第十四話 水路
「孤月様、見てください。……綺麗ですねぇ」
千夜が眩しそうに指差したその先には、田の水面に太陽と青空が反射する、一面の景色。
今まで、田園風景をまじまじと見つめたことなどなかった孤月だが、千夜の横顔を見ていると不思議とその景色まで美しく思えた。
しかし、千夜に対しては、どこか釈然としない気持ちが残る。
「……お前、鈍い割に感性は豊かなんだな」
その言葉に、千夜は頭上に〝?〟を浮かべた。
「……鈍いとは、具体的にどういうところが?」
「そういうところだ」
軽口を叩き、二人は田を後にした。
*
村人たちは田植えを終えたからといって、それを放っておくわけにはいかない。稲が無事に育つよう、水量を管理し、雑草を取り、日々の手入れを続けなければならなかった。
六月下旬には、稲の育ち具合を見ながら一度田の水を抜き、土を乾かす。その後は再び水を引き入れ、秋の収穫が近づけば、刈り取りに備えて水を落とす。
こうした田の手入れと並行して、新田の開墾作業も再開しなければならない。
大人たちが田植えに励んでいる間、手の空いた子供たちには開墾予定地に転がる小石を取り除いてもらっていた。
その甲斐もあって、次は水路の確保に取りかかれる。
「既存の田に使用している水源から、水を引くのですか?」
村人の問いに、千夜は頷いた。
「ええ。ただ今の水源だけでは、これ以上田を増やすと既存の田にまで水が行き渡らなくなる恐れがあります」
「では、どのように?」
村人は一様にして首を傾げた。
すると、千夜は地図を手に取りながら口を開く。
「少し離れた土地に、もう一つ、同規模の川が流れているのをご存知ですか?」
幸い、豊水の地はその名の通り、水源に恵まれている土地だった。千夜はその利点を見逃さず、広げた地図を指でなぞりながら説明を続ける。
「この川と、既存の田に使っている水路を繋ぎましょう」
「「「ええっ!?」」」
村人たちが一斉に声を上げた。
「千夜殿、それはいくらなんでも……」
「無茶じゃありませんか?一里半はありますぜ……」
村人たちの顔が引きつる。
一里半といえば、およそ五.九キロメートル。男手十人を中心に進めてきたこれまでの開墾とは、わけが違う。
しかし、千夜は怯まなかった。
「いずれ、この村はもっと大きく発展すると思うのです。数年後、藩から新たな新田開発を命じられるやもしれません」
今後の発展を見据え、先々まで使いやすい水路を整えておきたい。千夜の考えには、村人たちも納得するところがあった。
とはいえ、必要な労力を考えれば簡単に頷ける話ではない。
「私に考えがあります」
千夜は狼狽える村人たちを見渡し、にこりと笑った。
「藩に掛け合って、人手を貸していただきます!」
村人たちは顔を見合わせた。
「なるほど……!」
「そいつはいい考えだ!」
口々に賛同する村人たちを見て、孤月は呆れたように眉をひそめた。
「いくらお前が役人だろうと、そう簡単に藩が動くものか?」
藩にとって、豊水村の新田開発は数ある仕事の一つにすぎない。水路を造るために、大勢の人手や道具を貸し出してくれるとは限らなかった。
ところが、千夜は待っていましたとばかりに孤月を振り返った。
「ですから、孤月様!あなたも一緒に来てください!」
快活な声が、豊水村に響き渡った。




