冷酷な笑み
姉と竜王陛下の結婚式まで、あと一日。
私は明日の早朝、この国を出る。……そう思うと、未知への期待で心が踊った。
そんなはやる気持ちを気取らせないように、静かに本のページを捲る。
「…………」
でも、物語の内容は一向に頭に入ってこない。
一定のリズムでページを捲る音だけが、部屋に響いた。
「……妹様」
ダヴィの声に顔を上げる。
明らかに上擦っている声に嫌な予感がした。
「竜王陛下がお見えです」
竜王陛下が姉ではなく、私の元に? ……なぜだろう。
「……そう。私は今、体調が悪いとお伝えしてくれる?」
思い出すのは、あの黄金色の瞳だ。
怖い、逃げたい。それだけしか、頭に浮かばない。
「妹様!」
「陛下はまもなく大事な日を迎えられるでしょう? うつしてしまったら大変だわ」
スカーレット様が悲しむわ、と付け加える。
姉たちの結婚式は、この国で一番祝福されるべき日だ。
「かしこまりました」
ダヴィは姉の名前に納得した様に頷いた。
取次の使用人に伝えに行くのだろう、その後ろ姿をぼんやりと眺める。
「…………」
今まであの美しく恐ろしい人は、私という存在を気にも留めなかった。
まあ、運命の前では誰しもそんなものなのかもしれない。
でもそれなら、なぜ急に訪ねてきたんだろう。
体当たりをしたことを咎めに?
それなら、すぐにやってきそうな気もする。
姉と後ろ姿を間違えてしまったことを封じるため?
それもすぐに言わないと意味がないだろう。
真意はわからないが、前向きな理由ではなさそうということはわかる。
ダヴィにむけていた視線を、再び手元の本に移した。あらすじだけ見ると、卑屈な主人公が様々な人物と出会い、やがて周囲を引っ張る明るい性格に変わっていく、という内容のようだ。
その細かい内容は一切頭に入ってこなかったけど、そんな風に私も隣国で変われたらいい、と思う。
もちろん変わるには努力も必要だと知っている。だから、ただ環境を変えるだけじゃなくて、私自身も自分を磨かなければならない。
そう思いながら、手元の本を閉じた。
「……?」
ダヴィが一向に帰って来ない。それどころか、部屋の入り口の方で、なにやら言い争う声が聞こえた。
「ダヴィ、大丈夫?」
ソファから立ち上がり、部屋の入り口の方へ向かう。取次の使用人と揉めているのだろうか?
「ーー体調不良と聞いていたが、元気そうだね」
怒気を孕んでいてもなお美しい声で、声の主は微笑んだ。
「ーー!」
その笑みは指先から冷たく底冷えする様な、冷酷な笑みだった。
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