7.アリアとアーマー大運河検問所
ウェブリ島の西側諸国は全て聖女の結界魔法によって愚魔からの侵攻を防いでいる。その一方で、外の愚魔を減らすことに積極的な国は一つもない。故に、聖女5人の小隊でも国外に出て1日後の生存率は30%以下と算出されていた。この事実は西側諸国の重大な課題であり、西側諸国が集まる会議でもたびたび各国が協力し愚魔の数を減らすべきという案が挙げられていた。しかし、どの国も数少ない聖女を愚魔の退治に出し、失うことを恐れ、結局退治をする必要はないという意見が多数となり、その案は却下され続けた。
そんな外の世界にアリアが放り出され3日が過ぎていた。
アリアはフローネ王国の東に位置する一本山の山頂に来ていた。その山は名前の通り山頂に大きな一歩の木がある。アリアは以前からここに来たかった。理由は単純に眺めがよく、気持ちよさそうだな、ただそれだけだ。しかし、外に出るときは王族や物資の運搬の護衛の時であったため今まで来ることはできなかった。
そして今、願いが叶いアリアはその木の下でお昼ご飯を食べ始めていた。ランチメニューはジェンヌから貰った乾パンと魚肉の缶詰、そして道中で狩った熊の肉であった。
「思ってたより美味しいわね、熊」
愚魔は人間しか襲わない。そのため、外の世界には野生の動物、すなわち獣がたくさん生息している。
アリアはこの三日、出会った愚魔は即座に消し去り、見つけた獣は狩って、ご飯にしていた。一言で言えば、史上最強と呼ばれるアリアにとって外の世界は全く苦でなかった。
最も心配であった眠るときも、自身を守る程度の結界なら寝ながら張ることができることをアリアは知った。
アリアはなんならこのまま外の世界に家を建て、生活してもいいとすら思い始めていた。そう考えながらも、アリアは荷物をまとめたバッグからフランク王子から託された手紙を眺める。
この手紙はアリアを助けるためと渡されたが、一方で西側諸国と東側諸国の友好関係を復活させるために重要なものである、アリアはそう考えていた。
アリアは思わずため息を吐いて、立ち上がる。そして改めて、山頂からの景色を堪能した。やがて一つの巨木に目を向ける。その木はアリアが今いる一本山より大きな木だ。
「仕方ない、行くか」
アリアは再び東に向かう。
約30年前、ウェブリ島にかつてない大地震が起きた。大陸全土が揺れ、多くの人の命を奪い、あらゆる建物を破壊し、そして大陸を分断した。
こうしてウェブリ島は真っ二つに割れアーマ大運河が生まれた。割れた大陸を繋ぎ止めたのが山よりも大きな大木、神の木ウェルスであった。
この名前は地震の後に人々が勝手に名付けた。大陸の名と同じなのはウェブリ島を繋ぎ止める木、それは最早大陸そのものだという考え故であった。
神の木ウェルスは大運河をまたがり西、東、両方の陸に根を生やし、びくともせず立ち続けている。人々は神の木ウェルスに寄り添うように橋を造りあげた。
アーマ大運河の水流は原因は判明されていないが、異常なまでに速く、船で渡ることは不可能であった。故にウェブリ島の東側に行くには神の木ウェルスの橋を使う以外に手段はなかった。
しかし、現在、西側諸国と東側諸国は対立関係にあり、そのため両側共に橋の出入り口に検問所兼防衛施設を建て、人の行き来には許可が必要となっていた。
アリアは頭を悩ませた。
アリアは西側諸国最大の国、フローネ王国から国外追放されたいわば罪人である。その上、フランク王子はフルト国王が西側全ての国に根回しをしたと言っていた。だから今、アリアは東を目指しているわけだが、そんな西側諸国が管理する防衛施設があっさり通してくれるとは思えなかった。
そして例え、西側の防衛施設を通れたとしても、東側の防衛施設が西派の国から追放されたからという理由で東側に入れてくれるとも思えなかった。
要するにアリアは二つの無理難題を突破しなきゃいけない状況にあった。
どうすればいいか? ……アリアは数秒考えたが、すぐに結論はでた。武力行使しかない、と。
アリアは戦闘する気満々で神の木ウェルスに歩を進めた。
橋の前にある建物前に二人の女が立っていた。アリアには一目で聖女だとわかった。向こうもアリアに気が付くと、走って駆け寄ってきた。すぐさまアリアは戦闘態勢を取った。しかし、敵だと思った聖女から出た言葉は
「アリア様ですよね? 握手してください」
であった。
アリアは戸惑いながらも差し出された二つの手を順に握りしめた。すると二人は満面の笑みで
「ありがとうございます」
と言った。
「いえ、あの、その……どういたしまして」
アリアはしどろもどろにそう答えた。
それでも二人の聖女は笑顔のまま、アリアを防衛施設へと案内した。
防衛施設に入ると4人の聖女と武装した6人の男がいた。彼らはアリアを目にした瞬間、先ほどの聖女同様握手を求めてきた。
何が何だかわからないままアリアは求められるままに全員と握手した。
ざわめきが少し落ち着いたころ、」アリアは問う。
「あの、皆様は私をどのような存在だと思っているのでしょうか? 少なくてもこんな歓迎されるような存在ではないはずなのですが……」
聖女たちは驚いた表情であった。
「何を仰っているのですか? アリア様はフローネ王国を救った英雄じゃありませんか」
「えっ?」
「フランク王子から聞いています、国が壊滅するほどの愚魔の侵攻を最小限の被害に留め、国を救ったと」
「その姿はまるで大賢者の如くであったと聞いています」
「そのような活躍をしながら、被害の責任を感じ、自身で国を去ることを決意した聖女の中の聖女だと」
「フランク王子から言伝を受けています。アリア様はいずれ必ず戻ってきて、愚魔を殲滅してくれると」
アリアは思う。根回しが得意なのは父子ともどもなのだと。
フルク国王は恐らく各国の王にアリアを受け入れるなと根回しした。一方、自身が王になった時アリアに国に戻ってきてほしいと考えているフランク王子は国のトップではなく、アリアと同じ愚魔と戦う現場の人間に根回しをしていたのであった。
アリアは初めてフランク王子と結婚しても良かったなと思った。
「英雄は言いすぎよ。本当にそうならば今こうしてここに訪れていないわ」
アリアはフランク王子の半ば嘘の話に合わせた。
「何を仰っているのですか!? そんな謙遜は必要ありません」
謙遜じゃないけど、と思いながらもアリアは口にはしなかった。
「あの、それで東側に行きたいんだけど……通してくれますでしょうか?」
「勿論です。アリア様がこれを機に東側の愚魔と戦う技術を学んでくることは聞いていますので」
アリアは改めて思う、フランク王子とはやはり結婚できないと。いくらなんでも嘘を吐きすぎである、そう思った。
そして、もう一つ気になることがあった。フランク王子の嘘なのかもしれないが、この聖女の言葉をそのままとらえるなら東には愚魔と戦うのに聖なる力以外のなんらかの技術、方法が別にあるということになる。
「そう、そうなの、東側の技術を知りたいのよ。それで聞きたいんだけど、その東の技術がどんなものなのか知ってる? 行く前に少しでも情報が欲しいんですけど……」
聖女たちは顔を見合わせた。そしてひとりの聖女が顔を赤らめながらひとりの聖女が手を挙げた。
「少し恥ずかしいお話のですが、この橋を渡る人がいる時必ず私たち聖女が東側の門まで付き添うのですが……その時、東側の騎士にナンパされまして」
「ナ、ナンパ!?」
「はい。それからその方とお友達になり今はその……彼氏となりました」
彼女の顔は真っ赤になった。
「あの、ごめん、なんの話し?」
「すみません。聞いてほしいのはここからです。彼は言ってました。なぜ西側は女性をこんないつ戦場になるかわからな危険な場所に置いているのかと」
アリアは首を傾げた。戦場になるような場だからこそ聖なる力を使える女性、すなわち聖女を置くのは当たり前である。もし、男で聖なる力を使える人間がいたとしたら、それはフランク王子がなりたくてもなれなかった大賢者である。
「えーっと、どういうこと?」
「彼が言うには東側では男が愚魔と戦うようです」
アリアはますます混乱した。
「どういうこと? 向こうには聖なる力を使える男……賢者がいっぱいいるってこと?」
「いえ、そうではなく……東の男は肉弾戦とでもいいましょうか、剣や槍で愚魔を退治しているみたいです。彼らはそれを騎士と呼んでいるみたいです」
聖なる力を使わず愚魔と戦える男、騎士
。全く持って何を言っているのかアリアには理解できなかった。
アリアは思わず防衛施設にいる男たちを見た。
「まことに申し訳ないですが我々には無理です」
当然だと思った。フローネ王国の歴史上聖なる力を使えた男はたったひとり。そして聖なる力を使えたとしても愚魔を倒すには聖なる力を火や水、雷等のエネルギーに変換し攻撃する。聖女でも剣や槍の物理的なものでは愚魔を消滅するような攻撃はできなかった。
「それが東の技術ってこと?」
「……恐らくは」
「じゃあ、東には聖なる力で戦う人はいないの?」
「私も彼にそのことを聞いたのですが……彼はそれは魔女だと言いました」
フランク王子も言っていた。東では聖女は魔女であり敵だと。
「魔女……フランク王子からも聞いたけど魔女って何なの?」
「……かつて東側諸国を滅ぼしかけた愚魔と聞いております」
「……こっちで言う牛鬼みたいな存在ってこと?」
「そうです! そういうことです!」
聖女ははきはきと答えた。
アリアは牛鬼の伝承について知っている情報を脳内で掛け巡らせる。そして気が付く。牛鬼は頭が牛の姿をした人間では太刀打ちできない強大な肉体を持つ愚魔のことだ。西側が聖なる力を持つ者を魔女と呼ぶ。ならば東側の騎士とは牛鬼に近いものだと。
そこまでいきつき、アリアは思い出す。自分が聖なる力、魔法を学んだ絵本に描かれていたのは男だと。そして、その男は絵本の中で普通の人間には不可能であろう跳躍もしていた、と。アリアはただ単に絵本の誇大表現だと思っていた。しかし、それが誇大表現じゃないとしたら……。
アリアは東の技術、愚魔と戦う力に興味を持った。
「ありがとう、重要な情報よ」
アリアの言葉にその聖女は嬉しそうに照れ笑いした。
「それでお聞きしたいのですが、東側にもここと同じような検問所があると思うのですが、私は通れるのですか?」
「安心してください、彼に話は通しているので」
かの聖女がくねくねしながら言った。
「……そう、それはありがとう」
「では行きましょう、アリア様」
東側に彼氏がいる聖女ともうひとりの聖女がアリアを案内し始めた。
「よろしく」
アリアは二人の後に続いた。
聖女が奥の扉を開いた瞬間、水が流れる轟音が聞こえた。アリアは音源に目を向ける。そして、その流水の激しさを見て理解する。アーマ大運河にある橋は、神の木ウェルスと繋がった橋だけである。川の流れの激しさを見ると、分断された大陸を繋ぐこの木がなければ橋を建てることも不可能だと。
「アリア様には必要ないと思いますが向こうまで護衛します」
「ありがとう」
そう答えたものの橋を渡る間愚魔が襲ってくることはなかった。そして、東側の門番が見えてきた。
すると例の聖女が一人の門番に駆け寄り抱き着いた。アリアは、なるほどこの男が彼氏なのかと納得した。
その男はアリアの存在に気が付くと、彼女の手を握りしめながら駆け寄ってきた。
「あなたがアリア様ですね。彼女から聞いています。なにやら理不尽な理由で西側から追放されたと。ご安心ください、東側諸国はそのようなことは致しませんので」
この男、彼女に手懐けられている、アリアはそう思った。
「ありがとうございます」
アリアはそう答えるしかなかった。すぐにアリアたちは東側の検問所兼防衛施設に通された。そこには西側と違い、男しかいなかった。
「アリア様、東側諸国は全てあなたを受け入れます。近くの国まで我々騎士が同行しますのでご安心ください」
聖女の彼氏であろう男の従順ぶりに、アリアは段々この聖女が恐ろしく思えた。
「非常にありがたい話なのですが、私はここから最も遠いフライブル王国を目指しています。なので、お気になさらず、私に同行などせず、ここの任務を優先してください」
男は戸惑った表情を浮かべた。
「それこそ、女性であるあなたがここからフライブル王国に辿り着くのは不可能です。彼女の頼みです、フライブル王国まで責任もって同行しますよ」
男が満面の笑みでそう答えると、横の彼女が男の服をくいくいっと引っ張ると、男に耳打ちした。
男は眉をしかめながらも
「わかりました。同行は致しません。しかし、せめて、フライブル王国にあなたが目指していることを伝えておきます」
「あ、ありがとうございます」
アリアがそう答えた直後、男は紙になにか書き始めた。
「あの、何を?」
「何をって、今言った通り、あなたのことを報せる手紙を書いています」
手紙? アリアは脳内で呟いた。
西側諸国は随分前に、少なくても聖女間の手紙の文化はなくなっていた。通信魔術が開発されたからだ。
「あのそれってどうやって届けるのですか?」
「どうやってって……もちろん、伝書鳩ですよ」
アリアは言葉を失った。伝書鳩の利用など西側諸国ではアリアが生まれる前にはなくなっていた文化である。
その時、件の聖女がアリアの肩を叩き目で訴える、察しろと。
アリアは素直にその目に従った。
「そうですよね。伝書鳩ですよね」
アリアの返答は明かに不自然であったが男は追及して来なかった。
「そ、それじゃあもう行くわ、ここまでありがとう」
アリアはここまで案内してくれた二人と握手を交わす。そして東側の男たち、騎士たちとも握手する。
「本当によろしいのですか? 我々はフライブル王国まで同行しても構わないのですが」
「気にしないでください。きっとさっき彼女からもそう言われたのですよね?」
「そうですが……」
男は口ごもった。直後、男は敬礼した。
「御武運を」
男はアリアに対し敬礼した。それに倣い、他の男たちもアリアに敬礼した。思わずアリアも敬礼した。そして、アリアは無事に東の検問所を通過し、ウェブリ島東に降り立った。




