第二話
「はっ……!? 今、何が……」
「あぁ……眼を覚まされたのですね」
「……!? うぇ、マジかよ……!」
「そのような反応は流石に傷付きます。そんなに私の姿は醜かったですか?」
意識が浮上すると、俺の目の前には一人の仮面を付けた少女が居た。この少女を、俺は知っている。あぁ、知っているとも。
彼女は『淀みの巫女』だ。『淀み』を力とし、浄化するこの世界の被害者。『ゼディメント』において拠点となる、不浄の神域に囚われたレベルアップ担当のキャラだ。
『淀みの巫女』、通称巫女ちゃんは少し落ち込むように肩を落とすと、ゆっくりと俺の近くへやってきた。
「まぁ良いです。ともかくようこそ、適合者様。此処は不浄の神域。偽りの王たらんとする『淀み』の適合者様の止まり木です」
「此処に来たってことは……やっぱ、俺は死ねないんだな」
「……道を迷われた適合者は皆、この場所へとやってきます。貴方が死してなおこの場所に来られたのなら、きっとそうなのでしょうね。本当に申し訳ありません」
そう言って巫女ちゃんは、俺に頭を下げた。彼女はそういう人間だ。そうでなければ、『淀みの巫女』なんて拷問に等しい役割を進んで担うなど、あるはずがないのだ。
『淀みの巫女』。それは、とある研究の副産物によって産み出された、狂気の秘技である。
研究の目的は、偽りの王を人為的に作ることだった。そうすれば世界に擬似的な恒久をもたらすことができる。当初のそれは、純粋にこの世界を思ってのことだった。
だが、研究者達は『淀み』を直視し過ぎたのだ。その結果理性を消失し、非人道的な実験や研究に没頭することになる。
その実験の一つが、『淀み』の制御だ。適合者に超人的な力を与え、適応せずともその強力な獣へと変貌させる『淀み』。
『淀みの巫女』という存在は、その力を操り、蓄え、そして与えることができるものとして設計された。尤も、それは理論上の話なのだが。
この力には問題がある。そもそも、『淀み』とは何なのか。それは、人が持つ悪性。もしくは得体の知れぬ超常のナニカ。確かなことは、『淀み』に触れ、そして根源に触れようとした者は例外なく発狂し、そして狂った。
そんな力を蓄える『淀みの巫女』は、果たしてどうなってしまうのか?
俺は知っている。どうしてこの世界に、彼女以外の『淀みの巫女』が居ないのか。どうして彼女だけが、この不浄の神域に囚われているのか。
世界の平和を切に願った一人の少女の奮闘を、俺は知っている。
「ごめん、巫女ちゃん。少し混乱してた」
「そうですか……ん? みこ、ちゃん?」
「そう、巫女ちゃん。『淀みの巫女』って言うんだろ? だから縮めて巫女ちゃんだ」
「……巫女、ちゃん。私の、こと……?」
『淀みの巫女』は、俺の発した巫女ちゃんという名を、何故か何度も反芻していた。マズイ。ゲームでは慣れ親しんだ愛称だったのでついそう呼んでしまったが、これは酷く失礼なのではないだろうか?
彼女だって望んで名を捨てた訳では無い。だというのに、俺はなんと無神経なことを言ってしまったのだろうか。
ともかく、早く訂正しなければ……!
「わ、悪い……急にこんなこと言って。やっぱり『淀みの巫女』と――」
「いえ! 巫女ちゃんでお願いします! 折角適合者様が付けてくれたのです。私は、巫女ちゃんが良いです」
「……そ、そう? なら、巫女ちゃんで」
「はいっ! 巫女ちゃんです!」
……なんか、テンション高く無い? 巫女ちゃんって、おしとやかでちょっと天然なキャラだったはずなんだけど。
まぁ、可愛いから良いか。喜んでるみたいだし。
4
「――この世は『淀み』に満ち、そして終わろうとしています。だからこそ、必要なのです。新たなる、偽りの王が」
チュートリアル通りの解説を聞きながら、俺は思考していた。どうすれば世界の崩壊を止めることができるのだろうか、と。
まず、偽りの王となるルートは論外だ。あんなものは人身御供でしかなく、僅かな猶予しか生じない。だから、別の方法を考えなければ。
……あぁ、そういえば。巫女ちゃんにあのことを聞くのを忘れていた。
「はい、巫女ちゃん。質問良い?」
「構いませんよ。私に答えられることであれば」
「俺以外に、此処に来る適合者って居るの? 例えば……半裸の、銀髪の女、とか」
「えぇ、居ますよ。私は……嫌われているようで、あまり会話をしたことはありませんが」
不浄の神域に訪れる適合者はそこそこ居る。だが、最初から居る数名を除けば、この場所を訪れるのはフラグを建ててからになる。そして、当然ながら半裸の女はその数名には当てはまらない。
間違いなく、あの女はプレイヤーだ。そして、彼女は一度偽りの王になったのだ。
であれば……彼女から話を聞くべきだろう。彼女がどの程度記憶を保持しているのか、俺と同じように前世の記憶を持っているのか。先駆者が居るなら、その意見は希少だ。
「じゃあ、アイツが来るまで待ってるわ」
「そうですか。では、私は離れに行っておりますね」
「……? じゃあ、俺もそっちに行って良いか?」
「ど、どうしてです……? 待つのであれば、大広間の方が良いと思いますが」
やっぱり、俺は巫女ちゃんに嫌われているのかもしれない。それもそうか。いきなり初対面でマジか、とか言っちゃったしな。彼女からしてみれば、自分の『淀み』に蝕まれた姿を揶揄されのだと感じてしまうだろう。
巫女ちゃんはこんな世界では絶滅危惧種であろう、完全な善人で癒やし枠だ。彼女が敵になることはなく、ルート次第では世界の終わりまで付き添ってくれる。
そうでなくとも、俺は彼女のファンなのだ。というか、『ゼディメント』をきちんとプレイしているのなら彼女を好きにならない人間はいないだろう。
「待ってる間暇だからさ、少しお喋りでもしないか? もちろん、巫女ちゃんがよければなんだけど」
「……よろしいの、ですか? 私は、『淀みの巫女』ですよ? あまり近くに居ては、貴方の御身が……」
「そんなの心配しなくて良いよ。それに――」
少し照れくさいが、これが本心だ。たとえその力が忌避されるものであろうとも、巫女ちゃんの手が穢れているなど、あるはずがないのだ。
「巫女ちゃんの手は、汚れてなんかない。とっても綺麗な手だ」
「っ!? ぁ……!?」
白く、冷たい手だった。けれども僅かに暖かく、彼女という存在を確かに伝えていた。
「……変な人、ですね。貴方ような人には、初めてお会いしました」
「あ、ごめん……急に手を握っちゃって」
「ふふ……良いのですよ。こんな私で良ければ、どうぞいくらでもお触りください」
巫女ちゃんの口元が、にこりと笑みを浮かべる。そんな巫女ちゃんの妖艶な言葉と姿に、俺は少しずつ理性を蒸発させていった。
だって仕方ないだろう!? 道を歩けば化け物ばかりで、ようやくマトモに話せるやつが居ても、その殆どが殺し合いになる世界で、こんな優しい言葉を掛けられたのだ。浮つかない訳がない。
「み、みみみ、巫女ちゃん……? あんまりそういうこと、気安く言っちゃ駄目だぞ……?」
「であれば、問題ありません。私に触れてくださったのは、貴方が初めて、ですから」
「~~~~!?!? ち、近い……! 巫女ちゃん近い!」
「なら手を離せば良いのではありませんか?」
「いや……! そっちが思いっきり握ってきてるじゃん……!」
その後、俺はニコニコと笑い続ける巫女ちゃんに揶揄われ続けながら、いつ来るとも知れぬあの銀髪女を待つのだった。
……巫女ちゃんの膝枕は、マジで最高でした。
5
身分を捨て、過去を捨て、名をも捨てた。私の献身が、世界を救うと本気で信じていたからでした。
たとえ同じように世界を儚んだ巫女が死せようとも、安息の間も与えぬ『淀み』の力に苛まれようと……私は耐え続けました。
「よこ、せ……! ミこの、力、ぁ……!!!」
「な、ぜ……? 貴方、達、は……世界の、ために……」
「########!!!!!!」
その結末が、あの惨劇でした。『淀み』の力に支配され、研究員達は全員が獣へと堕ちてしまいました。私はその事件に巻き込まれ、そして命を落とした。
私に蓄えられた『淀み』のおかげか、次に目を覚ますと私は不浄の神域という、『淀み』の適合者のみが訪れることのできる場所に居ました。
「あ、れ……? わたし、は……?」
そして、一度死んだからでしょうか。私は捨てた名や過去を忘却していました。
あるのは『淀み』の力だけ。他人の苦痛や痛みばかりが充満する、この世界を蝕む呪いだけが私を構成していました。
そんな私に、何ができるのでしょうか? その答えをくれたのは、不浄の神域で研究をしている、とある魔女のお言葉でした。
「ふむ……であれば、適合者を導くことが此処でのお前の仕事なのだろうな、『淀みの巫女』よ」
「……そうですか。ありがとうございます、グレイビードさん」
「なぁに、礼には及ばんよ。貴女のサンプルは、私の研究へ大いに役立った。また、よろしく頼むよ」
この場所を訪れるのは、行き場所を見失った適合者達です。であれば、私は……『淀みの巫女』として、そんな適合者達を導きたい。
「穢らわしい……! 近寄るな!」
たとえ、どんな言葉を投げられようとも。
「『淀み』を力にする……? お、お前も俺を化け物にしようってのか!?」
たとえ、理解を得られずとも。
「……必要ない。お前が『淀み』を私に使う意味は、どこにもない」
たとえ、全てを否定されようとも。
それでも私は、『淀みの巫女』なのです。適合者様達の役に、立ちたいのです。
「どうですか、適合者様。少しお眠りになっては?」
「いやでも……アイツを、待た、ない、と……」
「私からお伝えしておきます。ですから、今は……今だけは、私の傍でお眠りください」
その日現れた適合者様は、不思議な人でした。どこにでも居そうな顔に、茶色の混じった黒髪。あまり強いとは言えぬその人は、初めて私に触れてくれました。私のことを巫女ちゃんと、そう呼んでくれました。
それは『淀み』を力とする『淀みの秘技』を行うための行動ではありません。彼は私のために……私だけのために、その手を取ってくれたのです。私の名を、呼んでくれたのです。
穢れたこの身に、触れてくれた。私のことを、認めてくれた。私に名を与えてくれた。
貴方にとっては些細なことであっても、私にとっては……あまりに劇毒だったのです。
もっと貴方に触れたい。もっと貴方と触れ合いたい。もっと貴方と……繋がりたい。
「どうか、この世界の終わりまで、貴方のお側に居させてください」
貴方が偽りの王となるのなら、私も喜んで薪となりましょう。
貴方がこの世界を否定するのなら、私も謹んでその結末を受け入れましょう。
貴方が全てを変革するのなら、私も全てを捧げてその一助となりましょう。
どうか貴方の道を進んでください。私の……私だけの、適合者様。
それだけが、今の私の望みです。




