9.アリアの会談① 審査
アリアは久しぶりに湯船に漬かっていた。
フライブル王国はアリアを好待遇で迎え入れた。国に着くなりレイド王子の命により、5人の女性がアリア専属のメイドとなり大浴場へと連れて行った。
風呂から上がればボロボロになった衣類の代わりに綺麗なドレスが用意されていた。それに着替えると、食堂へと案内され食べきれないほどの料理が振舞われた。
そして、ひとりで使うには広すぎる部屋に案内され、ひとりで眠るには大きすぎるベッドで横になった。
アリアがレイド王子に渡した手紙の話やアリアが西側諸国から追放された原因の詳細などは明日話すことになっていた。
アリアは眠る前に、明日レイド王子に諸々の話をどう伝えるべきか、そして自分の中で生まれた疑問をどう聞き出すべきか考えてから眠ろうよ思っていたが、段々面倒になり、やがて考えるのをやめ、深い眠りに就いた。
翌朝、朝食という形でアリアとレイドは面会を果たした。
案内された部屋は昨夜の食堂とは別で本来食事をするような場ではないように思われたしかし、アリアはこの部屋が選ばれた理由をすぐに察した。壁に飾られた大きな1枚の絵。
アリアは絵の前で話そうとレイドが言っていたことを覚えていた。その絵がこの絵なのだと悟った。アリアが何よりも気になったのは絵の内容だ。アリアがよく知るあの絵と全く違うのに酷似していると感じざるを得なかった。そして、その事実にどこか不気味さを感じていた。
アリアはそんな内心の混乱を表情に出さぬように静かに席に着いた。
アリアはすぐに本題に入るものだと思っていたが、レイドは「おはよう」の挨拶から始まり、「よく眠れた?」など他愛のない話が続いた。
会食の場にはアリアとレイド、執事やらメイドが10人ほど、そして武装した兵が3人。アリアはその3人をよく覚えていた。レイドと出会ってから城までの道中、いかなる時もレイドをすぐにでも守れる距離を保って同行していた、いわば王子側近の3人である。
食事を開始してから10分。ひとりの執事が退室した。それを皮切りに次々と退室していった。しかし、それは決して決まった順ではなく各々が己意思で機を見計らって退室しているのだとアリアは気が付いた。
そしてすぐに理解した。見定められているのだと。その理由もアリアはすぐに察した。レイドはアリアと二人っきりで話をしたがっている。しかし、レイドを守る部下たちがどこの馬の骨かもわからないアリアとそうやすやすとそれを認めるはずがない。だから、レイドの部下たちは今見極めている、アリアが信用たる人物かどうか。
そのことに気が付いた途端、アリアは変に緊張した。気が付けば話題はアリアの生い立ちの話になっていた。アリアの出生は不明であり、孤児院で育てられた。高貴な身分とは程遠い。そのことがどう評価されるのかアリアは迷った。結果、アリアは会話に詰まった。
その不自然さをレイドの部下たちは当然、見逃さなかった。少しの沈黙のあと、アリアは意を決した。
アリアの答えは嘘を吐かないこと、ありのままに全てを話した。アリアの高貴からかけ離れた話に最初に笑みを零したのはレイドであった。
レイドの笑みに釣られたのか、レイドの部下たちは安堵の笑みを浮かべ次々と退室していった。
気が付けば残るは3人だけになっていた。
レイドはどこか楽し気にため息を吐くと、3人の方に向き直した。
「もういいんじゃないかな?」
レイドの問いかけに、3人は各々複雑そうな表情を浮かべていたが、同時に一礼すると退室した。
レイドは安堵するようにふうっと息を吐き、アリアの方を見て笑った。
「これでようやく本音で話せるね」
レイドとは対照的にアリアは思わず背筋を伸ばした。
「さて何から話そうか? そうだね、まずフランク王子の手紙……いや、その前に検問所から届いていた手紙について話しておこうか。君と一緒に城に戻った時にこの手紙の存在を知ったんだけどね、中を見て思わず笑ったよ。実を言うとね、うちの検問所はそちらからこちらに来る人間を拒むことはないんだよ」
「そうなんですか?」
アリアの問いにレイドは不敵に笑った。
「東と西は敵対関係にある。その考えがあるからこその検問所だ。でもそう考えていたのは国王である我が父だ。僕は違う。そして、西側諸国は知らないかもしれないが今のフライブルク王国の王はこの僕だ」
アリアは目を丸くした。
「でも、みんなレイド様のことを王子と……」
「それも間違っていない。事実僕はまだ王子だ。でも事実上王の権力を握っている。回りくどく言う必要もないね。父は3年前にボケてしまった」
「ボ、ボケて……」
アリアの戸惑いも意に介さずレイドは話を続けた。
「そう、ボケた。予兆はあったんだ、物忘れが激しくなったとか、支離滅裂なことを言うとかね。だから、こうなる前に正式に王位を託してほしかったんだけどね、残念なことにうまくいかなかった。お陰で今はなんというか中途半端な立場なんだよ。実を言うとね、今その問題があって東側諸国は不安定なんだよ。王子が指揮する国を東側諸国のリーダーのままにするべきではないという動きがあってね。今も愚魔をそっちのけで権力争いしてるよ」
レイドは遠い目をして微かに笑った。
予想していなかったフライブルク王国の現状にアリアは口を噤むしかなかった。
そんなアリアの表情を見てレイドは口を開く。
「すまない、愚痴になってしまったね」
「いえ、そんな……」
「いや、本当に申し訳ない。ただ許してくれるなら弁明させてもらえないかな?」
弁明? なんのこと? と思うアリアであったが、こう消さざるを得ない。
「勿論です」
レイドは穏やかに笑った。
「きっと僕は今少し浮かれているんだ」
「浮かれて……ですか?」
「そう、浮かれて。それも全て君が運んで来てくれたこの手紙のお陰だ」
レイドは誇らしげにフランク王子からの手紙を掲げた。
「アリア、君は中を見てないんだよね?」
「それは勿論です。王子同士の大事な手紙、わたくしが見るわけにはいきません」
「そうだね。それは正しい判断だ」
そう言いながらレイドは立ち上がりアリアに歩み寄ると、手紙を丁寧に手渡した。
「でもこの手紙はきっとフランクと僕、そしてアリア、君の3人で共有するものだと思う。読んでくれ」
私も共有すべき?
レイドの言葉の真意に脳をフル回転させたが、何も出てこなかった。アリアは覚悟を決め
「失礼します」
と一礼して手紙を読み始めた。




