育てる男
最初に女へ人を紹介した時、男に特別な意図はなかった。
困っていることを聞いて、それなら詳しい人間を知っていると名前を出した。仕事をしていれば、その程度の紹介は珍しくない。相手にとって役に立つなら、それでいいと思っていた。
しばらくして、紹介した人間と再び会う機会があった。
「あの人、面白いですね」
女のことだった。
男は何気なく続きを聞いた。
紹介された女は話を聞くだけで終わらず、そこから自分で資料を探し、別の人間にも話を聞き、すでに仕事の一部へ取り入れ始めているという。
男は少し驚いた。
紹介したのは、ほんの数週間前だった。
次に女と会った時、その話をしてみた。
「もう試したんですか?」
「はい。でも、そのままだとうちでは使えなかったので少し変えました」
女は資料を見せながら、何を変えたのか説明した。
男が渡したのは一人の名前だけだった。
その一人から話を聞き、資料を集め、自分のところで使える形に変え、さらに別の問題まで見つけている。
「ここがまだ駄目なんですけど、今度は別の方法を試そうと思ってます」
話している女の顔を見ながら、男は素直に感心していた。
随分、先まで行く。
それが最初だった。
次は人ではなく、資料を一つ渡した。
以前、別の仕事で使ったものだった。女の抱えている問題とは少し違うが、考え方は使えるかもしれない。
「参考になるか分からないですけど」
そう言って渡した。
数日後。
女から連絡が来た。
資料そのものについてではなかった。
そこに書かれていた言葉を調べているうちに別の事例を見つけ、その事例を出した組織を調べ、さらに関連する資料を見つけたらしい。
男が知らないものまで混じっていた。
「これ、知ってます?」
今度は女から資料を見せられた。
「いや。知らないですね」
答えながら、男は笑った。
自分が渡したものから始まったはずなのに、もう自分の知らない場所へ行っている。
それが妙に面白かった。
それから男は、女と話している時に、以前より周囲のものを思い出すようになった。
この話なら、あの人を知っている。
それなら、あの資料が使えるかもしれない。
以前行った場所にも、似たものがあった。
女が何かを話すたびに、自分の持っている人や情報の中から、関係しそうなものが浮かぶ。
思いつけば渡した。
女は受け取った。
けれど、一度として、渡されたところで止まらなかった。
人を紹介すれば、その人間から別の人間へつながった。
資料を渡せば、その出典まで調べた。
場所を教えれば実際に行き、そこで得たものを持ち帰った。
男が一つ渡すたび、女はそれを足場にして、男が想像していたより少し遠いところまで行った。
やがて男は、何か面白いものを見つけた時、女がその場にいなくても女のことを思い出すようになった。
ある日、仕事で会った人間の話を聞きながら、ふと思った。
この人。
女に会わせたら、どうなるだろう。
その考えが浮かんだ瞬間、男は相手の話を以前より注意深く聞いていた。
何をしてきた人間なのか。
何を知っているのか。
どんな人間と仕事をしているのか。
話が終わる頃には、女に紹介する理由をいくつも見つけていた。
後日、その人間を女へ紹介した。
予想は当たった。
女は最初こそ静かに話を聞いていたが、ある話題に入った途端、わずかに目つきが変わった。
ほんの僅かな変化だった。
声も態度も変わらない。
それでも男には分かった。
興味を持った。
そこから女の質問が変わった。
表面的な話ではなく、なぜそうしたのか、何がきっかけだったのか、その前には何をしていたのかと、少しずつ奥へ入っていく。
男は会話に加わりながら、その様子を見ていた。
面白い。
女の質問に答えた相手が、さらに詳しい話を始める。
それを聞いた女が、また次を尋ねる。
話題が広がるにつれて、女の目が少しずつ生き生きとしていく。
その変化を見るのが、男は好きだった。
紹介した相手と別れたあと、女が言った。
「ありがとうございました。すごく面白かったです」
「やっぱり」
「やっぱり?」
「好きそうだと思ったんですよ、こういう話」
女が笑った。
「よく分かりましたね」
男も笑った。
その時、胸の中にあったのは単純な満足だった。
自分が選んだものが当たった。
女の役に立った。
そして、また少しだけ、女が先へ進んだ。
それが嬉しかった。
だから次も探した。
今度は、もっと女の知らないものを。
次は、もう少し遠くまで行けるものを。
男は、自分が女を育てているのだと思い始めていた。
実際、その認識は間違っていなかった。
男が渡した人や情報によって、女は何度も、それまで届かなかった場所へ手を伸ばしている。
そして男自身も、いつの間にか変わり始めていた。
女が何を必要としているかではなく。
何を渡したら。
次はどこまで行くのか。
そんなことを考える時間が、少しずつ増えていた。




