第二十四話 自覚
豊水村は、大晦日から元旦にかけて、お祭り騒ぎだった。
孤月は例の姉御たちに追いかけ回され、いつにも増して疲れ切っている。
「スルメくれ」
それだけ言うと、塩味の効いたスルメを口に咥えたまま、千夜の膝に頭を預けて眠ってしまった。
普段は鋭い猫目で、難しい顔をしていることが多い孤月も、こうして眠っていると随分と幼く見える。
千夜は、頬にかかった孤月の髪をそっと払った。
ついでに、以前から気になっていた狐耳にも触れてみる。
ふわふわとした毛並みが心地よい。
(……これは、癖になりそう)
もう少しだけ、そう思って耳を撫でていると、孤月が小さく身じろぎした。
「……ん」
起こしてしまったかと手を止めたが、目を覚ます気配はなく、その安らかな寝顔を見つめた。
(……可愛い)
ふと、そんなことを思ってしまい、慌てて頭を振る。
こんなことを本人に知られたら、また怒られてしまうかもしれない。
そんなことを考えている最中、不意に宗一から声をかけられた。
「孤月様を部屋まで運びますね」
千夜はびくりと肩を揺らす。
「あっ……!お、お願いします!」
まさか、今の様子を見られていたのだろうか。
妙に気恥ずかしくなって目を泳がせていると、宗一は孤月のそばにしゃがみ込んだ。
「よっと!」
孤月をひょいと俵担ぎにしたかと思えば、近くで寝転がっていた子供まで反対側の脇に抱え上げる。
そのまま何事もなかったかのように、二人を運んでいった。
(……さすがは、宗一さん)
千夜は感心しながら、その背中を見送った。
夜明け前の空は、まだ暗い。
積もった雪が音を吸い込み、先ほどまでの喧騒が嘘のように、辺りは静けさに満ちていた。
千夜は宴会の後片付けに取りかかった。
酒瓶を拾い、空いた器をまとめながら、ふと先ほどの光景を思い出してしまう。
女性たちに囲まれる孤月。
本人は迷惑そうにしていたし嫌がっているのも分かっていたが、それでも艶っぽい姉御たちにくっつかれ、酒を飲んでいる姿は、どうにも面白くなかった。
(……なんだろう、これ)
新しい年を迎えた。開墾作業も、神社の建設も、まだまだやるべきことは山積みであるのに。今年も気を引き締めて頑張ろうと思っていたのに、胸の奥には小さなモヤモヤが残っていた。
その理由が分からないまま酒瓶を拾っていると、宗一が部屋から戻ってきた。
「千夜さん、お疲れでしょう?後は僕がやっておきますよ」
「いえ、そういうわけには……」
「では、一緒にやりましょう」
そう言って微笑む宗一に、千夜も頷いた。
二人で並んで、床に転がった酒瓶を拾い集めていく。
あと少しで拾い終わるというところで、宗一が何気ない調子で尋ねた。
「千夜さん。宴会の間、少し機嫌が悪かったですか?」
「えっ?」
思わず手が止まった。
「孤月様、女性に囲まれて大変そうでしたもんね」
「あ……」
言葉に詰まる。
自分ではいつもどおりに振る舞っていたつもりだったが、顔に出ていたことに初めて気づかされた。
千夜は誤魔化すように、足元の酒瓶へ手を伸ばす。
その手に、そっと宗一の手が重なった。
「千夜さん」
顔を上げると、宗一が真剣な眼差しでこちらを見つめていた。
いつもの穏やかな笑みはない。
「僕では、だめでしょうか?」
千夜は息を呑んだ。
「好きです」
静かな声だった。
けれど、その一言は、千夜の胸にまっすぐ届いた。
何か、何か答えなければ。
そう思うのに、言葉が出てこない。
宗一の手の温もりを感じながら、千夜の脳裏に浮かんだのは、別の男の顔だった。
鋭い猫目。
意地悪な笑み。
時折見せる、子供のように無邪気な表情。
__そして、自分の膝で眠る、あの無防備な寝顔。
(……孤月様?)
どうして、今この人のことを考えているのだろう。
宗一は優しい。誠実で、頼りになって、いつだって自分を気遣ってくれる。そんな彼から好きだと言われたのだから、嬉しくないはずがない。
それなのに。
孤月が笑うと、つられて自分も笑ってしまう。
孤月がそばにいると、なぜだか安心する。
気づけばいつも、その姿を目で追っている。
そして、ほかの女性に囲まれていると、胸の奥がざわつくのだ。
(……ああ)
千夜は、ようやく気づいた。
いつからだったのだろう。
孤月が隣にいることが、当たり前になっていて自分の気持ちにすら気がつかなかった。
その声を聞くことも、顔を見ることも、何気ない言葉を交わすことも、いつの間にか自分にとって、かけがえのないものになっていた。
「……千夜さん?」
宗一の声に、千夜ははっと我に返った。
重なった手をそっと引き、居住まいを正す。
「ありがとうございます。宗一さんのような方にそう言っていただけるのは、とても嬉しいです」
千夜は一度、言葉を切った。
そして宗一の目をまっすぐに見つめる。
「でも……私は、孤月様を想っています」
口にした瞬間、不思議なほど心が静かになった。
__そうだ、自分はきっと。もうずっと前から孤月が好きだったのだ。
あの人が愛おしくて、仕方がない。
それが、千夜の初恋だった。




