第二十話 実り
支線水路は、本水路よりも幅も深さも一回り小さい。いわば、本水路から田へ水を引くための水路である。
本水路の工事に携わっていた村人たちは、すでに作業の要領を心得ていた。千夜が簡単な指示を出すだけで、皆が素早く動き出す。その甲斐もあって、支線水路もみるみるうちに形になっていった。
そして月日は流れ、豊水村に実りの秋が訪れる。
「わぁ……金色が綺麗ですねぇ」
千夜は、夕陽を浴びて輝く稲穂を眺めながら、感嘆の声を漏らした。
見渡す限りの田んぼには、黄金色に実った稲穂が頭を垂れている。
風が吹くたび、穂先が揺れ、まるで金色の波が広がるようだった。
村人たちは、いよいよ稲の収穫に取り掛かろうとしていた。
*
稲刈りにも、コツがある。
左手で稲を束ね、右手の鎌を手前へ引いて刈り取る。力任せに引いても、うまくはいかない。かといって躊躇っていても、なかなか刈り取れない。余計な力を抜き、手早く鎌を引くことが大切なのだ。
しかし、千夜はそのコツをなかなか掴めず苦戦していた。
そこへ、宗一が優しく声をかける。
「千夜さん、左手で束ねる稲を、もう少し少なくしてみてください。鎌をかけたら、思い切って手前に引くんです。こういう具合に」
宗一は、千夜の目の前で手本を見せた。
ザッ
鎌が走り、稲が気持ちよく刈り取られる。その切り口も見事に揃っていた。
「なるほど……!やってみます」
千夜も教わったとおりに鎌を引く。
ザッ
先ほどよりも、ずっと綺麗に刈り取れた。
何度か繰り返すうちに、千夜の手つきも次第に滑らかになっていく。
「先ほどよりも、上手く刈れるようになった気がいたします!」
「ふふっ。千夜さんは飲み込みが早いですね」
「宗一さんのお陰です。ありがとうございます」
千夜がにこりと微笑む。
宗一も嬉しそうに笑い返した。
__その様子を、少し離れた場所から見つめる者がいた。
孤月である。
(……何を、二人で楽しそうにしている)
二人の間に流れる和やかな空気が、どうにも面白くない。
孤月はずかずかと歩み寄ると、二人の間に割って入った。
「俺も混ぜろ!」
「えっ?」
「……はい?」
千夜と宗一は、そろって目を丸くした。てっきり何か小言を言われるものと思っていたのだが、まさか作業に加わると言い出すとは。
「えっ、でも、孤月様……」
「いいから!」
有無を言わせぬ勢いである。千夜は少し困惑しながらも、言われるがまま孤月の着物を襷掛けにし、裾をたくし上げた。前掛けを着け、手拭いを頭に巻いてやる。
「これでよろしいでしょうか?」
「……おう!」
「おお!」
宗一の声が弾んだ。普段は尊大な態度でふんぞり返っている神様が、すっかり農作業姿になっている。
その姿は、どう見ても普通の人間と変わらなかった。
宗一は感心したように頷くと、手にしていた鎌を差し出した。
「では、孤月様。こちらをどうぞ」
孤月は鎌を受け取ると、しばし手元を眺めた。
そして、
ザッ
迷いのない手つきで稲を刈り取った。
「「……えっ?」」
千夜と宗一が目を見開く。
孤月は続けて、次々と稲を刈っていく。その手つきは、先ほどの宗一にも劣らぬほど見事だった。
「孤月様、初めてなのですか?なんとも手際が良いですね!」
「なんだか、私よりお上手なのでは……」
千夜は、自分の手元と孤月のを見比べ、珍しく自信なさげに呟いた。
孤月は、ちらりと二人を見やる。
「……眺めていれば、やり方くらい分かる」
孤月は何でもないことだというように、真剣な表情で刈り続けている。
なんでも器用にこなすと思っていたが、人間の仕事も難なくこなすとは。
初めて、千夜は孤月に嫉妬した。
「……私も負けてはいられませんね」
千夜は小さく気合いを入れ、再び鎌を握った。
二人のように上手くはいかないが、それでも、村人たちが育てた稲を自分の手で収穫したかった。
黄金色の稲穂が、秋風に揺れる。
その実りを喜ぶように、豊水村には人々の笑い声が響いていた。




