温かさと
ーー隣国であるリーフデ国で過ごす初めての朝。
カーテンを開けて、差し込む太陽の光に目を細める。窓も僅かに開けると、心地の良い風が吹き込んだ。
なんだかいいことが起こりそうな予感がするほど、清々しい朝だ。
「おはようございます、アオリ様」
振り向くと、イーズが微笑んでいた。
そうだ、私はもう名無しの脇役ではない。名前を呼んでくれる人たちの元に来たんだ。
そのことを意識して、じんわりと胸が温かくなりながら、微笑み返す。
「イーズ、おはようございます」
「はい。……お支度をお手伝いさせていただきますね。ーーそういえば」
どうしたんだろう?
イーズは躊躇いがちに私を見つめる。
「昨日も思ったのですが……アオリ様、私はあなたさまの侍女です。お差し支えなければ、砕けた口調で話されませんか?」
「ですが……イーズはリーフデの高位貴族ですよね?」
私の生家であるウィルソン家は、姉のおかげで高位貴族に取り立てられたものの、元々は男爵家だ。そして、おそらくウィルソンからも除籍された今、私の肩書きは、守り手だけ。でも、まだシュバルツの守り手としての仕事も始まってない今、どういう立ち位置でいればいいのかわからなかった。
「よくお分かりになられましたね」
「はい。所作が洗練されていたので……」
私の言葉に、イーズはまあ、と手を組んだ。
「素晴らしい観察眼ですね。……ですがご遠慮は不要です。アオリ様は、ルカニア殿下の婚約者ともなられるお方ですから」
ルカニア様の婚約者、という言葉に背筋を正す。私の態度や所作で王太子であるルカニア様が侮られるようなことがないようにしないと。
「わかり……わかったわ」
私が頷くと、イーズはふんわりと微笑んだ。
「はい。……昨夜の疲れはとれましたか?」
「イーズのハーブティーのおかげで、ぐっすり眠れたわ。ありがとう」
「それはよかったです」
朝の支度を手伝ってもらいながら、ふっと鏡を見る。
「……わぁ!」
イーズが結ってくれた髪は、丁寧に編み込まれ、青のリボンで纏められている。
「いかがですか? 青はアオリ様の瞳の色でもありますし、お似合いになると思って、こちらのリボンにしてみたのですが……」
「とっても素敵だわ……ありがとう、イーズ」
誰かと比較されることもなく、ただ、私を見て、選んでくれたリボン。
思わず手触りの良い青のリボンに触れる。まるで、春の木漏れ日のような温かさが胸いっぱいに広がった。
その温かさに表情を緩ませていると、イーズが鏡越しに微笑んだ。
「……アオリ様」
「どうしたの?」
「明日の髪型も、気合いを入れて結わせていただきますからね」
そうだ、私は今日も明日も……この国で生きていく。それなら、これから何度もイーズに結ってもらう機会があるだろう。
「……ありがとう、明日も楽しみだわ」
一つ、明日が楽しみな理由ができた。
それは、とてもーー幸せなことだ。
「はい、お任せください」
イーズの得意げな顔に小さく笑う。
穏やかな風が部屋の中を吹き抜けていった。
◇
朝の支度を終えたあと。
「ところで、イーズ。今日の私は何をすれば良いのかしら?」
シュバルツの守り手としての仕事やルカニア様の婚約者としての役割や教育など、するべきことはたくさんあるのではないだろうか。
「ルカニア様から、あと1時間ほどで迎えに来られるとの言付けを預かっておりますよ」
どうやら、私が想定よりも早く起きすぎたらしく、時間ができたみたいだ。
「わかったわ」
でも、その間、何をしようかな。
前は暇さえあれば、読書をしていたけれどーー。
「アオリ様は、新聞などは読まれますか?」
「ええ、好きよ」
それなら、お持ちしますね、とすぐにイーズが持ってきてくれた。
その新聞に目を通しているとーー、ある記事で目が止まる。
「ーーあ」
ーー隣国チェムターで結婚式が行われる予定で、その様子は全国民に魔法で配信されるとのこと。
そうか、今日は姉の結婚式だった。
私が祖国を追い出されたのは、昨日ーーちょうど式の前日だった。でも、色んなことが起こりすぎて、正直忘れていた。
ひょんな形でリーフデにくることになったけれど……姉の用意してくれた手筈だと今頃馬車にのっていたはずだ。
姉は、リーフデのガリアンという場所に、私の戸籍と住まいを用意してくれていた。
「ねえ、イーズ」
私はこの国では戸籍はない。もしかしたら、その戸籍を使えば、ルカニア様たちに迷惑をかけずにすむかも。
「いかがなさいました?」
「この国のガリアンという場所をしってる?」
私の言葉に、イーズは意外そうに瞬きをした。
「はい、それはもちろんーー。しかし、なぜ、共同墓地の場所を?」
「ーーえ」
共同墓地?
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