第十八話 贈り物
地図上に水路の設計が練り込まれたところで、次は実際の現場へ杭を打ち込みにいく。
杭と杭を縄で結べば、掘り進めるべき経路が一目で分かり、工事も進めやすい。
千夜の指示のもと、村人たちは手際よく杭を打ち込んでいった。孤月も地形を見極めながら、必要に応じて経路を修正する。
そうして一同が力を合わせた結果、一里半に及ぶ水路の目印は、わずか二日ほどで設置された。
「千夜殿!これで大体の目処がつきましたね!」
村人の一人が、満足そうに声を上げた。
「ええ。孤月様と、皆さんのおかげです」
千夜は笑顔で答えた。
長い道のりではあったが、こうして少しずつ形になっていくのを見ると胸が弾む。
村人たちも、ようやく大仕事の第一歩を踏み出せたという達成感に満ちていた。
「明日からが大変ですなぁ、千夜殿!」
「そうですねぇ。皆さんお疲れのようですし、工事は明後日からにいたしましょうか?」
「いやいや、大丈夫です!人手が来れば休めるようになるでしょうし、我々そんな柔ではありませんよ」
「はははっ!!」
そのまま一団は、賑やかに話しながら集落へと戻っていく。
ところが、集落に着く手前まで来たところで突然、孤月が千夜を呼び止めた。
「おい、千夜!少しこちらへ来い」
孤月は、道端にある自分の祠の前に立っている。
「皆さん、先に戻っていてください」
千夜は村人たちに声を掛けると、孤月のもとへ歩み寄った。
*
孤月は祠の裏へ回り、布包みを取り出した。
それを手に、唸ったり黙ったりと、しばし葛藤している様子ではあったが、小さく息を吐くと千夜の元へ戻った。
「……千夜」
「はい?」
「これを、お前にやる」
差し出された布包みを両手で受け取り、千夜は不思議そうに見つめた。
「私に、ですか?」
「ほかに誰がいる」
意を決して渡したのに間の抜けた返事をされ、孤月はつい、ぶっきらぼうに答えてしまった。
「開けてみろ」
千夜がそっと布包みを開く。
すると、見るからにぱあっと瞳が輝いた。
布包の中は、木製の櫛だった。
滑らかに磨かれた木肌には、月と稲穂が丁寧に彫られている。
「……素敵ですね」
櫛を手に取り、夕陽にかざすようにして眺める。その表情を見て、孤月は胸を撫で下ろした。
(……よかった)
女性に贈り物をするのは初めてだった。
何を贈れば喜ぶのかもわからず、ずいぶんと悩んだ末に選んだ品だったのだ。
「ま、まあ……この間の酒饅頭の礼だ。受け取れ」
照れ隠しのように、孤月はそっぽを向いた。
「ありがとうございます。大切にいたしますね」
千夜は微笑み、櫛を両手で大事そうに包み込んだ。
その姿に、孤月は思わず目を細める。
いつまでも眺めていたいような、そんな穏やかな時間だった。
「…………」
不意に、二人の間を風が吹き抜けた。
千夜の長い髪が揺れ、ふわりと柔らかな香りが孤月の鼻先をかすめる。
その香りにドキッとしながらも、孤月はゆっくりと千夜に向き直った。
「……お前は人間だが、俺にない力をたくさん持っている」
いつになく真剣な孤月の表情に、千夜は目を瞬かせた。
「村人たちと、こうして新田開発を進められているのは……お前のお陰だ」
そして、金色の瞳がまっすぐに千夜を見つめる。
「……千夜、ありがとう」
いつもの軽口とは違う、真っすぐな言葉。
その瞳には、からかうような色も、得意げな様子もなかった。
ただ、心からの感謝だけがあった。
「……孤月様」
千夜は一瞬、言葉に詰まった。
けれど、すぐにふっと笑みをこぼす。
「私こそ、孤月様がいてくださるからこそ、ここまで来られたのですよ」
そう言って微笑む千夜に、孤月は満足そうに笑みを返した。
「ところで、孤月様」
「……なんだ」
「お顔が赤いようですが」
「うっ、うるさい!」
「夕陽のせいでしょうか?」
「知るか!」
孤月は足早に歩き出した。
その背中を追いながら、千夜は悪戯っぽく笑う。
「孤月様、待ってください」
手の中には、月と稲穂の櫛。
千夜にとっては、心のこもった嬉しい贈り物。
そして孤月にとっては、初めて好きな女に贈り物を渡した、忘れられない一日となった。




