ』って……」
部屋がしーんとなった。
恥ずかしいけど事実だからオルディアを見つめると、魔王が微笑んで、そっと私の小麦色の髪を撫でた。
「わかった。直接神界に乗り込んで叱ってくる。
フルルを巻き込むなと、僕も意思を示さなくてはな」
だめだ、聖剣の神と邪神が争い始めただけでも神界が大騒ぎだったのに、魔王と魔神まで戦ったら世界が今日終わるかもしれない。
ティーカーもとんでもない戦いが始まるって気づいたみたいで、すぐに親友の肩を掴んで椅子に座るよう圧力かけてた。意地でも座りたくないみたいにオルディアの腰が浮いている。
「待てオルディア、落ち着けって。邪神が斜め上から贈り物してきて意味わかんねえのはわかるけどさっ。
お前に何かあったらフルルも悲しむし……いいか、叱りに行ったってフルルの状況が好転するとは限らないだろ?!」
そう、オルディアが選べる選択肢は今、一つだけにさせられてる。
ティーカーが徐々に赤くなり始めたけど、不満そうに振り返った幼馴染には思い切り言い放った。
「お前らがいちゃつくだけのことなのに、今更照れるなよ。
言っておくけど、この場に居合わせてる俺が一番気まずいからなっ」
事実だし恥ずかしい話だから、聖剣を手繰り寄せてちょっとでも顔を隠した。
ティーカーが動揺して止まったオルディアを離すと、ベッドに横になったままの私の聖剣を預かって、小麦色の髪をわしゃわしゃにかき混ぜてくる。
「俺は人間界に戻ってリアネ探ししてるから、オルディアはまた明日にでもフルルが治ったか教えてくれよ。
一人で戦いに行こうとしなくても、治らなかったらみんなで乗り込めばいいって。俺も神界慣れしてるんだから、頼れよな」
神界でティーカーに助けられたこともあるから、オルディアも口を閉ざしてる。
少し体から力が抜けた魔王に気づいたのか、安心したティーカーが太陽みたいな笑顔を浮かべた。
「治療だって、治療。テンプテーションかかった仲間を冒険中に治療してるパーティがあるのと同じだろ?
フルルも嫌がってないんだから、長引かせずにとっととしてやれよ。
……言っておくけど、俺もこの話題が長引くの嫌だからな。早く人間界に戻して欲しい」
その一言が決め手になって、すぐにティーカーは元いた街に送り届けられた。
戻ってきたオルディアと二人きりになったけど、決意したみたいで神官装備を脱ぎ始めた。
白くて綺麗な肌が、黒い神官装備を脱ぐほどあらわになる。
男の人らしい筋肉質な上半身が見えて、細くて長い指が今度はズボンに手をかけて……見ちゃダメだって、慌てて目を閉じた。
着替えの音が聞こえるだけでも、ドキドキする。
オルディアが近づいてくる足音が聞こえて、布団を剥がして覆い被さってきたのにも目を開けられずにいた。
頬を包む手のひらの感触で、ますます鼓動が跳ねて……唇に何かが触れたから思わず瞼を上げると、オルディアの指が乗せられてた。
「……悪かった。フルルを傷つけたくて歌ったつもりじゃないのに……こんなことになって……」
「うっ、ううん、魔神たちのいたずらのせいだよ。
聖神に捧げる歌も、魔神に捧げる歌も、すっごく綺麗な歌声だったから聴けてよかったって思ってる。
だからもう気にしないで。ね? 私は大丈夫だから」
唇に触れる指に、心配しなくていいよって伝えたくて自分からキスしてみせた。
全身が麻痺してるからほとんど動けないし、酩酊で目の前がクラクラして、どうすれば慰められるのか考えつかない。
それでも空元気だけは得意だから笑って見せると、オルディアが唇を重ねてくれた。
「ん……っ」
気遣うような優しいキスだ。
唇を甘く吸って、何度も啄んでくれる。
その感触が、愛し合う恋人っぽい雰囲気で……酔っ払い状態に照れも加わった体がますます熱くなる。
体調不良の女性になんて、普段のオルディアなら絶対に手を出さない。
そんな真面目な魔王が深緑の瞳を揺らして、それでも男性を受け入れやすくなるよう痺れる腰に触れてきた。
「あう……っ」
「痛いか?」
「ううん……っ痺れて、ちょっとピリピリしただけ。
酩酊で感覚が変になってるから、かな……触られても平気、だよ……んん……」
状態異常の複合効果なのか、全身感覚は鈍いのに、オルディアが触れた場所だけは強い刺激を感じてる。
――その後は目眩く時間が続いた。
恥ずかしいけど、二人で行き着く先まで何度も到達した。
ベッドの上で今は優しく微笑む幼馴染を見て、身も心も蕩けてる。
腕枕してくれる恋人が好きな気持ちでどこまでもいっぱいになって……唇を甘く吸ってくれる感触に、自然と身を任せてた。
「フルル……好きだよ」
「私も。えへへ……私もオルディアのことが大好きっ」
今回の呪いには、オルディアへのご褒美以外の理由があったらしい。
実は魔神たちが、勇者に子供を授けるために練った策略だった。
聖神の恩恵が薄れているうちに、私を身重にして聖剣の勇者じゃなくなるようにする作戦だって気付いてくれたオルディアに感謝しながら、腕枕に頬擦りした。
「子作りは魔族退治が終わってからにするつもりなんだ。
私はまだまだ、勇者として世界中を巡らなきゃいけないからね。
えへへ、危なかったぁ……やっぱり魔神は一筋縄じゃいかないね、オルディアのおかげで助かったよっ」
「……ああ、そうだな」
でも、一瞬だけ。
深緑の瞳が、細められた。
切なそうに。
オルディアの表情は悲しげで、泣きそうにも見えた。
「オルディア……っ!?」
理由を聞きたいのに、目の前が手のひらで隠される。
真っ暗になると意識が途端に揺らいで……夢と現実が混じり合ったみたいな、白い世界に立っていた。
聖剣の神が、見える。気がする。
戦いやめた魔神と邪神がそばにいて、舌打ちしたり、呆れた声をあげている。
夢現だけど、人間界にある体が徐々に楽になる。
オルディアが状態異常を解いてくれてるんだ。
呪いも何もかも解けて、体が軽くなっていく……そんな私の前では、派手な魔神が邪神と一緒になって肩をすくめた。
『あーあ。素直じゃないねぇ、我らが魔王様は』
『聖属性混じってるからって、オルディアは禁欲的すぎるんだよ。
魔族の欲求なんて、火山に溜まりつづけるマグマと同じ。……閉じ込めたって、どうにもならないのに……』
『まぁ、言うて神混じりの魔王だ。釣り合いはとれてるし、頭もいいから噴火口がどこかも自分で分かってる。
だから下手につついて暴発させないようにだけ気をつけろよ、勇者。
魔族の衝動に従った魔王になんて、人間が敵うはずないんだ。
魔王オルディアが本気を出したら、俺ら魔神が直接お前ら人間に手出しするようなものだって覚えておけよ。な』
脅すみたいに二柱の神が怖い顔してる。
でも『一応神様なんだね、心配してくれるんだ』って言ったら吹き出して笑われた。
『ほんっと、図太い勇者だね。
少しは繊細なオルディアを知るべきだと思うけどな。……ま、時間の問題か』
邪神は何か知ってるみたい。
私も気になるけど……オルディアが溜め込んでるものって、なんだろう。
言い淀んで、秘密を抱えてるみたいだった幼馴染の姿が思い浮かぶ。
でも考えるよりも先に、聖剣の神が首を横に振った。
『神官オルディアは弱き者ではありません。必ず勇者と共に、悪しき闇であるお前たち諸共、討ち払うでしょう。
さあ、勇者フルル。あなたもお帰りなさい……あなたがもたらす世界の平和を、誰もが心待ちにしていますよ』
聖剣の神に神界から戻されて……起きた頃には、状態異常も全部解けていた。
もちろん二人きりの部屋で、オルディアが抱え込んでる話も聞こうとした。
「ただの魔神たちの奸計だ。気にしなくていい」
けどいくら聞いても、くすぐろうとしても、いつも通り平気で微笑む魔王には、やっぱり教えてもらえなかった。
……いつか、オルディアが自分から教えてくれる日が来るのかな。
隠し事が気になるけど、教えないって決めたオルディアを負かすのは、簡単じゃない。
根負けした勇者は、いつか絶対に聞いてやるって新たに心に誓いながら、冒険を再開したのでした。




