第十七話 設計
孤月と千夜が藩から戻って数日後、郡奉行の山城兵右衛門から文が届いた。
千夜が文を開き、村人たちの前で内容を読み上げる。
「人員については、私の力及ばず、まずは八十名を派遣することとなった。その代わり、二か月後には三十名を追加派遣できるよう、上役と掛け合っておいた……とのことです」
「おお!」
村人たちから歓声が上がった。
「さらに、作業に必要な道具も貸与してくださるそうです。大型の鍬に、硬い土や石混じりの地面を砕くための鶴嘴、それから、土を運ぶための畚なども」
「そいつはありがたい!」
「これだけ人手と道具があれば、ずいぶんと違うぞ!」
村人たちは顔を見合わせ、喜びを分かち合った。
(やはり、あの狸親父……なかなかやるではないか)
〝力及ばず〟と謙遜するような枕詞を使っているが、二か月後の追加派遣まで取り決めている。
きっと周囲は、謙虚に見えて強かなあの狸親父の掌でいいように転がされているに違いない。
孤月は、郡奉行の手腕に少しばかり感心した。
「ということで、皆さん。人手が増えるまで、あと数日かかります。それまでに少しでも作業を進めておきましょう」
千夜が声を掛けると、村人たちは力強く頷いた。
孤月と千夜が藩へ出向いている間、村人たちは各々の鍬を磨き、道具の手入れをしていたらしい。新たな人手が加わると聞き、皆の士気は十分だった。
「よし、やるぞ!」
「千夜殿、次は何をすればいい?」
村人たちは、意気揚々と千夜の後に続いていった。
*
「水路の幅や深さによっては、水が流れすぎたり、反対に十分な水量を確保できなかったりする恐れがあります。地形を確かめながら、適切な幅と深さを保って掘り進めましょう」
千夜は地図を広げ、これから掘る水路の経路を示した。
本水路は、幅二メートルから三メートル、深さは一・二メートルほどを目安とする。
もちろん、地形や土質によって調整は必要だ。水路の勾配も、孤月の助言を受けながら慎重に定めていくことになる。
「いずれ、本水路の掘削は藩から派遣される方々に任せ、村の皆さんには支線水路を掘っていただくことになります」
本水路から各々の田へ水を届ける支線水路も、なくてはならないものだ。
郡奉行も、そうした役割分担を見込んで人手を貸し出すことにしたのだろう。
「……順調に進めば、完成は早くて来年の今頃であろうな」
孤月が何気なくそう告げると、村人たちは一斉に歓声を上げた。
「来年には、もう完成するのですか!?」
「我々は、五年はかかるものと覚悟していましたよ!」
「はははっ!」
村人たちの喜びように、孤月は思わず笑った。
藩から派遣される人員は最終的に百十名。さらに、道具も貸し出される。
これならば、村人たちだけで進めるより、はるかに早く工事を進められるだろう。
雪国に暮らす人間は、冬の厳しい寒さに耐え抜く忍耐強さを身につけている。
(それにしたって、五年もかかると覚悟していたとは……)
この地に住む人間たちの根性は、なかなか侮れない。
*
水路の工事に取り掛かるにあたり、千夜たちは、まず簡単な地図を作成することにした。地図には水路を通す経路を描き込み、今後の作業に役立てる。
本来であれば、土地の高低差や山林の状況を実際に確認し、測量を重ねて地図を起こさなければならない。
しかし、今回は土地神である孤月が協力している。
この辺りの地形は孤月が熟知しており、細かな地形や土質については、使いの烏たちを実地調査に向かわせていた。
「ここは土地が低い。それに、ここの土は固く、岩も多いようだ」
孤月が地図上を指で示す。
「なるほど。では、少し迂回して、できるだけ短い経路で水を引きましょう」
千夜は筆を走らせ、経路を修正した。
「ここは水漏れが心配だな」
「では、この部分だけ底と側面を粘土で固めましょう」
「この地点に、粘土質のよい土がある。それを使え」
「土手の弱い箇所は、石で補強することにいたします」
二人は地図を囲み、次々と問題を洗い出しては対策を決めていった。
村人たちも話し合いに加わり、実際に山林で作業する者ならではの知識や経験を持ち寄った。
こうして、長さ一里半に及ぶ水路の経路が地図上に定まった。
「では、二十七間ほどの間隔で杭を打っていきましょう。杭は百二十本ほど用意できれば、ひとまず足りるはずです」
「よしきた!」
村人たちは、待っていましたとばかりに動き出した。先日伐採した木々を材料に、杭を作るのである。
雪国の暮らしでは、薪は欠かせない。
囲炉裏で暖を取り、煮炊きをするため、木を割る作業には慣れたものだった。
村人たちは手際よく木を切り分け、杭の形に整えていく。
朝から晩まで村人総出で取り掛かった結果、百二十本の杭は、わずか二日ほどで用意できた。
(まったく、よく働くものだ)
孤月は、その勤勉さに感心しながら作業を見守っていた。




