36.
「好き」という感情がどんなものか。
知っているわけでもなく、考えたこともなかった。
シエル様と一緒にいて、心がぽかぽかする。心穏やかそうに目を細め、にこりと口角が上がれば本当に天使が微笑みかけたようで、心奪われずにはいられない。
出会った当初は本当にただただかわいくて、仕草すらもあざとい、でもかわいい!
そんな風に思ってた。
一緒に過ごすうちでも、キラキラしてる笑顔はいつでもかわらないけど、時々意地悪な顔したり、大人っぽい顔したり。どれも心惹かれた。
ずっと一緒にいれる関係でいることが凄い嬉しかった。
「好き」という感情が、
メイリーンに最初に教えてくれたのは、嬉しさ。
でも、次に教えてもらったのは、悲しさ。
姉の代わり。そんなはずない。そう思うのに。そうだったらどうしよう。そんなことばかり、朝から考えてしまう。
「何浮かない顔してんのよ。浮かないっていうか、ひどい顔ね。ま、原因は聞かなくてもわかるんだけど」
朝、知らない間に部屋に入ってきてた姉は私の顔を見るなりそう言った。
「どうせ、彼のことで悩んでるんでしょ?さっさと言って話して来なさいよ。秒で解決するわよ。秒で」
「秒って……分かもしれないよ」
「そんな事どうでもいいのよ。そのじめじめした顔でいないでくれる?今日は大事なパーティーなのよ?全然覚えてないかもしれないけど武器や人の売買について、探るのよ?」
そうだっけ?と思いつつ、それをやるのは姉なので、私にはあまり関係ないだろうと、思っていたが。
「メイリーンは確かに役立たずなんだけどね。メイリーンの婚約者はそれなりに使えるでしょ?この前の人身売買の件は流石に覚えてるわよね?」
人身売買の件といえば、シエル様と一緒に解決したやつだ。なんでもその時、シエル様は3人組から情報をとったらしく。その事について姉に手紙で報告してくれた。内容もきいたんだけど、何だったか忘れた。
「売買の件を知ってるのであれば協力してもらおうと、メイリーンが言い出したのは覚えてる?覚えてるわよね?覚えてなくても、また同じ思考になるわよね?」
言ったかも?いや全然覚えてないけど、当事者であるシエル様が一緒にやってくれるのであれば、心強い。あれ?ということはつまり
「今日のパーティーは売買の人を探るわけね!」
「思い出してもらえて光栄よ!昨日もさっきも言ったばかりなのにね!ほんとあんたの頭って鳥といい勝負なんだから!」
「そういうわけで、メイリーンは殿下と楽しそうににこにこしてればいいのよ!というか、私の妹なのに、変な顔してパーティーに出てくんじゃないわよ!なにかあったのかとみんなが心配するでしょ?そして、姉王女はそれをほっといているのか?とか、思われて私のイメージが駄々下がりよ!なんてったって私の誕生日パーティーなのよ!」
これ、絶対後者が理由だよなぁ。とメイリーンは気づいたが懸命にも口には出さなかった。
っていうかほんとに誕生日パーティー何回も開くんだなぁ……。
「ほら、さっさと会いにいきなさいよ。庭にいるから!」
「なんで、お姉様が知ってるの……」
「城内で私に知らないことなどないわ!メイリーンの行動からあの破天荒な父の行動まで熟知してるわ!あんた達がいつ盗み食いしたかまで、秒単位でわかるんだから!」
通りでいく先々でお姉様に会うとお父様がぼやいてたわけだ。
こないだ、私も逃げたい時に限ってアイリーナにみつかるのですごくわかる!と、同意しあったのでよく覚えている。
「どうでもいいこと話してないで、さっさといく!そんで顔を直してきなさい!」
「大丈夫よ。骨は拾うし、何があっても私が乙女的兵法で守ってあげるから!」
それ確実に険悪になって私がふられる感じだし。逆上して相手を倒しそうだと示唆してるよね!
秒で解決って、破局ってことなの!?
っていうか乙女的兵法ってなに!?
それについて突っ込んだら、女子における女子のための戦闘技術の全てと言われた。成る程。全くもってわからないが、もしかしたら、本があるのかもしれない。
ともかく、アイリーナに急かされメイリーンはあわてて庭へと向かった。
シエルは椅子に腰掛け遠くを見つめていた。前にメイリーンとキュウリをかじった椅子だ。
彼の回りの空気は澄んでいて、仕草一つ一つが洗練されている。どこか神秘的なさまは本当におとぎ話に出てくる神々のようだ。
シエル様はお一人でも絵になるなぁ…キュウリ食べさせたのがなんだが申し訳ないくらいだ。
そう思った。
「僕にはメイリーンがいないとダメだけどね。キュウリもおいしかったし、またここで二人っきりで食べようね」
思っただけかと思ったら、口に出ていたようだ。メイリーンが目をぱちくりさせていると
「おはよう。メイリーン」
ふんわりと暖かい日差しのような笑顔を向けられる。かわいい……。
「あ、おはようございます。シエル様あの、今のはその……」
我に返ったメイリーンは先程の独り言を弁明しようとするが。特に弁明の言葉も出てこない。言っちゃったもんはしょうがない。そんな風に思えてきた。
「懐かしいね。ここで一緒にキュウリ食べたの」
「……はい」
あのときは騎士服見られてどうしようかと凄くピンチに陥ったのを覚えている。
「たくさんのことがあって、3ヶ月よりもっと前のような気がします。」
あれ?3ヶ月あれば向こうはそんなこと忘れてるんじゃないか?とメイリーンは思ったが。
「そうだね。あのときはメイリーンの珍しい服装含め、いい思い出ばっかりだった。」
そうでもなかった。そしてごめんなさいシエル様。シエル様いなかったら私、いつもその格好しています。
とはいえない。苦笑いで返すしかない。
「そっかぁ3ヶ月前かぁ。もうそんな立つんだねぇ」としみじみしていたシエルはぱっとメイリーンを見直す。笑みを深めメイリーンの手を取る。そしてまるで明日の天気は晴れだねとでも言うかのように
「前よりメイリーンのこと愛しいと思えるよ」と、さらっと好意を伝えた。
「んれぁ!え?……私も!シエル様のこと!前よりもずっとお慕いしてます……!」
対するメイリーンもいつものように変な驚き方をした後。必死に言葉を返した。
それをきいてシエルも満足そうに笑っている。
その後はぽつりぽつりと他愛のない話をするが。
メイリーンは話しながら、どう切り出すか迷っている。
何故自分を選んだのか、
アイリーナの代わりでないのか、
どう、うまくきいたらいいのかわからない。
そして
「だから、本当に愛する方と、私じゃなくて、アイリーナと幸せになって頂きたいです!」
最終的に意味のわからない切り出し方をした。
え?なにが?
という顔をしたのはシエルだけではなく後ろで控えていた従者もだったし。
ユスタに至っては
どうして、そうなった?と顔に書いてあるかのような表情をしていた。
私も、どうして、こうなったのかよく分からない。
「え?メイリーン急にどうしたの?」
どうも彼は混乱している様子で
「だから、あの!私よりアイリーナの方がかわいいし、きれいだし、シエル様とお似合いで、私なんか替わりにしなくても、アイリーナと幸せになればいいなって」
どうも私も混乱していた。
暫くの沈黙のあと。
シエルが先に口を開く。
「へぇ?そう?ふーん?そう?そゆこと言う?そういうこと言うんだ……」
「あ、あのシエル様……今のはその」
「メイリーン。悪いけど、僕を一人にしてくれる?」
そういって立ち去るシエルを、メイリーンは追いかけることができなかった。
私。さっき何いった?
シエル様に何言った??
あんな表情させたいわけじゃなくて、私……。
仲直りしに来たのに、何故かケンカしてしまった。傷つけたのは自分なのに。傷ついてるのも自分。
自分勝手な私が、すごく惨めで情けなかった。




