暖炉のような
「あの、ロープって……?」
「アオリ様、私の生家は占いを生業とする家系でして、そのためか、人の縁のような物が見えるのです」
人の縁が見えるなんて、すごい能力だ。
「その縁がロープに見えるんですか?」
「いえ、通常は糸に近い姿に見えます」
たとえばとイーズは、私の手とイーズの手を近づけた。
「私とアオリ様は、緑の糸でつながって見えます。緑は大体、敬愛だったり、親愛関係を築きやすい相手と結ばれています」
「そうなんですね……」
イーズの手と私の手の間を凝視する。けれど、その間には何も見えなかった。
残念ながら、私には不思議な力はなさそうだ。
「そして、もちろん、ルカニア殿下とアオリ様も赤い糸で繋がっております。赤は……恋や愛を育みやすい相手ですね」
「そ、そうなんですね……」
ルカニア様から視線を逸らす。帝獣の守り手になる以上、ルカニア様の婚約者ともなるのだから、恋や愛を育めるに越したことはないのだけれども。改めてそう言われると、少し気恥ずかしい。
「はい。……そして――」
イーズがすっと視線を細めた。
その目には、私が見えない何かを探っているように見える。
「先ほどまでアオリ様には、その他にとても太い糸……ロープに近い太さのものが巻き付いているように見えていました」
「もしかして、太さと縁の深さは関係があるのですか?」
私の問いに、イーズは首を振った。
「こんなに太い縁の筋を見たことがないので、一概にあるともないとは言えません。ですが……アオリ様の全身に巻き付いているように見えたので、あまり良い縁ではなさそうです」
ロープの縁、それは誰に繋がっていたんだろう。
「それに、複雑に絡み合っていたので、側から見ていて、本当に苦しそうで……」
私にはそんな太い縁も目に見えないけれど。
でも、確かに言われてみれば体が軽くなったような?
「アオリ嬢、体調はどうだろうか?」
「今はかなり軽いです。お気遣いいただきありがとうございます」
微笑むと、ルカニア様も安心したように頷いてくれた。
「よかった。あなたが倒れたと聞いた時は、本当に気が気じゃなかったから」
……倒れた?
そういえば、私はどうして、ベッドの上にいるんだろう。
こうなった経緯の記憶が曖昧だ。
「あの、イーズ。私はどうして、倒れたんでしょうか……?」
「覚えていらっしゃらないのですね」
「はい。イーズを紹介してもらって、ルカニア様たちと別れたところまでは覚えています」
ルカニア様とシュバルツの後ろ姿を見送って、それで――、それでどうしたんだっけ?
「アオリ様、申し訳ございません」
イーズは深く頭を下げた。
「イーズ?」
「アオリ様がお倒れになった原因は、私にあります。心的外傷……トラウマに触れてしまったようで」
トラウマ?
イーズの言葉に、記憶を辿る。でも、頭に靄がかかって全く思い出せない。イーズのどんな行動しに対して反応したのかも、そもそも私のトラウマがなんなのかも思い出せない。
「イーズ、頭を上げてください。もう覚えてもないですし、案外大したことじゃなかったのかも」
それに、イーズだって私を害そうとしたわけではないのだろうし。
頭を上げたイーズに微笑む。
「それよりも、倒れた私を介抱してくれたんですよね。ありがとうございます」
「いいえ、私は当然のことをしただけです」
首を横に振ったイーズにもう一度ありがとう、と微笑んだ。
「――ところで、アオリ嬢」
ルカニア様が青銀の瞳でまっすぐに私を見つめている。
「はい」
「その縁に心当たりはあるだろうか?」
私をがんじがらめにするような、太いロープのような縁。
ふっと考えてみたけれど、何も思い浮かばなかった。祖国であるチェムターでは透明人間のような日々だったし。
「いいえ」
首を小さく横に振る。
「そうか。……イーズ、悪縁の大部分は切れたんだな?」
「はい。なぜかはわかりませんが……」
「よかった。それならば式を急ぐ必要はないな」
イーズの返答に頷くと、ルカニア様は再び私に向き直った。
「――アオリ嬢」
青銀の瞳は、包み込むような穏やかさで私を見つめている。
「さっきも言ったが、俺はあなたを大切にする」
大切にしたい、ではなく、大切にする。
容易に口にできる言葉じゃない。でも、軽薄な感情でそう言っているわけではないことは、その目でわかる。
「あなたに影を落とす何かがあるのなら、そんなあなたごと抱える。だから……」
手を握られる。温かいその温度は、じんわりと指先から私の中に染み込んでいく。
「お互いをゆっくり知っていこう。何が好きなのか、苦手なのか、得意なことや、不得手なことも。一つ一つ、知らないのを減らして知っているのを増やして……そうやって、関係を育んでいけたらと思うんだ」
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