第九話 宴
「それでは、孤月様。開墾の成功を祈願して、今宵は宴などいかがでしょう?」
張り詰めていた空気が和らぐや否や、村長はいつものにへら顔に戻り、そんな提案をした。
先ほどまでの厳かな態度はどこへやら。
村人たちの顔にも、ぱっと笑みが広がる。
村人たちは酒が大好きだ。
長い冬の寒さに耐え、厳しい暮らしを送る人々にとって酒を酌み交わすひとときは、身体だけでなく心まで温めてくれる何よりの慰めであった。
男女を問わず酒に強い者も多く、この地域で造られる米酒はことのほか評判が良い。
「それはいいな」
そして勿論__孤月も酒が大好きだった。
ニヤリと笑い、村人たちとの宴を快く許した。
*
「さぁさ、千夜様。どうぞ」
「ありがとう」
宴が始まると、千夜の周りには若い娘たちが集まっていた。
凛々しく、中性的な顔立ち。物怖じしない言動の一方で、落ち着いた物腰と柔らかな態度。そんな千夜は、若い男たちよりも、むしろ娘たちの人気を集めているようだった。
娘たちは憧れの眼差しを向け、我先にと千夜の世話を焼いている。
(おいおい……大丈夫か、あれは)
酒に強い孤月はというと、飲み比べを挑んでくる男たちを何名か潰した後、少し離れた場所から千夜の様子を眺めていた。
どうやら千夜は、酒に弱いらしかった。
頬を赤く染め、普段よりもいくらか柔らかな表情を浮かべている。
それ自体は、悪くない。
むしろ、いつもとは違う一面が見られて得をした気分ですらあった。
だが、千夜を取り囲む娘たちが、あまりにも楽しそうなのが気に入らない。相手はただの村娘たちだというのに、孤月はなぜだか落ち着かなかった。
「千夜様は、お酒がそんなに強くないのね。お顔が赤いわ。可愛らしい」
子を持つ母親たちも、千夜を娘のように可愛がっていた。
「本当ねぇ。普段はあんなに凛々しいのに」
「こんなに素敵な方が、うちの娘の婿になってくださったらいいのにねぇ」
「あら、お母様ったら!でも……千夜様みたいな方がお婿さんだったら、毎日楽しいだろうなぁ」
「「ゴホッ!!」」
遠くで酒を飲んでいた孤月が、盛大に吹き出した。
一方、当の千夜は少しも気にした様子がない。
「こんな可愛らしい方々に、そう言っていただけるとは有り難いことです」
穏やかな笑みを浮かべ、丁寧に返す。
娘たちはすかさず、キャッと声を上げた。どうやら、ますます彼女たちの心を掴んでしまったらしい。
孤月は、全くもって面白くなさそうに盃に手を伸ばした。
「でも、私は将来が決まっているのです」
「あら?千夜様もしかして、婚約者がいらっしゃるの?」
娘たちは一斉に目を輝かせた。
「いえ。開墾が無事に終われば、孤月様の生け贄として嫁になる約束をしております」
「…………は?」
孤月はぴたりと手が止まった。
千夜を囲んでいた娘たちも、ぴたりと動きを止める。
そして次の瞬間、彼女たちは一斉に孤月を振り返った。
「……っ!」
その目は、明らかに非難の色を帯びている。
一方、子を持つ母親たちは「あらあら、まぁまぁ」と顔を見合わせ、何かを察したような表情で孤月に微笑みかけていた。
いや、確かに嫁になれとは言った。
だが、千夜が言うような意味で申し出たわけではない……はずだ。
少なくとも、本人の中ではそういうつもりだった。
「ちょっと、外に出てくる!」
いたたまれなくなった孤月は、盃を置いて立ち上がった。
「では、孤月様。私も参ります」
ちょうど酔いを覚ましたいと思っていた千夜も、すぐさま後に続いた。
背後からは、娘たちの冷ややかな視線と、母親たちの意味深な笑い声が追いかけてくる。
孤月は振り返らなかった。
(……何故、俺がこんな目に)
そもそも、嫁になれと言い出したのは自分なのだが。
その事実には、できるだけ目を向けないことにした。




