第二十三話 二年参り
十一月下旬、村一帯に初雪がちらちらと舞った。
例年よりも寒くなるのが早い、そう思っていた矢先、一週間後には大雪に見舞われた。
朝、目を覚ますと、一面に真っ白な景色。一晩で膝の上まで届くほどの雪が降り積もった。
本水路の工事は初雪を確認した時点で中断していた。金子を除く人足たちも、急いで城下へ帰らせたところだった。
金子も本来なら人足たちと一緒に帰るつもりだったのだが、藩から正式に〝第二責任者〟として遣わされた身である。
泣く泣く村に残ることとなった。本人は、さぞ帰りたかったに違いない。
雪が積もれば、まずは人々が行き交う道を確保するために雪掻きが必要となる。
日中は、食料の管理に機織り、藁仕事。
昼食を終えれば、再び雪掻き。
そんな暮らしが、村の日常となっていった。
「金子殿!なんだか体格がよくなったのでは?」
雪掻きをしながら、宗一が声をかけた。
「いや、アンタ、嫌味かよ……」
金子は、水路工事を真面目にこなすうち、体力も筋力もついてきたと思っていた。
ところが、久々に雪掻きをする宗一の姿を見れば自分との差は歴然としている。
苦笑いするしかなかった。
一方、孤月と千夜は家の中で藁仕事に励んでいた。
村に蓄えてあった縄は、本水路の工事ですっかり使い切ってしまった。来年の生活に備え、今のうちに補充しておかなければならない。
孤月は、慣れた手つきで藁を編んでいく。
出来上がった縄は驚くほど丈夫で、売り物にしてもよさそうなほど美しい。
千夜は悔しそうにその手元を見つめ、少しでも技を盗もうと身を乗り出していた。肩が触れ合っていることにも気づかず、懸命に孤月の手元を覗き込んでいる。
孤月は、肩に触れる千夜の温もりを意識しながらも平静を装って藁を編み続けていた。
こうして、村人たちはそれぞれにできる仕事をこなし、冬を越すための準備を進めていった。
そして、あっという間に大晦日がやってきた。
*
「大晦日といえば宴ですなぁ!皆で楽しみましょう!なぁに、その分の食料や酒は、儂がたっぷり用意しておきましたから!」
宴会好きの村長が、孤月と千夜、そして金子を誘った。
腰が曲がっているせいか、重労働に励む姿はとんと見かけない村長だが、宴会の準備だけは抜かりがない。
伝手のある店にせっせと文を送り、食料や酒を調達してきたらしい。
__これがあるから、村人たちはこの村長を慕っているのか。
孤月は呆れたように宴の支度を眺めた。
「ささ、孤月様はこちらへ。千夜殿と金子殿は、こちらにどうぞ」
村長に促され、孤月は上座に着いた。
その隣に千夜と金子が座り、ほかの村人たちも思い思いの場所に腰を下ろしていく。
「お前たち、孤月様に酒をお注ぎしなさい」
「はぁ〜い!」
村長の声に応じて、艶っぽい姉御たちが孤月を取り囲んだ。酒を注ぎ、料理を取り分け、甲斐甲斐しく世話を焼く。
「自分でやるからいいって!」
「そんなこと仰らずに、どうぞ〜」
「そうですわ。私たち、村長に怒られてしまいますものぉ」
「だから、腕を回してくるなって!」
孤月がいくら拒んでも、姉御たちはお構いなしだ。色香を振りまきながら、左右からぴったりと寄り添ってくる。
その様子を見ていた千夜は、ほんの少しだけ頬を膨らませた。
ところが、当の孤月は姉御たちに振り回されるばかりで、千夜の様子にはまるで気づいていない。
千夜は小さく息をつくと、隣に座る金子へ声をかけた。
「金子殿」
「なっ、なんだ!どうした!」
突然話しかけられた金子は、ぎょっとして身構えた。
「あの、これを見ていただけませんか?」
千夜は、警戒する金子の前に一枚の紙を差し出した。
そこには、神社の設計図が描かれている。
「あ?……ああ、なんだ」
仕事の話だと分かり、金子はようやく落ち着きを取り戻した。
「これ、あの神様の神社か?」
「ええ」
「建てるのか?」
「来年から取り掛かるつもりです」
金子は設計図を覗き込み、顎に手を当てて考え込んだ。
「んー……これだと、地震が起きたときに危ないんじゃないか?」
「そうなのですか?」
「ああ。それに、屋根に雪が積もったら潰れるかもしれん」
金子は、図面の柱や屋根の部分を指差しながら説明した。
「大工は?もう決まっているのか?」
「いいえ。まだこれからです」
その返事を聞くと、金子はしばらく黙り込んだ。
やがて、少し気まずそうに口を開いた。
「……俺の実家の伝手でよければ、大工を紹介してやろうか?」
千夜は目を丸くした。
「え、でも……」
「大丈夫だ。邪魔しようなんて考えちゃいない」
「いえ、疑っているわけではありませんが……」
「腕のいい職人だ。外装のことはともかく、耐久性は素人じゃどうにもならん。安全な建物を造りたいなら、そうしたほうがいい」
金子の口調は、いつになく真剣だった。
千夜は設計図に目を落とし、しばし考えた。
確かに、神社は孤月のために造るものだ。見栄えだけでなく、長く安全に残る建物にしなければならない。
「……金子殿がそう仰ってくださるなら、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ」
千夜は、ほっとしたように微笑んだ。
「ありがとうございます」
「……来年から取り掛かれるよう、準備しておく」
金子は照れくさそうにそっぽを向いた。
かつては千夜を見下し侮っていた男も、今ではその実現に力を貸そうとしている。
金子もまた、千夜のひたむきさに心を動かされた一人なのかもしれない。
「千夜!助けてくれ!コイツらが!」
「孤月様ぁ〜、お待ちくださいませ〜!」
金子との話が終わるや否や、孤月が逃げるように千夜のもとへやってきた。
姉御たちに散々まとわりつかれ、げっそりしている。
「大人しく、ご厚意に甘えてもよいのでは?」
千夜は、つい素っ気ない口調で答えた。
「ん?なんで怒ってるんだよ」
「……別に、怒ってなどおりません」
千夜はそっぽを向いた。
孤月は不思議そうに首を傾げたが、背後から姉御たちが迫ってきたため、追及する暇もなかった。
「私たち、こうやって毎年、孤月様のお世話をしたいわ〜」
「一年のお礼もしたいものねぇ〜」
「ほっほっほっ!では、毎年孤月様をお呼びすることにしましょうかのぉ」
「神様と一緒に年を越せるなんて、嬉しいものねぇ!」
すっかり上機嫌の村長が、朗らかに笑った。
孤月は、姉御たちがまとっている濃厚な花の香りに今にも胸焼けしそうだった。
その傍らでは、千夜や村人たちが大笑いしている。
__誰も助けてくれないのかよ。
孤月が恨めしそうに周囲を見回していると、金子がふと思いついたように口を開いた。
「なら、この村の恒例行事にすればいいんじゃないか?」
千夜は、はっとして金子を見た。
「恒例行事、ですか?」
「ああ。城下では、なんと言ったかな……。二年にまたがって参拝する……そうだ、二年参りだ」
金子は、何気なくそう答えた。
「大晦日の夜に一年の感謝を伝えるために参拝して、そのまま年を越して新年の無事や豊作を祈願するんだ。まぁ、今のこの状況と変わりないだろ?」
千夜は、しばらく考え込んだ。
一年のうちのどこかで、豊作祈願の祭りを提案しようと考えていたところだった。それが村の恒例になれば、きっと孤月と村人たちを繋ぐ大切な行事になるだろう。
千夜は、孤月のほうを見た。
姉御たちに囲まれ、今もなお助けを求めている孤月。
思わず、ふふっと笑みがこぼれた。
「……いいですね。来年は、神社も完成しているかもしれませんし」
その言葉に、孤月はぴくりと反応した。
「おい、千夜。お前、まさか……」
「ふふ。毎年、こうして皆で年を越せたら素敵だと思いませんか?」
千夜は、いつもの無邪気な笑顔を向けた。
「……まぁ、それはいいんだが」
孤月は言葉に詰まった。
__来年も、コイツらと一緒かよ。
その様子を見て、千夜はまた小さく笑った。




