葬る
ーー私を呼ぶ、声が聞こえた。
「アオリ嬢……!」
聞きなれない声だ。
「アオリ嬢!!」
耳鳴りも、か細い呼吸音も聞こえない。
その代わりに、どこまでも真摯に私を求める声だけが聞こえた。
暗闇に差し込んだ一筋の光のように、声は私に真っ直ぐに降り注ぐ。
「どうか……目を覚ましてくれ……アオリ嬢!」
それでも、脇腹はまだ痛む。じくじくとした痛みに顔を顰めた。この痛みを忘れてしまいたい。
きっとこの声に意識を引き上げられれば、忘れる事ができるだろう。なぜだかそう、胸の中に確信がある。
……でも、忘れてもいいのだろうか?
痛い、怖い、逃げたいーー。
そればかりが埋め尽くしていた暗い脳内に光が差し込んだことによって、疑問が生まれる。
私は、この痛みを忘れてもいいのだろうか?
なぜ、この痛みを感じることになったのか、忘れていた姉の言葉も、その全てを忘れて……本当にいいの?
痛みを感じる瞬間、覚えたのは驚愕と、絶望と、そして、失望だった。
ーーなぜ、私を裏切った?
心の中で先ほど聞いた声がする。
恐ろしいだけだと思っていた声は、微かに悲哀と怒りが滲んでいた。
でも、その言葉に対する答えは私の中にすでにある。違う、私はそんなことをしていない。裏切ってなどいないのだ。
痛みに対する驚愕。
何一つ言葉にならない絶望。
信じてもらえないことに対する失望。
そのどれもが混ざり合った感情が胸に渦巻く。
それは、どこか怒りにも似ていた。
初めて知る強い感情。こんな激情が私にもあったなんて、驚きだ。このまま感情に身を任せてしまえば、きっと強い原動力にはなるだろう。
いっそ、このまま私の全てを薪に焚べてしまえばーー。
「アオリ嬢!」
……あ。
差し込んだ光は、真っ直ぐに私を差す。
違う。ーーそうだ、私は違う。
私は、そうはなりたくない。
私が本当になりたいのは、私が在りたい生き方はーー。
「……優しく、なりたい」
そうだ。善意を差し伸べられる人になりたいと、そう思ったのだ。だからーー。
「ごめんね、……いらないや」
渦巻く感情を、痛みと共に蓋をする。そして、暗い闇の中に葬り去った。
「アオリ嬢……アオリ嬢」
声を頼りに意識を底から浮上させる。
私がいるべき場所は、この淀んだ底ではない。
私をずっと読んでくれる誰か、私を私として認めてくれる人のところだ。
「……アオリ嬢」
意識が夢と現の境界にいる間も、私を呼ぶ声は止まない。
ずっと、私を待ってくれている。そう理解してからは早かった。
意識が完全に浮上する。真っ先に飛び込んだのは、青銀の瞳だ。
「アオリ嬢……」
美しいその瞳は、私を映している。純粋な心配だけがそこにはあった。
この瞳の持ち主の人の名前は、
「……ルカニア、様」
名前を呼ぶ。言葉を発したおかげで、思考が一気に鮮明になった。
「よかった……!」
ぎゅっと手を握られーー、手が温かいことに気づく。もしかして、長い間握ってくれたのだろうか?
それは……ちょっと、かなり恥ずかしい。
でも、照れるよりも前に状況を確認しないと。
「私は……」
何をしていたんだろう。
そもそも、なんでこんなにルカニア様が心配そうな顔を?
「ああ、アオリ様、お気づきになったのですね!」
緑の瞳の女性ーーイーズも近寄る。
イーズは私の目を見て、ほっとした顔をした。
「ロープの大部分は、切れたようですね」
……ロープ?
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