好きなところは?(前編)
今日は魔界の情報収集の日に決めて、厨房で働いていた。
お昼ご飯の時になると、いろんな角度から魔界の話が出てくるし、みんな優しいから頼りになる。
ゴブリンらしく尖った耳にいっぱい金属が付いてたり、やんちゃな風貌に磨きがかかってるゴブローがオムライスを口にしながら「そういえば」って呟いた。
「最近、魔王様が新しく村を作ってるらしいぜ。実家に帰ったら兄貴が関わってるらしくて自慢された」
「オラも聞いただ。まだ誰も移住してないって聞いただが、弱い魔族や攫われてきた人間の受け皿になるって聞いたなぁ」
魔界には魔族に餌として連れてこられて、逃げ出しても家に帰れずひっそりと隠れ住んでる人間がいるみたい。
自力で魔界の扉を越えても、人里までたどり着くには海を越え、山を越えるなんて長い旅路になる。
……オルディアのお母さんもそうだったように、攫われた時に戻る場所自体が滅びてなくなってる人もいるから、生きてても魔界自体出る気にならないんだ。
改めて魔族と人間が共存して住める『始まりの村』を作ろうとしてる噂について、みんなと話し合ってた。
まだ噂程度なのも、オルディアが少しずつ様子見しながら進めてるからみたい。
こういう魔界の話題が聞けるのも、厨房で働くからこそだった。
お昼休憩が終われば、下拵え用の包丁を握る。
ゴブリンたちと今日も軽快に人参を飾り切りしてると、狼男の料理長が私を呼びにきた。
「おーい勇者、魔王様からご指名だ。休憩用のお茶を頼む」
「わかった、すぐ行く……あっ、ねえねえ料理長、オルディアが『ハーブティーが飲みたい』って言ってたから、今日のお茶は私が選んでもいい?」
「いいぜ。魔王様は勇者が選んだ物の方が喜ぶだろうからな」
やった。
今日はスキルの『薬草選別』を使って、オルディアが好きそうなハーブを自分で選んだ。
前回一緒した冒険で、私が火属性魔法でお湯を沸かして、薬草をおひたしにして食べていた話題になった。
ゆがいた汁……つまりハーブティーもどきは勿体無いから飲む話をしていたし、お気に入りの組み合わせがあるって話もして「気になる」って言ってくれてたから、今日はおすすめを持って行った。
「魔王様、失礼致します。
本日はハーブティーをお持ちしました」
レミンに教わった作法通り、休憩用のお茶とお菓子を手に、執務室に入る。
乾燥したハーブが開く時間を見極めて丁寧に淹れたら、香りを聞いて一口飲んだオルディアが目を瞬いた。
「ハーブティーとは聞いていたが、フルルから聞いた話では想像もつかない、いい香りがするな。
美味しい……この甘さは砂糖か」
「グレノ農園から購入しているリコリスです。
ちょっと入れるだけで、甘くて飲みやすくなります」
紅茶にお砂糖を少し入れるのが好きなオルディア好みの味になるかなって思ってたけど、喜んでくれたみたい。
表情を和らげて休憩を楽しむオルディアを見るだけで嬉しくて、壁際に下がるのも忘れて見つめちゃってた。
顔を上げた幼馴染と目が合って、綺麗な顔で微笑まれる。
……指を包まれた。
手を繋ぐだけなのに心臓が跳ねるくらいドキドキして……でも同時に発された副官さんの殺気に気づいたから、慌ててお辞儀をした。
「では魔王様、おそばに控えております。
何かございましたらお声がけください」
手を離したオルディアは不満そうだけど、副官さんの目が厳しいから急いで壁際に寄る。
……私を教育してくれたレミンたちが、後で副官さんにチクチク言われちゃったら困るんだ。
仕事終わりでも話は出来るし、教わった通り頭を下げて片付けまで控えようとしてたら、副官さんの声が聞こえた。
「勇者が下働き、ご苦労様です。
是非とも聞きたいのですが、あなたは主のどこがお好きなのですか」
嫌味な声で、すごい話題が飛んできた。
つい真っ赤になったけど、オルディアもお茶を口にしながら止める気配はなさそうだし、恋人として気になるのかもしれない。
副官さんに目を向けると、悪魔貴族らしく尊大な顔で、私を下働きとして見つめてる。
「魔王様への個人的な感情は話せないなどと、下働きらしいつまらない答えは不要ですよ。
あなた個人として、率直な意見を聞かせていただきたい」
私個人として。
給仕姿だけど『勇者フルル』として聞かれるなら素直に答えてやる。
負けん気の強い私も背筋を伸ばして、真っ直ぐに副官さんと向き合った。
「オルディアの好きなところは、優しいところかな。
月並みだけどね、一番好きなところだよ」
「主の優しさが際立っているのは理解できます。
……他には? まさかもう終わりなどと言わないでしょうね」
「どうして詳しく聞きたいの?」
「敵同士でありながら、勇者が魔王様を射止めた理由が、私にはわからないからですよ。
幼馴染という特権を利用し、愛も司る聖神の加護などで惑わせて、人界のため魔王様を便利に使おうという策略だと疑っています」
なるほど、今日の副官はシィさんだ。
悪魔貴族の副官さんは、長男のエィさん、次男のビィさん、三男のシィさん……っているんだけど、シィさんは特にオルディアが好きで、私を大嫌い。敵対心が時折、殺気にも似てる。
シィさんは私に鋭い目を向けて、兄弟と同じ容姿なのに、誰より一等強く私を見据えた。
「市井でも『勇者は魔王様の財産目当てだ』ともっぱらの噂ですよ。
今日も下働きして主に近づき、気に入られようとしていますね。
人間界に平和をもたらせぬ勇者が、金銭以外の何を目的に魔王を望むのですか」
「……シィ。雑談だと思って許していたが、フルルを責めるのが目的なら退室させるぞ」
「いいよオルディア、大丈夫。
そうだな……オルディアのこうやって気遣いしてくれるところとか、優しいに含まれちゃうと思うから……私よりも地頭いいし、強いのもすごいって思ってるかな」
「ふ。主でなくても良い項目ですね。
表面的な強さだけをお望みなら、他の相手を紹介しましょうか?
勇者より地頭が良い魔族なども、魔界にはそこかしこにいますからね」
「オルディアは魔王のお仕事も毎日頑張ってる。
冒険に出たい気持ちよりも優先すべきことを考えて、ちゃんと実践してる。
そういう努力家なところも、忍耐強いところも好きだよ。
……でもちょっと挫けるときもあって、普段とのギャップがあると守ってあげたくなるんだ。
一人で辛い気持ちを抱え込んでる時は慰めたくなるし、放って置けない感じで……凛々しいだけじゃないところも好き」
「……む」
オルディアの何が好きかなんて、伝えていないだけでたくさんある。
黒髪に若草色の瞳だったレムスも、大人になって再会した時には銀の髪に深緑の瞳の魔王になってたオルディアも……知れば知るほどもっと好きになる。
「小さい頃からレムスにだけは、女の子として守られても腹が立たなかった。
ティーカーだと相棒って感じだから『もっと頑張ってやる』ってムキになっちゃうけど、レムスだと後ろから見てて気づいたこととか、あったかい気持ちで言ってくれるのが分かるから、悔しいけど素直に聞けた。
ティーカーに負けて泣いてたら、優しく慰めてくれて……一緒に作戦会議までして『どうやったらティーカーに勝てるかな』って自分のことみたいに考えてくれたの、今でも覚えてるよ」
オルディアも覚えてるみたいで、目が合うと見つめあってた。
「優しく諭しながら、一緒に戦い方を考えてくれたよね。
そういう面倒ごとでも放り出さないし、付き合いの良いところとか、大好きだよ」
口にすればするほど、私の中にも自覚が生まれる。
魔王って立場だから好きなんじゃなくて、オルディアだから好きなんだ。
本人は戸惑って、顔が熱いみたいで扇いでる。
シィさんは反対に、冷たい目で私を見た。
「……他には」
「他は……最近は魔族化してちょっと強引になってるから、迫られるとすっごくドキドキするかな。
魔王だから最初は警戒してたのに、時間をかけるほど気持ちが向き合う感覚になって、この感じが恋なのかなって、意識しちゃって……触られるだけでびっくりしたり、そばにいながらくすぐったい気持ちになるのも、恋だよね」
「……顔は? 主は顔もいいでしょう。なぜ真っ先に上げないのですか」
「だってオルディアの内面が、まず好きな所だからね。
顔立ちは昔から整ってたけど、レムスが笑うと、天使様みたいに可愛かったんだ。
今は笑うと格好良い。淫魔らしく綺麗になったから、女性好みの顔だって私でも分かるよ」
「声も良いはずです。主の声は魔界一です。私は号令をかけられると従いたくなります」
「声変わりして低くなったけど、清涼感のある透き通った声になったよね。
聞き入れやすいし、耳が聞いてるだけで気持ちいいな、好きだなぁって、いつまでも聞いていたくなる感じ?」
「わかっているではないですか。
主は王としての気品も良いでしょう? ……」
シィさんは本当にオルディアが好きなんだなって、二人で討論会みたいになった。
これがシィさんだけじゃなくて、悪魔貴族の副官さん全員がオルディアへの忠誠を誓ってるらしい。
夢中になって話す副官さんと思い出も分け合ったけど、褒めあう形になったから、オルディアが恥ずかしそうにしてるのも横目に見えてた。
……一生懸命してたら邪魔せず、見守ろうとしてくれるところも好きなんだよね。
でも……そばにあるカップの中身が飲み干されて、乾いてるのに気づいた。
為政者の休憩が終わっても副官さんと話して居座る給仕なんて、ダメに決まってる。
私の職務が怠慢だって言われても何も言い返せない状況に気づいて、慌てて机に近づいた。
「もっ申し訳ございません、魔王様。
お仕事の邪魔をしてしまいました。食器を片付けて退室いたします」
カップを下げようと、手を伸ばす。
でも指が触れる前に視界が回って、気づいたらオルディアの膝の上に体が乗せられてた。
「っ?!」
唇も奪われて、思わず声が出る。
ぎゅっと抱きしめてくる相手を見上げたけど、私を抱く魔王が甘く微笑んでた。
「シィから吹っかけているし、僕も許しているのだから、休憩の終わりなんて気にしなくていいのに。
……フルルは他にも、僕の好きなところはないのか」
「え!? えっと……そうだね、普段あんまり言わないから……聞きたい?」
「聞きたい」
「じゃあ……こういう強引なところも、ドキドキするかな。
勇者として拠り所なく戦ってきてたのが、ここが私の止まり木なんだって……オルディアのそばにいていいんだって安心するのも、好きなところかな。えへへ」
「奇遇だな……僕の拠り所もフルルなんだ。
フルルこそが道標で、信じているから迷わず進める。
僕はフルルを勇者としても、個人としても尊敬している」
囁き声に魅了されて、真っ赤になっちゃう。
状態異常対抗に失敗したから回復まで体を預けてると、オルディアが頭をいっぱい撫でてくれた。
シィさんは顔を顰めてるけど、上官が嬉しそうなのを見てため息を吐いた。
「仕方ありません。主の癒しばかりは、その猫にしか出来ないことです。目を瞑りましょう」
小麦色の髪に頬擦りしたオルディアが、甘く微笑んでるからドキドキする。
……ちゅって甘い音と共に、柔らかい感触が唇に触れた。
こういう色っぽくなって、お互いに大人になったことを感じさせてくれるところも、好き。……これは恥ずかしくて、言えないけどね。
魅了が解けたら、改めて体を離してくれたオルディアの前から食器を下げて、お仕事に戻らせてもらった。
お盆を手に退室して……顔が熱いのを冷ますためにも、廊下が長くて助かっちゃった。




