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本山の言う通り、夏原さんは確かに“ぼっち”のようだった。
他の女の子とグループを作ることもない。それどころか人と話しているところさえ見かけなかった。
隣の教室をのぞくと、いつだって彼女は窓際の席で一人つまならそうに頬杖をついている。自分の視界からクラスメイトを締め出して。
孤高、という言葉がよぎった。使ったことのない言葉だけど彼女にぴったりだ。彼女のために生まれて今までずっと眠っていた言葉なのかもしれない。
そんな夏原さんに友だちにしてもらえたこと、もっと喜んでいいのかもしれないな。
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「だからクソ委員だって言ったでしょ」
最初の中間テストが終わった五月下旬。
竹ぼうきを握りながら、夏原さんはいまいましげだった。
春はとうに遠ざかり、日差しはすでに真夏の力強さ。汗がにじんだ彼女のひたいに、ぺったりと髪がはりついている。
「なんで朝の八時からボランティアでこんなことしなきゃいけないのよ。バカみたいに暑いし」
僕たち環境委員は今、学校のまわりの清掃活動をしている。
「だってこれが仕事だから。まぁ、ちょっと掃除するだけだし。あ、空き缶落ちてる」
つぶれた缶を拾ってビニール袋に放りこむと、夏原さんの視線がじっとりと痛い。
「なにまじめに掃除してんのよ? あんた本当に変な男」
「そうかな?」
「そうでしょ。他のやつらはばっちりサボってるわよ」
あたりをぐるりと見回す。
確かに人がまばらだ。そもそも集合の時に全員いなかったし、来てる奴もしゃべってるか遊んでる。
夏原さんはうーんと伸びをした。
「あーぁ、私だってゆっくりメロンパン食べたかったのに」
「メロンパン?」
「そう、私 朝食はメロンパンって決めてるの。あそこの公園で食べるのが日課なのよ」
そうなんだ、じゃあ毎朝あそこに行けば夏原さんに会えるんだ。いいことを聞いたぞ。
「じゃあ夏原さんも行っちゃってもいいんじゃない? 今抜けてもバレないよ、きっと」
ぎろりとにらまれた。
「私を他の卑怯な奴らと一緒にしないでくれる? 仕事くらいちゃんとやるわよ」
「あはは」
「……なに笑ってんのよ?」
「いや、夏原さんも実は真面目なんだなって思って……いてっ!」
背中をはたかれた。
「バカなこと言ってないでさっさと終わらせるわよ」
「えぇ? 僕、叩かれるようなこと言ったっけ?」
「笑ってるのがムカつくの」
え、なにその理不尽。
「あんたいつもヘラヘラしてるじゃん。そういうところが不愉快」
「そうかな? まぁ、今日にかぎっては、君と一緒に掃除してるのが楽しいだけなんだけどね……って痛てっ!!」
今度は頭を殴られた。
「そういうところがムカつくのよ」
ふいっと彼女は顔を背けた。
よくわかんないけどごめん、と謝りながらけっこう重くなったゴミ袋を持ち上げる。
彼女はむすっとした顔のまま、僕の二の腕をじっと観察していた。
「……山丘くん、意外と筋肉あるね。帰宅部でひょろいと思ってたのに」
「あ、分かる?」
僕は胸をはる。
「小学生のころから、地道に鍛えてるんだ。マラソンしたり、筋トレしたり。中学入ってからはさらに負荷かけてる」
「なにそれ? ボディービルダーにでもなるつもり? 全然似合わないけど」
「違うよ、君を守るため」
いつか“運命の女の子”に会って、その子のピンチに何もできなかったらまずいから。
「君が思ってたより強そうだったから、僕ももっと強くならなきゃいけないと思ってさ」
「はっ」
彼女は鼻で笑った。
「キモっ。あんたなんかに守られるほど、私は弱くありませんけど」
「ですよね」
僕は盛大に苦笑した。
そう、それが問題なんだよなぁ。




