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オタク少女は ③


 最大の当事者であるはずの俺を置いて話は進められていき、試し読みの作品は今日の夜にデータが送られてくることになった。

 俺にも送ると言われ、自分を題材にした作品を読むのは気が進まないとやんわり断ろうとしたが、三人の勢いに押されて了承してしまった。

 女子三人に押されたら、誰でも負けるって。


「にゅへへへへへへー。どんな作品か、楽しみだよー」

「本当に自己満足するだけの拙いものなので、あまり期待しないでくださいね」

「だとしても楽しみではあるよ。ひょっとしたら、磨けば光る原石かもしれないじゃないか」


 変わらず盛り上がる三人をしり目に烏龍茶を飲み、ドリンクバーだけなのはどうかと言いだした詩織が注文した、フライドポテトが運ばれてきたから受け取る。

 帰ってからトレーニングをするとはいえ、ジャガイモかつ揚げ物だから俺は控えめにしておこう。

 一応割り勘だし、一人だけ食べないと皆が気にするだろうしな。


「お二人に聞きたいんですが、クンスハした香りとカプハムした感触について、どういった感じなのか教えてくれません?」


 眼鏡の位置を直しながら、目を見開いて前のめりになった龍宮。

 どこから取り出したのか手にはメモ帳とボールペンがあり、小説のネタにする気満々だ。


「ゆーき君の香りを言葉で表現かー。うーん、いざ聞かれると表現に困るなー」


 いや、初対面の時になんか色々と言っていただろう。

 脳が溶けるとか、心と体が鷲掴みにされたとかなんとか。


「確かに、いざそう聞かれると困るね」


 いやいや、吹雪も初めてカプハムとやらをした時に、固さがとか弾力がとか言っていただろう。


「上手に表現しようとしなくていいんです。自分がどういった気分になったのか、抽象的で構いませんので素直に語ってください」


 抽象的でいいのか。

 ということは細かく描写する必要は無いってことだから、台詞にでも使うのかな。


「そーいうことなら、語ってしんぜよー」

「本当に抽象的かもしれないけど、勘弁してね」


 そうして始まる、二人による香りと感触の語り。

 脳が液状化するほど蕩けてしまいそうなほど、甘くて香ばしいかぐわしさに身も心も鷲掴みにされてしまったと詩織が語れば、引き締まっていいるが固すぎない筋肉は、適度な柔らかさと弾力を兼ね備えていると吹雪が語る。

 だらとろ笑顔の詩織と、普段の美少年ぶりの欠片も無い女の顔をした吹雪。

 口にしている内容は少々複雑だが、二人の表情を見ていると悪い気はしない。


「でねー、汗とのマリアージュを初めて嗅いだ時は、頭のてっぺんからつま先まで雷が突き抜けたような衝撃を受けて、思わず変な声を出しちゃったんだー」

「やはり運動前と直後では、感触に違いがあるんだよ。どっちが良いとは言い切れないけど、運動直後で微かに脈動している筋肉の感触はまさしく生きている力を感じ取れて、それはそれは素晴らしいと思うよ」


 本当、話している内容がもう少しまともだったらなぁ……。

 でもって龍宮は前のめりになって、ハァハァと荒い息遣いなのに生き生きとした表情で目を輝かせながら、二人が語る内容を猛烈な勢いでガリガリとメモしているし。

 俺、なんでここにいるんだろう。

 悟りを開きそうな虚無感に包まれながら烏龍茶を飲む。


「ぐふふふふふふっ、妄想が膨らんできます。匂いに誘われた虎と程よい噛み応えに味を占めた狼に挟まれ、前門の虎後門の狼に陥った兎。同じ獲物を味わうため手を組んだ虎と狼によって兎は――」


 途中から小声になってブツブツ呟きだして、続きは聞こえない。

 あいつの頭の中で、俺はどういう状況に陥っているんだ。

 聞いてみたいが、後で後悔しそうな気がするからやめておこう。


「奪い合い展開にするのかい?」

「そーゆーのは苦手なんだよねー。平和的にしてほしいなー」

「虎沢さんの気持ちは分かりますが、そこは個人の好みです。中にはそういう展開を好む人もいて、最終的にどういったオチに持って行くのか、楽しみにしているんです」


 最後に、あくまで私個人の考えですが、という補足をした龍宮。

 どんな作品であれ、展開に賛否が有るのは世の常だな。

 俺が読んでいる漫画だって、良いって意見とこういうの無理って意見が、某通販サイトのレビューや個人ブログの感想で入り混じっているし。


「確かにそういうのを盛り上げ展開に使うのは、一つの方法だね」

「そうそう。それに物理で語り合うとか、罵り合うとかは私も趣味じゃないので書きませんよ」

「とにかく私はへーわなのがいー」


 詩織がやたら平和路線押しなのは、先日の中学時代の知り合い絡みの件があるからか?

 そういう経験が、作風の好き嫌いに出ているんだろう。


「ゆーき君も、争いの無いほのぼの系がいーよね?」


 ここで俺に同意を求めるか。

 だけど肯定か否定かで言うのなら、肯定派だな。


「そうだな。俺も争いごとは無い方がいいよ」

「ということは奪い合いをせずに、ゆーき君を共有するっていう平和的な解決方法は大賛成なんだねー」


 ふわゆる笑顔を浮かべ、さり気なく腕を組んで匂いを嗅いでいる詩織さんや、それとこれとは別の話ですよ。 


「ふふふっ。なんだかんだ言おうと悠希君も健全な男子、複数の異性と付き合えるのは歓迎なんだね」


 俺としては仲違いせず親しい交流ができれば友人関係で構わないが、現在の状況を鑑みればそう捉えられても仕方ない。


「ハーレム展開に対してツンツンしているようで、内心では受け入れる土台はあるというデレデレ。つまりは性癖限定の隠れツンデレ? これは使えそうですね」


 ニヤリと笑う龍宮の頭の中で、どんな妄想が展開されているんだ。

 あとなんだ、性癖限定の隠れツンデレって。

 詩織と出会って以降、ツッコミをすることが多くなってきたが、まさか龍宮にまでツッコミを入れることになるとは。

 頭の痛い状況だが話はどんどん進んでいき、主に詩織によってフライドポテトが消費されていく。


「さーて、お喋りが楽しくてなんだかんだ時間が経っちゃったから、そろそろお開きにしよーかー」


 ようやくこの状況に終わりが見えた。

 一分一秒でも早く解放されたい。


「じゃー、最後にもう一度確認ねー」


 もう一度、だと?


「葉月ちゃんは、大好きなゆーき君と一緒にいられるのなら、私達とゆーき君を共有してもいいのー?」


 やっぱりその件か。

 話が聞こえたのか、近くの席に座る客がこっちを見たぞ。


「大丈夫です。詩織さんには言いましたが、リアルハーレムの中へ飛び込むなんてチャンスは普通ならありえませんから、私のオタク魂的にこのチャンスを逃す手はありません」


 自信を持って言う内容じゃない。

 向こう側の席のお姉さん達、ワクワクした顔でこっち見ないで。

 そっちの席のお兄さんは、呪詛を放ちそうな顔を向けないでください。


「あっはっはっ。やっぱり面白いね、葉月は」

「伊達に兎沢君への想いをこじらせていません」


 だから自信を持って言う内容じゃないって。

 でも、教室で聞いた話を思い出せば、こじらせている点に関しては否定しない。


「ならばよろしー。では新たなゆーき君の共有仲間である葉月ちゃんには、ゆーき君を名前で呼ぶ許可をしてしんぜよー」

「僕も許可するよ」

「ありがとうございます」


 許可制なのか。

 俺の名前を呼ぶには、詩織と吹雪の許可が必要なのか。

 いやでも大河と智彦は許可を取っていないし、俺を想う女子限定の制度なのか?

 その辺りは詩織と吹雪が勝手に決めていることだから、真意は不明だ。


「とゆーわけで、ゆーき君も葉月ちゃんを名前呼びね」


 だよな、そうなるよな。

 しかも有無を言わさない、というよりも今この瞬間から名前呼びする以外の選択肢は許されないのだろう。


「早速呼ばせてもらいます。悠希君、私も名前で呼んでみてください」


 早くも俺を名前で呼び、ふすふすと鼻息を荒くする龍宮の圧が強い。


「なら遠慮なく呼ばせてもらうよ、葉月」


 以前の俺だったら異性を名前で呼びとなると躊躇や戸惑いが混ざったが、詩織や吹雪の影響でそういったのが無くなった。

 お陰ですんなり龍宮を、葉月と名前呼びできた。


「ぐっほあぁぁぁぁっ!?」


 なんか葉月が胸を押さえて、大ダメージを受けたかのような声を上げた。

 おい、なんでそんな反応をする。

 周りの客達も何事だと、こっちを見ているぞ。


「どうしたの葉月ちゃん、大好きなゆーき君からの名前呼びの衝撃が想像以上だったー?」

「それとも嬉しすぎて、心臓へ大きな負荷が掛かったのかい?」


 詩織の質問は普通だけど、吹雪の質問は下手をすれば救急車案件だ。


「大丈夫です。親族以外の異性から名前を呼ばれた経験が無いので、想定以上に胸がキュンキュンしちゃっただけです」


 その割には口から出た叫びが、ダメージを受けた感じだったのは何故だ。


「そっかー。なら良かったー」

「変な叫び声を上げるから、何事かと思ったじゃないか」

「ああいう時のお約束、というやつですよ」


 お約束なのか?

 その辺りが分からず首を傾げている間に、三人はまたお喋りを再開。

 いったいどこから、それだけ話題が出てくるのやら。

 結局この後も俺は話に加われているようないないような、そんな微妙な感じのまま最後に葉月をSNSのグループに加え、連絡先の交換もして解散。

 夜に部屋での筋トレを終えてシャワーを浴び、スマホをチェックすると本当に葉月作の小説が本当に送られてきた。


「て、マジでエロ系の送ってきやがった!」


 思わずスマホを叩きつけたくなる衝動に耐え、つい口に出してしまったのは両親が仕事で不在だったため助かった。

 ……一応、読んでやるか。

 興味じゃなくて、送られてきた以上は読むのが礼儀ってやつだ、うん。

 その後、地味に上手い内容に悶々としながらも頑張って就寝した。


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