3.アリアとフランク王子
午後の授業が始まる前、食堂から教室に戻っていたふたりの言い合いはまだ続いていた。正確には今度はアリアがリリーの頭に肘内を入れたため言い合いが再開していた。
昼休みの終わりを報せるチャイムが鳴る。
「あなたたち、何を騒いでいるの? お昼休みは終わりよ、早く席に着きなさい」
チャイムが鳴るや否や教師が入ってきた。いがみ合っていたアリアとリリーも大人しく席に着いた。
席に着いたアリアは、どこか生徒たちがどこかそわそわしていることに気が付いた。
「それではこれより月一恒例のフランク王子との合同授業を始めます。どうぞ、フランク王子」
教室の扉が開き、見るからにナルシストそうなサラサラヘア―の金髪男が入ってきた。女生徒たちはアリア以外、盛大な拍手で迎えた。
「こんにちは、未来の聖女様たち。誠に申し訳ありませんが、今日も未熟者であるこの僕に一緒に授業を受けさせてください」
フランクは言葉とは裏腹に頭も下げずそう言った。女生徒たちは握手で応えた。
「ではそうですね……アリア、フランク王子に教科書を見せてあげて」
「へっ? あっ、はい」
アリアは、なんで私? そう思いながらも返事した。他の女生徒たちはざわつき、リリーはアリアを強く睨んでいた。
王子のお付きと思われる女性がアリアの隣に椅子を置くと、フランク王子は迷いもなく着席した。
「よろしくね」
フランク王子はアリアに優しく微笑みかけた。
「あー、どうも」
アリアも適当に挨拶した。
授業が始まっても女生徒の多くはそわそわしていた。隣にいるフランク王子も授業を聞かず、教科書も見ないでアリアの顔ばかり見ていた。
「あの何か?」
「ん? 何も」
「……あの一つ聞いていいですか?」
「なんだい?」
「教科書も持たず王子は何しに来たんですか?」
フランク王子は少し驚いた顔をした。
「アリアちゃん、本当に何も知らないんだね。そうだね、授業が終わったらジェンヌちゃんに聞いてみるんだね」
何言ってるんだこいつ、アリアは心の奥底からそう思った。
授業が終わり、フランク王子が帰り、聖女たちも全員寮に帰ってからアリアはジェンヌを捕まえて王子について聞いた。
「結局あの王子何しに来たの? 授業真面目に聞く気もなかったし」
「うーんと、真面目に聞く気がないわけじゃないけど、もう諦めてるんだと思う」
「諦めてるって、何を?」
「あんたそんなことも知らないの」
アリアの問いに答えたのは、ジェンヌではなくリリーであった。
「あんたに聞いてないんだけど」
「いいから来なさいよ」
不満そうなアリアをジェンヌがなんとか促し、リリーの後を追う。
着いた先は寮の食堂であった。そして、リリーは食堂の壁に掛けられた大きな絵の前に立つ。
「さすがのあんたでもこの絵がなんなのか知っているでしょ?」
その絵には首から上は牛、首から下は人間という化け物と戦う男が描かれていた。
この絵の名前は『大賢者ホローカスの聖戦』である。
ホローカスとはおよそ100年前の人物で、フローネ王国初代国王である。ホローカスと戦っているのは牛鬼と呼ばれる頭が牛、体が人間の男の愚魔である。牛鬼はフローネ王国の前にあった国を滅ぼしたと言われている。正確には、当時の国の王族を全て殺したと言われている。
牛鬼が王族だけではなく全ての人間を殺そうとしたところに現れたのがホローカスである。ホローカスは男でありながら聖なる力を使えたと言われる。その聖なる力を駆使してホローカスは牛鬼を討伐し、途絶えた王族の代わりに王となったとされている。
この絵は寮だけではない、聖女学院、アリアの育った孤児院、色んな場所に飾られている。街の灯中央広場にはホローカスの銅像まで建てられている。
「あんた、どこまで私を馬鹿にすれば気がすむの? 知ってるわよ、ホローカスの絵くらい」
アリアは気に喰わなさそうな顔で言う。しかし、リリーの顔はアリア以上に気に喰わなさそうであった。
「わかってるのはそれだけ?」
「はあ?」
リリーの言ってる意味が理解できないアリアはそう答えるしかなかった。
「アリアちゃん、大賢者待望論のことは知っている」
アリアは首を傾げた。
「やっぱりなにもわかってないんじゃない」
リリーの言葉にアリアは特に反論しなかった。己の無知を受け入れたからだ。
「大賢者、それは男でありながら、聖なる魔法を使える特別な存在。そしてその力は圧倒的だったと言われてるわ。そして、次に大賢者が現れた時、この愚魔に脅かされた世界を終わらせるとも言われてる。そして、その大賢者になりうる可能性があるものはホローカスの子孫、つまりは王族、そして今はフランク王子が大賢者になると期待されている。……いや、期待されていた、というのが正しいわ」
「どういうことよ?」
リリーは答えなかった。代わりにジェンヌが答える。
「代々、王子は常に大賢者になることを期待されるの。それがこの国の王子の宿命。でもフランク王子は幼い頃には大賢者にはなれない、フランク王子の周囲の人間がそう悟ってしまったのよ」
「なにそれ、要するに、フランク王子はその大賢者になるのを諦めて、授業も適当に受けてる王子ってことでしょ?」
リリーは怒り任せて、壁を殴った。
「才能のあるあんたにはわからないでしょうね!? 期待されながら、力及ばなかった人間の気持ちが」
リリーの普段とは違う、本気の怒りにアリアは黙るしかなかった。
「フランク王子は、私たちが入学した以前から聖なる力の特訓を受け、私たちと一緒に授業を受けてきたの。それでも、フランク王子に聖なる力が宿る兆しは一切なかったの」
「それじゃあ、結局、今日、あの王子は何しに来たのよ?」
リリーはチッと舌打ちをした。
「あんたを見に来たのよ」
「はあ?」
アリアのその声は腹の奥底から出た。
「アリアちゃん、今フランク王子は妃を見極めに来ているのよ」
「はあ?」
アリアの、はあ? により強い気持ちが込められた。
「大賢者を生むために歴代の王子たちは、20歳になった時、その時の最も優秀な聖女を妃に迎えて来たわ。そして、いま17歳のフランク王子も結婚する3年後を見据えてここに来てるのよ……」
「えっ? ちょっと待って。それってつまり……」
アリアは戸惑った。
「アリアちゃんが自身の嫁にふさわしいか、見に来てるってことだね」
ジェンヌの言葉にアリアの顔は真っ蒼になった。
「あのそれって断ることは……?」
アリアのフランク王子の第一印象はかなり悪かった。
「あんた、王子の求婚を断る気」
当然の意見であった。
「いや、でも、なんで私……?」
リリーは怒り混じりのため息を吐いた。
「あんた、ここまでの話を聞いてた? 別にフランク王子があんたに惚れたとかじゃないわよ。求められているのは大賢者になる子。そのためあんたが必要ってだけよ」
「なんだろう、ますます嫌な言い方」
アリアは苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
「フランク王子はもう次の世代に託してるの。次こそは大賢者が誕生するように。だからフランク王子はもう勉強のために来てるんじゃなくて、将来の王妃候補と仲良くなるために来てる状態なの」
アリアは絶句した。
「それとね、リリーちゃんがこんなにも怒ってるのは、先月まではフランク王子が隣に座っていたのはリリーちゃんだったの。だからこんなにも怒ってるの」
ジェンヌは少し小声にして言う。アリアは授業開始時のどよめきを理解した。
「あの、リリー、……あれ、別にいらないんで、あげます」
リリーは顔を真っ赤にした。
「あんた、何様のつもり? フランク王子をあれ呼ばわりとか信じられない!! そんな気遣い無用よ、必ずあなた以上の聖女になるわ、そしてフランク王子を必ず私の物にするわ!!」
そう堂々と自身の思いを告げてリリーは食堂を出ようとしたが、立ち止まった。背を向けたままリリーは言う。
「アリア、あんた決して手を抜くんじゃないわよ……」
そう言い残してリリーは食堂をあとにした。
「あげるって言ってるのに……」
テンションの違いに戸惑いながらアリアは呟いた。その隣でジェンヌは困った顔をしていた。
「うーんとね、きっとそういう問題じゃないんだよ。リリーちゃんは王子様の妃になる気満々だったと思うの。でも、それは自分がもっとも優秀な聖女だから、その自負があったからこそだと思うの。でも、アリアちゃんが現れて状況が変わったの。つまりはこれからアリアちゃんより聖女として優秀なことを証明して、フランク王子を自分の物にするっていう宣戦布告だと思う」
アリアはため息を吐く。
「私、別にどっちもいらないんだけど」
そう零すアリアをジェンヌはくすっと笑った。
「アリアちゃんにとってはそうかもしれないけど、リリーちゃんにとって、それに全ての聖女にとって、一番の聖女になること、そしてフランク王子の妃になること、どっちも大事なんだよ。それはわかってあげて」
ジェンヌの言葉にアリアは少し反省した。
「わかったわよ。あとであいつにもそれとなく謝っとくわよ」
またジェンヌはクスリと笑った。アリアは思う。本当に笑顔が似合う娘だと。
その後、アリアは本当にそれとなくリリーに謝罪した。結果、二人の中は余計にこじれたように見えた。しかし、同級生は二人はなんだかんだで仲がよいと評するものが多かった。
そして2年の月日が流れた。




