第七話 条件
翌朝。
千夜は、いつもと変わらぬ時刻に祠を訪れた。
孤月はすでに待ち構えていたかのように、祠の上で胡座をかき、腕を組んで座っている。
「千夜」
「はい」
「お前を信用することにした。開墾を進めてみろ」
「……!」
千夜の顔がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます!」
深々と頭を下げる千夜を見て、孤月は満足そうに頷いた。
しかし、すぐに人差し指を一本立てる。
「ただし、条件がある!」
「条件、ですか?」
「二つだ」
孤月は、いかにも重大なことを告げるように咳払いした。
「一つ。無事に開墾が成った暁には俺を祀る立派な神社を建てろ」
「なるほど、かしこまりました」
千夜は即答し、続けた。
「それから、毎年、村人たちに豊作祈願の祭りも行わせましょう」
「……ほう?」
孤月は意外そうに目を見開いた。
千夜がこのように積極的に提案するのには訳がある。
この数日間のやり取りを通じて、孤月がこの土地を守り、村人たちの暮らしを如何に案じている神なのか、千夜はそのことを身をもって知った。
これほどの神が小さな祠に祀られているだけでは、あまりにもったいない。
もっと村人たちから敬われるべき存在だと確信したのだ。
「それは、よい考えだな」
孤月は満足げに笑った。
そして、孤月は二本目の指を立てた。
「二つ」
しかし、そこでピタリと言葉が止まる。
「……はい?」
千夜が首を傾げた。
先ほどまでの勢いはどこへやら、二人の間に妙な沈黙が流れる。
「………」
「あの、どうぞ」
「……あ、ああ」
気を取り直して孤月は一度咳払いをしたが、千夜とは目を合わさず、どこか遠くの方を見つめながら口を開いた。
「開墾が成った暁には……」
「ええ」
「千夜、お前は俺の……」
「……?」
堂々としていた孤月の声が次第に小さくなっていった。
その顔も、じわじわと赤く染まっていく。
「俺の、その……」
「はい?」
「……っ」
千夜はますます首を傾げた。
「何でしょう?もっとはっきり仰ってください」
「お、お前……!」
孤月は耳まで真っ赤にして、ついに叫んだ。
「「俺の嫁になってもらう!!」」
その叫び声が、静かな山にこだました。
ガサッ
祠のそばの茂みが揺れた。
木の枝には烏が数羽。その下では蛇が首をもたげていた。いつの間に集まったのか、兎や狸など他の動物たちも一様に二人を見つめていた。
『孤月様の様子が数日前からおかしかった』
『何やら、人間のお気に入りができたらしい』
『人間!?本当か!?』
『いや、まさか……』
孤月が一人の人間を気にかけているのは異例のことである。
普段、人間にあまり近づこうとしない動物たちも、この時ばかりは胸を躍らせ野次馬と化した。
神様の突然の求婚に、好奇心が抑えられない。
「…………」
千夜は、目を丸くしたまま動かなかった。
その沈黙が、孤月にはひどく長いように感じられた。
動物たちもどこか固唾を飲んで見守っている。
やがて、千夜はキリリと真剣な顔で呟いた。
「……なるほど」
「お、おう」
孤月が、恐る恐る返事をする。
「この土地を開墾するというのは、それほど命懸けの仕事なのですね」
「……は?」
「分かりました。私の命を懸けて、必ずや成功させてみせます」
「…………」
孤月は固まった。
木陰の蛇が、ずるりと枝から落ちかける。烏も、兎も、狸も、揃ってがくりとうなだれてしまった。
『いや、そういうことではないぞ、人間』
確かに、神に嫁ぐとは〝生け贄〟になるということに間違いはないのだが。
そうではない。
動物たちが分かって、何故、理解できないのか。
「……なにか?」
千夜が不思議そうに顔を覗き込んできた。
「な、なんでもない!そうだ、そういうことだ!」
孤月は慌てて顔を背ける。
木陰の蛇や烏、その他の動物たちは、そろって溜め息をつくと、すごすごと森の奥へ帰っていった。
__そうだ、俺はこの女を試したに過ぎない。
ここで引き下がるのならば、それまでの人間だったということだ!
単に求婚をしたということでは断じてない!!
孤月は、心の中でそう言い聞かせた。
「では、孤月様。参りましょうか」
孤月の葛藤をよそに、千夜は淡々と声をかける。
「……どこへだ?」
「開墾の準備です。私が命を懸けるのですから孤月様にも、それ相応のお力添えをいただきませんと」
そう言うと千夜は悪戯っぽく笑い、孤月の手を取った。
「なっ……!」
突然のことに、孤月の肩が跳ねた。
温かい手だった。
神である自分に、こんなにもためらいなく触れてくるとは。
触れられた手から妙な熱が広がっていき、孤月は思わず息を呑んだ。
「さぁ、まずは開墾予定地を一緒に見ていただきます!」
千夜はそう言って、孤月の手を引いて歩き出した。
「し、仕方がない!俺が直々に出向いてやろう!」
先ほどまでの動揺などなかったかのように、孤月は胸を張った。
ただし、その頬はまだ赤いままだった。
【孤月のイメージについて】
・見た目年齢16歳、身長160センチ
・センター分けに、猫目、金色の長髪を後ろでまとめています
・何事も器用にこなし、恋愛経験もそれなりにありますが、千夜の前では余裕が崩れます
【千夜のイメージについて】
・身長168センチ、すらっとした体型
・黒髪の長髪、切れ長の目
・賢く、根性のある女性ですが人の心の機微を察するのが苦手です
【この物語について】
・作中の歴史や登場人物、出来事はフィクションです
・本家の十代目設定や神社などは、作者の家や実在する神社を着想のもと「自分の祖先がこんな人物だったらいいな」と想像し生まれた物語です
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
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