覚悟
「アオリ嬢、あなたのことをまた一つ知った」
柔らかく微笑んで、ルカニア様が私の手を取った。
「ありがとう。……アオリ嬢、あなたの決意を、その眩さを、曇らせることのない俺であり続ける。だから、隣にいてくれるだろうか?」
ーー私もまた一つ、ルカニア様のことを知った。
ルカニア様の言葉は断定が多い。
たとえば、今だとあり続けたいでもいいはずだ。でも、そうしないのはきっと、覚悟があるからだ。自分の言葉に、決して背かないというその覚悟。
そして、その覚悟を問われるのはルカニア様だけではない。
ルカニア様の隣にこれから並び立つ私自身にも、その覚悟は問われるのだ。
だって、言葉の重みを理解している人の隣に、軽々しい言葉を使う人がいたら周囲は混乱するだろう。
ーーそれだけの覚悟が、私にあるのか。
誰でもいいから、愛して欲しかった。手を握って、私の名前を呼んで、私という輪郭を思い出させて欲しかった。
そして、今。
目の前にいる人を見つめ返す。
私の名を呼び、手を握ってくれるルカニア様。私たちはお互いを知らないまま、婚約者になることになった。
まだ互いを深く知らない私たちの間には、楔となる恋も愛もない。
だから、きっと、尻尾を巻いて逃げ出すなら今なのだろう。
ここが最後の分岐点だ。
もう一度だけ、自分に問いかける。
ーー覚悟が、あるのか。
「ーーはい」
握られた手を握り返す。
愛してくれるなら誰でもよかった、それが私の始まりだ。でも今はーーこの胸に灯った火をつけてくれたあなたを知りたい、支えたいとそう思うのだ。
「……ありがとう」
ルカニア様が優しく微笑む。
その微笑みをこの目に焼き付けた。
ーーきっとその微笑みこそが、これからの私の道標となるから。
「ーー……」
ここから見える美しく雄大な景色を、ルカニア様と眺める。
どこまでも広がる空には、雲ひとつない。
この場所では、結婚式を祝うために祖国で打ち上げられているのだろう花火の音も消こえない。
ただ、私が大切にしたい人の声と、その人のぬくもり、そして、美しく雄大な景色に意識を向ける。
この国で、この場所で、この人の隣で私は生きていく。
ーー私が望む、在り方をするために。
「ーー……」
一瞬だけ、脇腹が疼いた。
「?」
思わず視線を下に落とす。服の下にあるのは、ただのあざだ。傷跡じゃない。……それなのに、なぜ?
「……アオリ嬢?」
「いえ、気のせいだったようです」
「そうか?」
心配そうに眉を寄せたルカニア様に微笑む。
「はい」
「風に当たりすぎたか? ……名残惜しいが、風邪を引くといけない。そろそろ城内に戻ろうか」
そうだ、些細な痛みに気を取られている場合ではない。
これからの私がすべきことはたくさんあるのだから。
「ええ、ルカニア様」
ルカニア様にエスコートされて、城内に戻る。
「……?」
なぜだか扉の閉まる音が、やけに大きく聞こえた。
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