第十一話 痛み
私は今日も倒れていない。
二日目だ。倒れていない二日目だ。昨日の自分が異常だったのか、今日の自分が正常なのか、まだ判断がつかない。ただ足が地面についていて、頭が空を向いていて、それが昨日も今日も続いているという事実だけはある。足が地面についている感覚に、まだ慣れていない。百万回倒れてきた者が二日で慣れるはずもないが、それにしても慣れない。慣れてしまったら、あの百万回が「当たり前」に上書きされる気がして、少し抵抗がある。あの百万回を「当たり前ではなかったこと」として記憶しておきたい自分が、どうやらいるらしい。
昨日の男のことを考えた。「この町は荒くれ者が多いから気をつけな」を三回言い続けた男だ。今日も同じ場所に立っているだろう。今日も同じ台詞を言い続けているだろう。この推測に自信があるのは、私がそうだったからだ。何があっても台詞は変わらない。変わらないことを私は百万回以上証明してきた。彼も今日も証明し続けている。違うのは、私が今日それを外から見ているという一点だけだ。外から見ることを「理解」と呼んでいいのかどうか分からない。ただ、重い。昨日から重い。この重さに名前をつけるかどうか、まだ決めていない。
足が、森の方向に向いた。
理由は分からない。昨日の赤いマントを追った時も理由は分からなかった。どうやら自由を得た私の行動原理は「理由が分からないまま動く」という方針に完全に定着しているらしい。方針と呼んでいいかどうかも疑わしいが、今はこれが私のすべてだ。居直りと呼ぶ者がいれば、その通りだと認める。認めた上で、足は森の方向に向いている。
森は、村の東にある。
私はその事実を、百万回以上知っていた。知っていたというのは、そちらの方向を視界の端に収め続けてきたということだ。金髪たちが向かう方向として。希望に満ちた背中が消えていく方向として。戻ってくることのない方向として。私の視界の端で、森はずっとそこにあった。近づいたことは一度もなかった。近づける立場になかったからだ。今日、その制約がない。
近づいてみると、暗かった。
当然だ。森とはそういうものだ。木が多いから暗い。これは知識として持っていた。持っていたが、実際に暗いものを目の前にすると、知識と体験の間にある距離を改めて感じる。暗い、ということは、見えない部分がある、ということだ。見えない部分があるということは、そこに何がいるか分からない、ということだ。何がいるか分からない場所に、私は今、足を踏み入れようとしている。なぜそうしようとしているのか。昨日も言った。理由は分からない。
踏み入れた。
知識として、私はこの森のことを非常によく知っていた。
何百万回もの金髪たちの背中を見送ってきた。彼らが森に入って、どこで何に出会い、どう戦い、どう勝つか——そのパターンを、私はおそらく誰よりも多く観察してきた。狼が出る。ゴブリンが出る。茂みの陰から飛び出してくる。勇者たちはそれを難なく処理する。剣を抜いて、数回振って、終わる。簡単そうだ。私の目にはいつも簡単そうに見えた。
これは今日、完全な間違いだったと分かった。
狼が、出た。
出た。本当に出た。知識として知っていたのに、実際に目の前に現れた瞬間に、私の中の何かが完全に止まった。止まったのは思考だけではなかった。足も止まった。口も止まった。「薬草を取ってきてくれないか」以外の台詞を持っていない男が、狼を前にして出せる言葉は何か。ない。何もない。「俺の知ったこっちゃない」も今日は機能しない。狼には通じない。そんなことは分かっている。分かっているのに、他に何も出てこない。
狼が跳んだ。
痛い。
痛い。これが痛みか。知識としては知っていた。何百万回も勇者たちが痛がるのを見てきた。「ぐっ」とか「くっ」とか言いながら、それでも剣を握り直して立ち上がるのを見てきた。そういうものだと思っていた。当事者になると、話が違う。まったく違う。まったく、どうしようもなく、違う。痛い。腕だ。腕に爪が入った。傷がある。血が出ている。私に血が出るとは知らなかった。NPCに血があるのか。あった。あるらしい。設計者に問いたい。でもそれより痛い。
走った。
走って逃げた。これ以外の選択肢が私にはなかった。剣を持っていない。いや持っていたとしても振り方を知らない。知識として観察してきた「剣を振る動作」と、自分の腕で実際に振ることの間には、おそらく百万回分の練習が必要だ。私に今その時間はない。狼がいる。走るしかない。
走った。木を避けた。根を踏んだ。転びそうになった。転ばなかった。転ばなかったのは奇跡だ。足を褒めたい。百万回動かなかったくせに、今日は非常によく動いた。足だけは褒める。
森を出た。
村の端に戻ってきた。息が切れている。NPCに息が切れるのか。切れた。設計者に問いたい。血も出るし息も切れる。倒れていた頃にはこんな機能は発動しなかった。自由になったとたんにこれだ。自由のコストが、想定より高い。
腕の傷を見た。
傷がある。本物の傷だ。これは私のプログラムの中に、ダメージという概念があるということだ。ダメージを受ける設計が、私の中に最初からあった。ただ今まで発動しなかっただけだ。なぜ発動しなかったのか。倒れていたからだ。倒れていれば戦わない。戦わなければダメージを受けない。あの百万回の倒れ方は、ある意味で完璧な防衛戦略だったということになる。
認めたくない。認めたくないが、認めなければならない。
倒れていた頃の方が、安全だった。
この事実を直視するのに、少し時間がかかった。時間をかけて直視した。直視した上で、しかし戻る気にはなれなかった。戻れるかどうかも分からないが、戻りたくない。理由を問われればうまく答えられない。痛い方が好きというわけでは断じてない。ただ——倒れていた頃の私は、今感じているこの痛みを感じる機能すら、発動していなかった。痛みを感じる権利すら、なかった。そう考えると、この痛みは少し、違う色をしている気がした。
ステータス画面を確認した。
レベルが表示されていた。
1だ。
1である。最小値だ。この世界で戦うことのできる最も低い数値が、私の現在地だ。金髪たちが入ってすぐに2になり3になり、笑顔で先へ進んでいくその出発点に、私は今いる。彼らにとってのレベル1は通過点だ。私にとってのレベル1は——今日の今日まで到達すら許されていなかった高さだ。どう解釈すればいいのか、しばらく迷った。最低値だ、と落ち込むべきか。ようやくスタートラインに立てた、と感動するべきか。どちらも少しずつ正しくて、どちらも少しずつ違う気がした。
これはつまり、設計の問題ではなく、完全に私の問題だ。
腕の傷が、少しずつ塞がっている気がした。HPというものがあるらしい。私の中に、回復する仕組みがある。これも最初から設計の中にあった。倒れていた頃も、この仕組みは私の中にあった。使われることなく。
私のプログラムコードには、私が知らない機能がまだいくつあるのか。
読めるのだ。私はコードが読める。読めるが書き換えられない——と思っていた。ずっとそう思っていた。しかし今日、一つ気づいたことがある。書き換えられないとしても、読めるということは、どこに何が書いてあるか全部分かるということだ。どこに弱点があるか。どこに隙があるか。どこを突けばいいか。それが分かるということは——
今日はここまでだ。続きは明日考える。今日は痛い。それで十分だ。
村の端に、私は座っている。




