オタク少女は ②
どれほど帰りたい気持ちになろうが帰れるはずがなく、クラスメイトにからかわれながら昼休みの残り時間を過ごし、午後の授業も普通に受けた。
あの後で詩織と龍宮は二人で何かしら話を交わし、SNSで吹雪とも連絡を取り合ったようで、放課後に合流して四人で話し合うことになった。
「逃げようとしないわよね、兎沢君?」
一瞬頭によぎった選択肢は、とても圧の強い笑顔を向けてくる藤井によって封殺。
その直後に詩織が密着してきて、甘い香りを漂わせながら柔らかいのを押し付けてくる。
さらにクンスハして、ふわゆる笑顔がだらとろ笑顔へ変わる。
しかも今回の密着はやたらしっかりしていて、逃げないで行こうねと暗に訴えてくるようだ。
「さっ、葉月ちゃんと一緒に吹雪ちゃんと合流しようねー」
「……はい」
現実から目を逸らすことはできないのだと突きつけられ、トボトボと歩き出して隣のクラスの龍宮と合流。
少しオドオド気味の彼女を伴い、三人で吹雪との合流場所へ向かう。
当たり前だが周囲から視線が集まるものの、誰もからかおうとか絡もうとかしてこない。
これが藤井率いる組織の統制によるものなら、心から感謝を述べたい。
今の心情的に、誰にも絡まれないのはすごく助かるから。
「やあ悠希君。詩織から詳細を教えてもらったが、僕と同じで知らぬ間に異性を落としていたなんて、君には女たらしの才能でもあるのかい?」
よく利用するファミレスで吹雪と合流して早々に、イケメンスマイルでぶっこんで来た。
どんな教え方をしたのか聞きたいけど、甘い香りを漂わせて柔らかいのを押し付けている詩織は、だらとろ笑顔を浮かべてクンスハするのに夢中で聞けそうにない。
「か、彼、じゃなくて彼女が噂に聞いたイケメン女子。実際に見ただけで、色々とネタが浮かんできますなぁ。ぐふふふふっ」
龍宮ってこういうキャラだったのか。
新たに知った一面に頭痛を覚えつつも、ひとまずニヤニヤ笑う龍宮は吹雪の隣へ、俺と詩織はその対面側に着席。
話が長引くのに備えてドリングバーを注文し、それぞれで飲み物を用意したら話が始まる。
「さて、じゃあまずは自己紹介をしておこうか。僕は狼谷吹雪、気楽に吹雪と呼んでほしい」
「た、龍宮葉月です。よろしくお願いします」
横並びなのに、二人の会話が面接っぽい。
「虎沢詩織だよー。よろしくねー」
「詩織、お前はもう吹雪にも龍宮にも自己紹介しているだろう」
「いやー、なんとなく流れでー?」
疑問形で言われても困る。
「さー、それじゃー葉月ちゃんの尋問を始めよっかー」
ファミレスという場でやるに相応しくないことを、さも当然のように口走らないでもらえるかな、詩織さんや。
「じ、尋問!? 爪を剥がすのは勘弁してください!」
龍宮よ、それは尋問じゃなくて拷問だ。
そもそも、そんな非道なことをやるつもりは無い。
「尋問は言いすぎじゃないかな。せいぜい、聞き取り調査ってところだと思うよ」
よく言ってくれた、吹雪。
やっぱりお前は頼りになるな。
「というわけでキリキリ喋ってもらおうか。カツ丼は出ないけど、喋れば楽になるよ」
「はひぃっ!?」
イケメンスマイルで前言撤回させるようなことを言うんじゃない。
あとカツ丼は刑事ドラマにおける一種の演出で、実際に出されることは無いぞ。
仮に出るとしても刑事さんの自腹だ。
「え、えっと、まずは何から喋れば?」
「君が悠希君をどうしたのか、教えてもらおうか」
「どう……というのは?」
「私みたいにクンスハとかー、吹雪ちゃんみたいにカプハムとかー、そういうのー」
頭上にクエスチョンマークが浮いていそうな表情で首を傾げる龍宮よ、気持ちは分かるぞ。
単にクンスハとかカプハムと言われても、なんだそれって思うよな。
「うーんと、クンスハが匂いを嗅ぐことで、カプハムは噛みつく、みたいな感じですか?」
「せいかーい」
「へぇ、よく分かったね」
えぇぇぇぇぇぇ、なんで擬音から分かるの。
いやでも、そう難しい擬音表現でもないから分からなくもないか?
「オタクなのは伊達じゃありません」
ニヤリと笑ったが、そういう問題なのか?
「ちなみにどちらがどっちなんですか?」
「私がクンスハ匂いを嗅いでー、吹雪ちゃんがカプハムと甘噛みするのー」
「なるほどなるほど」
眼鏡が一瞬キランと輝いていそうな龍宮が、手帳にボールペンでガリガリと書き込みだした。
何を書いているんだ。
個人的に楽しむために作っているという、絵とか小説のネタか?
今の説明で何を妄想して、どういう作品を作ろうとしているんだ。
「そういう表現方法で言うのなら、私はジロハァですね」
手帳へ書き込む手を止めた龍宮が意味不明な表現をする。
ジロハァってなんだ?
「ふむ、察するにジロジロ見てハァハァしたいということかな」
「ゆーき君を見てー、色々と妄想したいんだねー」
「その通りです」
なんじゃそれ。
というか詩織と吹雪はよく分かったな。
「良ければ私が描いた兎沢君の絵、見ますか?」
「見たい見たいー」
「見せてもらおうかな」
スマホを取り出した龍宮の提案に詩織と吹雪が乗っかり、詩織は組んでいた腕を解いた。
俺は別にいいや。
ここまでの流れに少し疲れたから、気持ちを落ち着かせたい。
「この辺りはまだ、推しキャラへ脳内変換していた頃のものですね」
「だからゆーき君に似てそうで似てないんだー」
「でも、絵そのものはなかなか上手だと思うよ」
身を乗り出して顔を寄せ合った三人が、龍宮のスマホを覗く。
気持ちを落ち着かせたいとはいえ、少し気になってきた。
あいにく俺の位置と角度では、何が表示しているのか見えない。
「ちなみに推しキャラとやらは、どんなキャラなんだい?」
「えっと……これです」
「おー、確かにゆーき君っぽいねー」
どんな作品のどういうキャラなのやら。
少なくとも俺が読んでいるのには、自分に似たキャラはいなかったはず。
「良ければこの漫画、貸してあげましょうか?」
「お願いしまーす」
「僕もよろしく頼むよ」
おい龍宮、さりげなく布教活動していないか?
連絡先を交換する三人の様子を見ながらそんなことを考えるが、詩織と吹雪は気にする様子を見せない。
それからも三人は龍宮が描いた絵を見て周囲へ迷惑を掛けない程度に騒ぎ、小説いうより小話程度の短い話を読んで関心を示し、作風が推しキャラ寄りから俺寄りになってきたらこの辺りから俺を意識していたのかと問い詰め、そのまま女子トークを展開。
詩織は高校で出会ってから、吹雪はジム、龍宮は中学時代と、それぞれの俺とのやり取りや過去の話をしだした。
うん、こんな状況で男一人はとても肩身が狭い。
「おっと、すまないね。さっきから悠希君を除け者にしてしまって」
「あははー、ごめんねー。楽しくてついー」
「いいよ、気にしなくて」
女子トークへ割り込む勇気は俺には無い。
そもそも、割って入れそうな雰囲気でもなかったし。
「ハーレム展開におけるパターンの一つに、女性陣が結託して男性が取り残されるものがあります。今のシチュエーションが、そういうものだったですね」
よく分かったと頷く龍宮が生徒手帳を取り出し、ガリガリとメモする。
ひょっとして小説のネタにするつもりか?
ニチャアッ、という擬音が聞こえてきそうな笑みを浮かべる龍宮の脳内では、どんな物語が展開されているのだろうか。
不安的な観点から、内容が気になってしまう。
「何か小説を思いついたのかい? できたら読ませてほしいね」
「私も読みたいー」
俺もどんな内容かを確認するため、読ませてもらおうかな。
「えっとぉ……」
メモする手を止めた龍宮が恥ずかしがりだした。
やっぱり他人に読まれるのは、恥ずかしいのかな。
「エッチな展開は入れない方がいいですか?」
いや、気にしているのそっち!?
というか未成年なのに、そういうのを書くな!
「書けるのかい?」
吹雪が食いついた!?
「誰かに読んでもらったことの無い、自己満足をしたいがための文章で良ければ」
「じゃー、何か試し読みさせてー。それでオッケーなら、エッチ有で書いていーよー」
「僕も同意するよ」
「ありがとうございます!」
俺は? 俺の意見は? 俺の意思は?
「あっ、書けたら兎沢君にも共有しますからね」
「俺はいい」
そんなの読んだら、お前達を見る目がどうにかなりそうだ。
「もー、恥ずかしがっちゃってー」
「悠希君はそういうのに耐性が無いのかい? これはつけ入る隙を作るのに使えそうだね」
やめてくれ、頼むからもう少し普通の高校生活を送らせてくれ、後生だから!




