第11話 幸せすぎて倒れるほど
マッティアが決心するまで、そう長くはかからなかった。
もともとマッティアは弱いわけではない。
ただ――自分を選ぶ、という発想を持っていなかっただけだ。
逃げない。
「待つ」と言い切ったカテリーナ。
条件でも世間でもなく、ただ「あなたがいい」と言った人。
それを無視できるほど、マッティアは臆病ではなかった。
その日は、静かな庭園だった。
大げさな演出も、人目を集める舞台もない。
カテリーナが好きな、風の通る場所。
そこの庭園はカテリーナの自宅にある薔薇園。
白い薔薇が咲き誇る。
マッティアは深く息を吸い、彼女の前に立つ。
「……話がある」
いつもより少しだけ低い声。
2人でお茶をのみ、それとなく庭園に誘われた。
彼女はすぐ察し、背筋を伸ばした。
「うん」
逃げない。目を逸らさない。
それだけで、マッティアの胸はいっぱいになる。
「僕は……」
言葉を探す間、何度も心臓が跳ねた。
「ずっと、自分には資格がないと思ってた。
君の隣に立つ資格も、手を取る資格も」
彼女は黙って聞いている。
「でも……」
拳を、ぎゅっと握る。
「それでも、君を失うほうが、ずっと怖いって分かった」
顔を上げ、まっすぐに見る。
「結婚しよう。学園を終えてからになるけれど……まずは正式に婚約を」
一瞬、風が止まった気がした。
「一生、大切にする。君を守る」
声は震えていた。
でも、逃げなかった。
その瞬間。
カテリーナの顔が、ぱっと明るくなる。
「はい!もちろん!」
即答。
迷いも、計算もない。
マッティアの胸が締め付けられる。
――言ってよかった。
そう思った、次の瞬間。
彼女の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「……カ、カテリーナ!?」
「ご、ごめんなさい……不安で、ずっと……」
どんな顔をしても、彼女は美しい。
「わたし、ずっとこの日を願っていたの」
彼の心臓が、嫌な音を立てる。
「あなたのお嫁さんになれる日を。
それから……朝は、二人で起きて紅茶を飲んで…きっと幸せ…」
――どさっ。
「えっ!?」
次の瞬間、伯爵令息はその場に崩れ落ちた。
「お、おぼっちゃま!!」
「お嬢様、それ以上は危険です!!」
「まだ段階というものがございます!!」
「おぼっちゃまの心臓が持ちません!!」
周囲が一斉に駆け寄る。
マッティアは地面に横たわったまま、顔を真っ赤にして完全停止。
「え、え!?なぜ!?」
カテリーナは本気で慌てる。
「わたし、本心から言っただけなのに!?」
いつもは自信たっぷりのカテリーナが可愛らしく頬に手を当てて悩む仕草。
「重かった!?早すぎた!?まだ、婚約だけだから?」
混乱するメイドや執事たち。
倒れたままのマッティアが、かすかに笑った。
「……しあわせ……すぎて……」
「生きてる!?ねえ、生きてる!?」
カテリーナはしゃがみ込み、必死に顔を覗き込む。
彼はゆっくり目を開け、そのまま彼女の手をぎゅっと握った。
「……もう一回、言って」
「え?」
「目、覚ましたら……もう一回。記憶、飛びそう」
一瞬きょとんとした彼女は、
それから、少しだけ照れたように微笑った。
「……じゃあ、あとでね」
周囲から、深いため息。
「本当に……」
「末永くお幸せに……」
彼女は彼の手を離さず、心の中で静かに思う。
やっと、そばにいられる。
ここから先は――
幸せすぎて倒れるくらいの未来を、
一緒に積み重ねていきたい。
マッティアが完全に意識を取り戻したとき、
カテリーナはもう一度、同じ答えを言うつもりだった。
今度は、少しだけ、ゆっくりと。




