第二十一話 命
刈り取った稲は、束ねて稲架掛けにする。
穂先を下に向け、木や竹で組んだ稲架に掛けて、二週間ほど天日干しにするのだ。
こうして十分に乾燥させることで、脱穀がしやすくなり、保存中のカビや腐敗も防ぐことができる。
乾燥が終われば脱穀し、その後、籾摺りをして籾殻を取り除けば玄米になる。
稲刈りが終わっても、まだまだやるべき作業は残っている。
それと同時に、冬を越すための野菜や肉も調達しなければならない。
村人たちは、それぞれの暮らしを守るため、水路造りを一時中断することになった。
男たちは山へ入り、猪や鹿を狩る。
女たちも家の仕事をこなす合間に、山菜や木の実、茸を採りに出かけた。
「私も狩りを手伝います!」
と、千夜は意気込んだものの。
「千夜さんは、もう少しご自分が女性であることを自覚してくださいね」
と、宗一に爽やかに制せられた。
それならば本水路を手伝いに行こう、と孤月と共に現場へ足を運んだ。
本水路の工事については、雪が降り始めるぎりぎりまで続ける予定だ。それまでは時折現場を訪れ、進捗を確かめながら問題点や修正点を話し合うつもりだった。
しかし、最初の二週間こそ、金子たちと行動を共にしたが、それ以降は信用しろと言わんばかりに煙たがられた。
「俺も馬鹿じゃない。全体の助言を貰ったんだから後は任せておけ」
金子の真剣な物言いに、孤月は目を丸くした。
泥臭い作業をこなすうちに、金子にも真面目に労働しようという精神が芽吹いたのか。
こうして、孤月と千夜は家を守る時間が増えたのだった。
「千夜さん、山菜を採りに行きましょう」
「千夜さん、午後からは繕い物をお願いしますね」
「千夜姉ちゃん!遊ぼー!!」
千夜は相変わらず、水路造りや稲刈りのときと同じように、村人たちから引っ張りだこである。頼まれれば快く引き受け、どんな仕事にも一生懸命取り組む。
孤月も村人たちを手伝いながら、そんな千夜を傍らで見守り続けていた。
*
女たちが夕飯の支度に取り掛かる頃。
「孤月兄ちゃんも、こっちで遊ぼうよー!」
「きゃーっ!」
「こら、引っ張るな!俺は神だぞ!」
孤月は、子供たちに髪や耳、尻尾まで好き放題に引っ張られながら不満げに声を上げた。
(……子供の相手は何よりも骨が折れるな)
追い払いこそしなかったが、その場へドカッと腰を下ろした。
そんな時、ふと千夜の姿が目に入る。
千夜が、村の女から赤子を受け取ろうとしていたのだ。
普段は凛々しい顔つきの千夜が、赤子を前にどのような顔をするのか。興味をそそられた孤月は、様子を窺うことにした。
「ほら、千夜さん。抱っこしてみるかい?」
「……!」
母親らしき女性から赤子を渡され、千夜は少し戸惑いながらも両腕でしっかりと抱きかかえた。
「こう……でしょうか?」
「ああ、上手だよ。優しく抱いてやっておくれ」
教えられるまま、千夜は赤子の顔を覗き込んだ。
そして__、
「……わぁ!なんてかわいい……っ!」
ぱっと花が咲いたように、千夜の表情が綻ぶ。
いつもの凛々しい顔つきとは違う、母親になったかのような柔らかな笑顔。
孤月は、その変化を見逃さなかった。
(……千夜は案外、子供好きのようだな)
子供たちに耳や尻尾を引っ張られながら、ほのぼのとした気持ちで見つめていた。
__しかし、やがて孤月の胸にひやりとしたものが落ちる。
(……俺と千夜の間に、子はできない)
それどころか、本当に千夜が嫁になるならば生け贄として命を絶つことになる。
孤月の表情は、急に青ざめていった。
赤子の小さな手を見つめる千夜の顔には、隠しきれない喜びが浮かんでいた。
あまりにも嬉しそうで、孤月は思わず目を逸らした。
千夜の幸せは、何なのか。
孤月は俯いた。
(__俺の嫁になるより、人間の男と結ばれた方が幸せなのではないか……)
千夜が、知らない男の隣で笑っている光景を思い浮かべた。
ただそれだけのことなのに、孤月の指先がぎり、と膝の上で強く握り込まれた。
(__いや、だめだ。千夜を人間の男に任せることなどできない……!)
その男の隣にいる笑顔の千夜を思うだけで、嫉妬の炎が燃え上がった。
自分ではない誰かに向けて、千夜があのように笑うことが、どうしても耐えられなかった。
(__違うな)
他の男にやるくらいなら、生け贄として自分だけのものにしてしまった方がいい。
千夜もきっと分かってくれる。
いや、分かってもらわなければ困る。
千夜の命が尽きるその日までは、誠心誠意、千夜に尽くそう。
そうすれば、千夜はきっと__。
「孤月様、何を考えているんです?」
「っ!?」
声の方へ振り向くと、狩りを終えて帰ってきた宗一が気遣わしげに孤月を見つめていた。
「お、おう!帰ったのかっ!」
「何をそんなに慌てているんです?」
「べ、別に慌ててなどいない!」
先ほどの物々しい雰囲気に、宗一は落ち着かない様子だった。
「何を考えていたのですか?」
「…………」
孤月は黙りこくった。
「千夜さんのことですか?」
「……お前には関係ない」
宗一の追求をかわし、孤月は立ち上がった。
「ハハハ!小僧ども!仕方がない、俺が遊んでやろう!」
「わーい!孤月兄ちゃん、こっち!」
子供たちに手を引かれ、孤月は宗一から逃げるようにその場を去っていった。
その背中を見送りながら、宗一の胸には不安が残った。




