第21話 最高のプロポースをあなたに2
そんなある日。
マッティアから、珍しく夕食の誘いが届いた。
向かった先は、王都でも有名なレストランだった。
予約がなかなか取れないことで知られている店だ。
庶民でも利用はできるが、選ばれた客しか席を取れないほど人気がある。
星空の見えるテラス席。
美しい料理、穏やかな時間。
そして食事の終わりにマッティアは花束を差し出した。
「……どうしたの?」
カテリーナは少し不思議そうに笑う。
最近の彼は忙しいはずだ。
こんな準備をする余裕があるとは思っていなかった。
(……でも)
花束を受け取りながら思う。
(……やっぱり、会えると嬉しい)
食事のあと、二人はレストランの中庭に移動した。
夜風が静かに流れる。
マッティアは何度か口を開きかける。
けれど結局、何も言わなかった。
(……?)
少し不思議に思いながらも、カテリーナは何も聞かなかった。
――そしてそのまま。
彼はカテリーナを家まで送り届けた。
玄関の前で別れるはずだった。
「……お茶でも飲んでいく?」
何気なくそう言うと。マッティアは、珍しく頷いた。
普段の彼なら、送り届けたあとすぐ帰る。
少し意外に思いながら、カテリーナは彼を庭へ案内した。
夜の中庭。
薔薇が咲き誇り、月が静かに庭を照らしていた。
(……綺麗)
昼間の賑やかな屋敷とは別の場所のように、月の光だけが白く薔薇を照らしている。
風が、柔らかく花を揺らした。
ここは好きな場所だ。
今は人の視線もない。
ただ、二人で話ができる場所。
マッティアはゆっくり息を吸った。
カテリーナはすぐに気づいた。
いつもの彼より少しだけ真剣な顔。
だから、姿勢を正す。目を逸らさない。
改めて彼を前にするだけで、カテリーナの胸はいっぱいになった。
「きみに、ここで婚約を申し込んだよね」
月明かりの下で、彼は静かに言う。
「あの日、僕は――ただ必死だった」
少しだけ思い出して、苦笑する。
「君にふさわしくないって、ずっと思っていたから」
カテリーナは何も言わずに聞いている。
「婚約してからも、思い知らされた。
カテリーナはどんどん美しくなるし、気高くて、優しくて。友人たちも、皆カテリーナを褒める」
小さく息を吐く。
「正直、何度も思ったよ。こんな人が、どうして僕を選んでくれたんだろうって」
カテリーナの表情が、少し柔らかくなる。
マッティアは続けた。
「でも、学園での時間で分かった」
拳をぎゅっと握る。
「ふさわしくないと思う気持ちは、今もある。でも、それでも」
静かな庭。噴水の音だけが聞こえる。
「きみがいない人生なんて考えられない」
顔を上げる。
「結婚しよう」
声は震えていた。
それでも、逃げない。
「一生、大切にする。君だけを、僕の命が尽きるまで」
風が止まったような気がした。
その瞬間。
カテリーナの顔が、ぱっと明るくなる。
しかし、婚約の時とは少し違った。
「……はい」
迷いもなく答える。
「遅いわよ。ずっと待っていたのだから……」
ぼろっと、大粒の涙がこぼれる。
月明かりの差す庭で、彼女の涙は宝石のように輝いていた。
思わず見とれてしまったが、マッティアは慌ててハンカチーフを差し出す。
胸がぎゅっと締め付けられる。
「ごめん。カテリーナに寂しい思いをさせていた、かな?」
「あなたも忙しいのはわかっているの……」
カテリーナは涙をぬぐいながら言う。
「私のわがまま。でも、寂しくて……」
マッティアは優しく言った。
「いいんだよ。カテリーナの気持ちは、全部僕が受け止めるから」
「もう、ばかばか……」
いつも冷静なカテリーナが、子どものように駄々をこねる。
とても不安だった。いくら想っていると伝えてもらっても、不安になってしまった。
「ごめん。なんでも言うこと聞くよ」
「言ったわね?」
ハンカチで涙をぬぐいながら、カテリーナはいたずらっぽい笑みを浮かべる。
(――な、何を言われるのだろう。)
マッティアは少し身構える。
カテリーナは普段、わがままを言わない。
理不尽なことも言わない。
仕事にも理解を示してくれるし、何でもできる人だ。
だからこそ、たまに突拍子もないことを言う。
――そのとき。
カテリーナは少し頬を赤くして、視線を逸らした。
「……それでね」
「……?」
指先をもじもじと絡めながら言う。
「わたし、最近思うことがあるの」
マッティアの心臓が、不安な音を立てる。
……そして、カテリーナは言った。
「あなたの赤ちゃんが、ほしいって」
――どさっ。
「えっ!?」
伯爵令息は、その場に崩れ落ちた。
二人の帰宅を見越して待機していた家令や侍女たちが、慌てて駆け寄る。
「お、おぼっちゃま!!」
「お嬢様!!それ以上は危険です!!」
「刺激が強すぎます!!」
マッティアは地面に倒れたまま、顔を真っ赤にしている。
「え、だって……」
カテリーナは本気で戸惑っている。
「結婚って、そういうことでしょう?」
「わたし、本心から言っただけなのに!?まだ早かった!?」
「お嬢様!!」
「さすがに表現が……」
「おぼっちゃまにはまだ刺激がお強いかと……!」
庭は一瞬で大混乱になった。
――その中で。
倒れたままのマッティアが、かすかに笑う。
「ふ……ふふ……」
カテリーナは慌ててしゃがみ込み、顔を覗き込む。
突然、マッティアが笑い出したからだ。
彼はゆっくり目を開ける。
そして彼女の手を握り、そっと頬に触れる。
「君の望むことなら、なんでも僕は叶えるよ。それが僕の義務だし、権利だから」
カテリーナは一瞬きょとんとして。それから照れたように微笑んだ。
「……あなただけの特権なのだから」
その言葉に、使用人たちから深いため息が漏れる。
「お嬢様、おぼっちゃま。どうか、ずっと幸せでいてくださいね」
処刑台も。後悔も。
恐れる世界は、もうない。
ここから先は幸せすぎて倒れるくらいの未来を、二人で生きていく。
もし人生が、もう一度やり直しになったとしても。
きっと、同じ未来を選ぶ。
何度でも。
――最高のプロポーズを、あなたから受け取るために。
End
後日談に続きます。




