6.アリアの旅立ち
アリアは失望の中、身支度をして短い睡眠を経て、翌日の早朝、寮を出た。そしてアリアは国の門へと向かう前に、まだ簡易ではあるが今回の犠牲者たちを弔っている場所に花を添えた。
そしてアリアは門に向かった。アリアを見つけた二人の門番が深々と頭を下げた。
「この度は……何と言っていいか……」
門番の二人は言葉を濁した。
「ありがとう、なんだろう、そんな気遣いの言葉もらえてると思ってなかったら」
ふたりの門番は目を隠すように帽子を深くかぶり直した。
「我々現場の人間は知っています。アリア様がどれだけ強力な結界を一人で張ってくれていたのかを……」
門番たちは泣いていた。
「……ありがとうございます」
アリアは純粋に嬉しかった。門番たちとの交流はそんなに深くなかった。それでも自身の境遇に泣いてくれる。それだけで嬉しかった。
アリアは背を向け立ち去ろうとした。その瞬間声がした。
「私たちに挨拶もなしで行く気?」
アリアが振り向くとそこにいたのはリリー、そしてジェンヌとフランク王子であった。
「リリー、ジェンヌ、それにフランク王子……お見送り? ありがとう」
アリアは精一杯の笑顔を見せた。
リリーは悲しそうに目を伏せた。
「あり得ない……私のライバルがこんな形で去るなんて……」
「……ごめんね、不甲斐なくて」
アリアが笑っても、リリーは 笑わなかった。
「私はわかってるよ、今回の事件はアリアちゃんのせいじゃないってこと」
「ジェンヌがわかってくれている。それだけで満足よ」
ジェンヌの目からは涙が零れていた。
「アリアちゃん、本当に申し訳ない……今の僕には父の横暴を止められるほどの力がない……。僕は本当に君と結婚したかった……なのに、こんなことになってしまって……」
フランク王子の途切れ途切れの弱弱しい言葉にアリアはクスリと笑った。
「フランク王子。あなたはもっと素直に生きてください。私よりも結婚したい方がいるでしょ? 折角の機会です。国王に 歯向かってでも押し通してください」
アリアの言葉にフランク王子は顔を赤くした。
「……気づいていたのですか?」
「見ていればわかります」
アリアの笑顔にフランク王子は思わず頭を抱えた。
「それでは皆さん、ごきげんよう」
そう言い残し立ち去ろうとした、が、待ったが掛けられた。
「アリアちゃん、この手紙を受け取って」
フランク王子に手渡された。
「これは?」
「アリアちゃん、よく聞いて。ウェブリ島はアーマ大運河によって東西に分かれているのは知っているね?」
アリアはこれまでの人生で得た知識を掛け巡らせる。
「聞いたことあるかも」
ウェブリ島は一つの大陸のように言われているが実際は違う。本来ひとつであった大陸を真っ二つに切るようにアーマ大運河が縦断する。
「アーマ大運河より西側の国は全て我が国と同盟国だ。恐らく、父の根回しで西側諸国はきっと君を受けつけない」
アリアは愕然とする。
「つまりは東へ行けと?」
「そう西側で君が生きるのは絶望的だ。だから、アリアちゃん、君は運河を超えて東側に行くんだ。そして東側諸国の最大の国フライブル国の王子、レイドにこの手紙を見せるんだ。きっと彼なら君を歓迎してくれるはずだ」
このフランク王子の言葉にはアリアだけではなくジェンヌとリリーも首を傾げた。
ウェブリ島の西側諸国と東側諸国の対立が始まったのは100年以上も前である。そのことは聖女学院で3人とも習った。故に、フランク王子が東側のフライブル王国の王子との交流があるとは思えなかった。
「そんな顔をする気持ちはわかるよ。なぜ、フライブル国の王子と知り合いか説明するよ。100年前に西と東で大陸は割れた。その結果、以前からの対立もあって、西と東の交流は完全に断たれた。でも10年前和解を試みたことがあるんだ。その時に僕も同行し、レイドと出会った。同行したと言ってもまだ子供であった僕にできることはなかった。それはレイドも同じだった。僕たちは純粋に遊び仲良くなった。和解の協議は1週間にも及んだけど、僕たちは5日目あたりには和解がうまくいかないことを感じ取っていた。だから、その時約束したんだ。自分たちが王になった時は、必ず同盟国になり、全ての愚魔をこの大陸から駆除しようと」
アリアは何とも言えない顔をした。
「10年前の約束ですか……お心遣い感謝します」
「言いたいことはわかるよ。子供の頃の約束を今でも信じてるなんて愚かだと。それでも僕は彼を信じている。そして、僕は君のことも信じている。君が西側と東側を繋げる橋になってくれると」
戸惑うアリアをよそに、フランク王子の顔は真剣であった。
「つまり王子は国外追放され、あったかないか微妙な婚約関係を破棄された私を外交に利用すると?」
フランク王子は思わず目を逸らした。
「本当に済まないと思っている。 ……こう言っては何だが、君を王妃に迎えた後は、君と共にフライブル王国を訪問するつもりであった。君と一緒じゃなきゃ愚魔が溢れるこの世界を横断できないから。しかし、こうなってしまった今は君に手紙を託すしかなくなってしまった。君なら一人で東の最果てフライブル王国に辿り着ける、そう信じてる……本当にすまない、どうかこの手紙を届けてくれ。手紙には君のことを受け入れてほしい旨も書いてある」
アリアはため息を吐く。
「もう国外追放を受けてる身だから気を使わないけど、まさか王子に東側との和解とかそんな考えがあったとは……何も考えてないチャランポランの王子かと思ってたわよ」
フランク王子は苦笑いするしかなかった。
「ちょっと、アリアその言い草はないでしょ!! 王子はあんたに生きる道を示してくれるのよ、感謝しなさい」
リリーは激怒していた。
「確かに珍しくリリーの意見も一理あるわね。王子の手紙がなきゃ私は行く当てもないからね。王子感謝します」
「いや、感謝すべきはこちらだ。国外通報という処分を受けながらその手紙を届けてくれるとは、感謝しかない。……僕が王になった時は戻ってきてください」
アリアはくすりと笑った。
「そうですね。私が無事にこの手紙をフライブルの王子に届け、西と東が和解した時は、フランク王子がどれだけ立派な国王になったか、ジェンヌがどれだけ美しい女性になったか、リリーがどれほどの悪女になったか見に来ます」
アリアの言葉にジェンヌとフランク王子は笑い、リリーはしかめっ面をした。
「君の期待を裏切らないように頑張るよ」
「アリアちゃん、私は美しくならないと思うから期待しないでね」
「誰が悪女よ! 見てなさいあんたなんて必要なかった、そう思わせるくらいの聖女になってるわ」
アリアはふふっと笑った。
「じゃあ」
そう言い残して去ろうとした、その瞬間フランク王子が呼び止めた。そしてアリアに近づき耳打ちする。
「最後によく聞いてほしいんだ。君は東側では聖女じゃないかもしれない」
フランク王子の言葉にアリアは眉をしかめた。
「それってどういうことですか?」
「……東側の聖女はこっちで言う聖女とは違うみたいなんだ」
アリアはますます混乱した。
「えーっと、結局それってどういう……?」
「僕にもわからない。ただレイド王子と話してた時、聖女という言葉が噛み合わなかったことは覚えている。彼は僕が説明した聖女のことを魔女と言った」
「魔女?」
「そして彼は魔女のことを敵とも言っていた」
「聖女が魔女で敵? それじゃあ東側はどうやって愚魔から国を守っているのですか?」
フランク王子は首を横に振った。
「僕にもわからない。ただ、聖女の力を持つ者は魔女として敵とみなされる可能性がある。だから、フライブル王国、いや東側諸国と接触した時は聖女の力を隠した方がいいかもしれない」
フランク王子の言っていることをアリアは1ミリも理解できなかった。愚魔に対抗できる力は聖なる力だけである。そしてその力を使えるのは聖女だけである。その聖女を魔女と呼び敵とみなす東側諸国が生き残る手段をアリアは想像できなかった。
その一方で思い出す。アリアは南の大陸からの絵本で魔法を学んだ。それは結果、聖なる力であった。つまりは土地によって愚魔に対抗する力の呼び名は違うということを。
そのことが何か関係するのか?
そんな考えを巡らせても答えは出なかった。
「わかりました、ありがとうございます」
アリアはそう答えるしかなかった。
「アリアちゃん、これ」
ジェンヌから渡されたのは乾パンと魚肉の缶詰、つまりは長持ちする食べ物であった。
「ありがとう……じゃあ、またね」
そしてアリアはフローネ王国を去っていった。




