不毛なこと
姉と竜王陛下の結婚式まで、あと2日。
ーー王城中が色めき立っている。
そんな中、私はひとり荷物を整理していた。
身の回りのものを姉は運んでくれると言ってたけれど、まとめておかないと何が必要かわからないだろう。
それに、自分で持っていけるものはなるべく持っていった方が、隣国でもすぐに馴染めるだろうと考えてのことだった。
「……これは必要。これは、大丈夫。……これ、は」
荷物を分けていた手が止まる。
目の前にあるのは、古びたくまのぬいぐるみだ。
青い布のくまは、貧乏男爵家だった頃に母が作ってくれたものだ。姉もまだ持っているなら、赤色を持っている。
何度も何度も抱きしめたぬいぐるみは、私にとってはかつての家族の象徴だった。
ギリギリ貴族なだけで全然豊かな暮らしなんてできなかった。それでも、温かな幸せがたくさんそこにはあったのだ。
きっともう両親も姉も、そんな過去のことを思い出したりはしないだろうけれど。
「……持っていこう」
このぬいぐるみは、後からではなく、自分で持っていこう。
私にとっては、必要なものだから。
自分で持っていく鞄は、移動距離も考えて小さめなものだ。そんな中にぬいぐるみを入れたら、すぐにいっぱいになった。
……他は運んでもらえるとのことだし、選別していたら大丈夫よね。
それでもなるべく、迷惑をかけない様に最小限にすることを心がけながら、荷物を整理し、息を吐く。
「ダヴィには、言えないわね」
ダヴィは、熱心な姉の信奉者だ。それこそ、姉の結婚式の日に出立することを伝えれば、晴れの日になんてことを! と憤るだろう。
……無事に着いたら、ちゃんと手紙を書こう。
姉と両親とそれからダヴィに。
直接感謝や別れを言葉にするには、感情がまとまる気がしない。それでもきっと手紙なら、少しはまともに伝えられる気がするから。
そう考えながら、ふっと窓の外を見る。
止まり木で羽を休めていた小鳥たちが、大空に向かって飛び立った。
小さい体でどこまでも羽ばたいていくその姿は、力強い。
「私も……」
私もあんな風になれるだろうか。
この国から飛び出して、今度こそ私という個の人生を歩めるだろうか。
……なんて、それはきっとこれからの私次第だわ。
小鳥たちの姿を目に焼き付けていると、軽やかなノックと共にダヴィが入ってきた。
「妹様?」
「ああ、……なんでもないのよ」
小さな鞄を部屋の隅に追いやりながら、微笑んで見せる。
「そうですか? ……ところで、妹様」
ダヴィはきらきらとした瞳で私を見つめている。ダヴィがこの目をするときの要因は、いつも同じ。それはーー番である姉に関わること。
「中庭を散策するご予定はありませんか?」
……なるほど。
姉は今日、中庭で散策をするのね。
「……残念だけれどーー」
「妹様はもっと城内を散策したほうが良いと思います!」
ずい、と私に顔を近づけながら力強く宣言される。
「図書室に行く以外、めったに外にも出られないじゃないですか」
それはーーそうだ。
外に出たら、嫌でも私が脇役で名前も呼ばれない存在であることを認識させられる。
「もったいないですよ。せっかく、王城にいるのに」
姉は今日中庭にいて、もしかしたら、美しく恐ろしいあのーー竜王陛下もいるのかもしれない。というか、ダヴィが言う時点でいる確率がほとんどだ。
……でも、ダヴィの言うことも最もかもしれない。
どうせ、私は明後日にはこの城を出るのだ。
せっかく城で暮らす機会をもらったのだから、最後に見て回るのも悪くはないのかも。
「……わかったわ」
「ありがとうございます!! 極秘情報によると、3時からが運勢がいいので、3時からでもいいですか?」
……3時から姉たちが来るのね。
「わかったわ」
私が頷くと、途端に顔を輝かせて、ダヴィは喜んだ。
どこまでも姉を敬愛するその姿が少しだけ羨ましい。
……私もそんな感情だけだったなら、今の立場を楽しめたのに。
ーーなんて不毛なことを考えながら、「本日のスカーレット様」について熱く語るダヴィの話を聞いているうちにあっという間に3時になった。
いつもお読みくださり、誠にありがとうございます!
もしよろしければ、ブックマークや☆評価をいただけますと、今後の励みになります!!




