第13話 剣大会と弓大会1
学園では二年に一度、剣の大会と弓の大会が行われる。
毎大会男性が参加必須。女子の部は小さく行われる。
剣大会の日。
学園の闘技場は、朝から人で埋め尽くされていた。
観客席には、生徒だけでなく教師や来賓の姿もある。
社交界に出る前の貴族子弟たちにとって、こうした大会は一種の見世物であり、同時に実力を示す場でもあった。
「今年は王太子殿下が優勝候補だろうな」
「いや、公爵家の次男もかなり強いぞ」
そんな声が、あちこちから聞こえる。
その中で、一人の名前だけが、少し違う意味で囁かれていた。
「伯爵家のマッティアも出るらしい」
「それは誰だ? ……ああ、あの成金貴族か?」
「あの爆美女令嬢、カテリーナ嬢の婚約者だろ?」
「付き人みたいな男?」
「大丈夫なのか?」
予選は事前に行われ、勝ち残った者たちのトーナメント形式の大会が行われる。
観客席のざわめきの中。
カテリーナは静かに闘技場を見つめていた。
拳を握る。
知らず知らずのうちに、力がこもる。
視線の先。マッティアが剣を受け取っていた。
少し緊張した顔。
観客の多さに、わずかに肩が強張っている。
(……やっぱり)
カテリーナは小さく息を吐いた。
彼は、こういう場所が苦手だ。
人に見られる試合。
歓声、期待。
勝敗が娯楽になる戦い。
マッティアは、そういうものに極端に緊張する。
彼が使う剣は、行商や旅のための剣だ。
山道での狩り。旅先での危険。
実際の状況に対応する戦い。
彼が経験してきたのは、そういうものだった。
だから、弱いわけではない。
……むしろ、カテリーナは知っている。
荷を背負って山を越える体力。
狩りで獲物を仕留める冷静さ。
剣の稽古も、筋力鍛錬も。
誰にも見せないところで続けていることを。
だからカテリーナは、力そのものは心配していない。
ただ一つ。
(怪我だけは、しないで)
それだけだった。
試合が始まる。
最初の数戦は、問題なく勝ち進んだ。
派手ではない。
無理もしない。
ただ、堅実に。
息も切らさず、地味に、着実に勝っていく。
けれど周囲の喧騒が気になるのか、やはりいつもの集中力は感じられない。
「あれで勝ってるのは地味にすごいけど……」
「でも盛り上がらないな」
「王太子殿下の試合のほうが華がある」
盛り上がるのは、王太子や公爵令息の試合ばかりだ。
華があって、見た目もいい。
しかし――準々決勝。
対戦相手の名前が呼ばれた瞬間、会場の空気が変わった。
「公爵家次男アルバート!」
ざわめきが広がる。
マッティアの対戦相手は、あの男だった。
以前カテリーナに言い寄り、振られて以来、マッティアに何かと突っかかるようになった男。
女遊びが激しいという噂も絶えない。
学園でも、美しい女子生徒に声をかけては、物陰で何かしているらしい――そんな話まで耳に入っていた。
そして。
剣の腕も、確かだった。
「へえ」
アルバートが笑った。
「次の相手は、まさかカテリーナ嬢の婚約者か」
軽い口調。
見下すような視線。
「ずいぶん頼りない男を選んだものだ」
貴族とは思えないほど悪い顔だった。
マッティアは何も言わない。
ただ剣を構える。
――開始の合図。
金属音が響いた。
最初の一撃で分かる。
実力差が大きいわけではない。
アルバートは速い。
攻撃も重い。
マッティアは防ぐ。
受ける。避ける。
必死に。
観客席から声が上がる。
「やっぱり押されてるな」
「相手が悪い」
「伯爵令息じゃ、ここまでか」
しかし。
アルバートは止まらなかった。
必要以上に攻める。
叩きつけるような剣。
明らかに――試合以上の攻撃だった。
その瞬間。
カテリーナの拳が、強く握られた。
手が白くなる。
爪が食い込む。
(……やめなさい)
怒り。
震えるほどの怒り。
マッティアは弱くない。
努力している。
知っている。
だからこそ。
この見世物のような叩き潰し方が、許せない。
そしてカテリーナからは見えないが、アルバートは至近距離で、何かをずっと囁いていた。
口汚いことに違いない。
削る言葉を選んでいるに違いない。
マッティアの集中が、少しずつ削がれていく。
「どうした、伯爵令息」
「カテリーナ嬢に捨てられたくないなら、もう少し頑張れよ」
そんな囁きが、風に乗って聞こえた気がした。
剣が弾かれる。
マッティアの体勢が崩れる。
次の一撃――
「そこまで!」
審判が止めに入った。
「勝者、公爵家次男アルバート!」
歓声。
拍手。
口笛。
しかし。
カテリーナは、それを聞いていなかった。
闘技場の中央。
マッティアは立ち上がる。
深く頭を下げる。
悔しそうというより――少しだけ、申し訳なさそうだった。
その姿を見て、カテリーナは思う。
(あなたは、あなたらしく戦った)
それでいい。
――むしろ。
この場所で、ああいう戦い方をするほうが、マッティアらしくない。
彼は、観客のために戦う人ではない。
もっと静かな場所で。
もっと現実的な状況で。
力を発揮する人だ。
……だから。
カテリーナは立ち上がった。
試合を終えて戻ってくる彼のもとへ、まっすぐ歩く。
「……ごめん」
マッティアは小さく言う。
「心配かけた」
カテリーナはきっぱりと言った。
「別に、いいの」
そして。
「怪我は?」
マッティアは目を瞬かせた。
「……大丈夫」
「ならいいわ」
少しだけ微笑む。
「あなたは、あなたの戦い方をすればいいの」
その言葉を聞いたとき、マッティアの肩の力が、ふっと抜けた。
「……うん」
短い返事。でも、少しだけ救われたような声だった。
観客席では、まだ試合が続いている。
「アルバート様、容赦なかったな」
「でも見応えはあった」
「伯爵令息も運が悪かったね」
そんな声が飛び交う。
けれどカテリーナは、もう興味がなかった。
――なぜなら。
明日には――弓大会があるのだから。




