黄金色の瞳
その溶けるような甘い声を知っている。
蜂蜜に大量の砂糖をまぶしたような甘い声の向けられる先は、過去も今もこの先も姉だけだ。
それを羨ましいとは思わない。
だから――早く、立ち去らないと。
「なにをそんなに急いでいるんだ?」
穏やかで美しいその声を振り切るように、足を動かす。
「待ってくれ、私の可愛いスカーレット」
「……っ」
腕を掴まれ、足早に動いていた体がバランスを崩して、倒れこみそうになる。
「スカー……」
その体を支えてくれたのは、美しく恐ろしい――竜王陛下だ。
その黄金色の瞳に映っているのは、あの雪の日以来だ。
太陽の如き輝きを放つ瞳は驚いたように、大きく見開かれていた。
番たる姉と間違え、名無しの私に触れてしまったことに衝撃を覚えているのかもしれない。
「……助けてくださり、ありがとうございました」
「――……」
美しく恐ろしい人は、何も答えない。
食い入るように私を見つめ、微動だにしなかった。
「……御前を失礼いたします」
そう言いながら、支えてくれた体をさりげなく押し返す。でも、見た目以上に筋肉があるのか、びくともしない。
……はやく、早く。早く離れないと。
私の中で焦燥感が生まれる。
それは、姉にみられて勘違いされてはいけない、というものよりは、もっと根源的な――心の叫びだった。
「――……きみは、」
目の前のひとが何かを言いかける。そのとき――。
「きゃー、スカーレット様よ!」
遠くの窓から歓声が上がった。
……いずれにせよ、この場面を見られるのはよろしくないわ。
体当たりをするような形で目の前の人物を押し返し、走り出す。
「!」
「ま――……」
待つ理由も義務もない。
美しく香しい花の香りにむせ返りそうになりながら、全速力で逃げ出した。
◇
「はぁっ……はぁっ」
自室に戻り、扉が閉まっていることを確認してへたりこむ。
「…………こわかった」
姉は、どうしてあの瞳に映ることに耐えられるのだろう。
美しくても、まるですべてを暴かれて奪いつくされてしまうような、恐ろしい瞳に。
「……番、だからかしら」
でも、特に他の人たちからもあの目が怖いと聞いたことはない。黄金色で綺麗、素敵、とは聞いても怖い、と聞いたことはただの一度も。
それならばおかしいのは、異常なのは私だけ。
そもそも姉とあの人のことを素直に信望できない時点で、実は私がどこかおかしいのかもしれない。
自分の名前が呼ばれないことなんて、本当は些細なことなのかも――。
でも――……、それでも、私は。
――誰か、誰でもいいから。私を愛して、この手を握って。その名前を呼んで。
そんな子供のような願いを捨てきれない。
そして、それはこの国にいる以上、叶うことはないのだ。
「――……」
深く息を吐いて立ち上がる。
姉からもらった手順書によると、私の出立は姉の結婚式の真っ最中だ。
その結婚式まであと二日。
この国で最も祝福される結婚式に、出席もせず、逃げ出すのだ。
姉が説明すると言ってくれたとはいえ、万一、決行前にばれたら、今以上に針の筵になるだろう。
だから、誰にも気取られないようにしないと。
黄金色の瞳の記憶から逃れるために目を閉じないようにしながら、私は強く手を握りしめた。
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