私の全て(レナード視点)
観衆の歓声も、讃美歌も、まるで聞こえない。
目の前が怒りで真っ赤になる。
ーーだが、そんなことより。
そう、どうでもいい相手への怒りの発露よりも、私にはしなければならないことがある。
「はやく、行かなければーー……」
かわいそうに。
今も魔の森で怯えているだろう、私の番。
神の国で見初めたたった一人。
私が愛すべき、守るべき、唯一の人。
竜王とは、その本性はすなわち竜。
だから、私には翼が……、翼、が……。
「……?」
おかしい。
翼が生えない。それどころか体の全てが、ただの人のように何も変化が起こらない。起こせない。
呆然と人の形を保った手を見つめる。
「……かわいそう」
そんな私を憐れむような声が聞こえた。
「神秘を全て使い尽くしてしまえば、ただ人なのね」
神秘を全て使い尽くす?
そんなことをした覚えがない。
それに、こんな女の言葉に耳を傾けている場合でもない。
なぜだ、なぜ翼が出ない?
早く、番を救い出さなければならないのにーー。
焦れる心とは裏腹に、何をやっても私の姿は変わらない。
私の番、怯えた瞳でいいからもう一度私を映して欲しい。
今度こそ、君を愛させて欲しい。
二度と傷つけない。
溶けるほどに愛するから。
そのためには、早く迎えに行かなければならないのに……どうして。
「たとえば、初めて見たはずの景色に感じた既視感」
目の前の女は歌う様に語りかけてくる。
「たとえば、初めて会うのにまるで見覚えがある人々」
ねぇ、と囁き、女は続ける。
「そんな体験、ありませんでしたか?」
覚えのある体験に、耳を傾けたくなる。
だが、耳を傾けるべきではない。この女は、私の番を騙り、そのせいで番は傷つけられてしまったのだ。
その原因たる女の言葉は、聞いてはならない。
きっと、また惑わすことが目的だろう。
「ーー……」
何度やっても、私の手は人のまま。……それならば。
「レナード陛下!」
観衆のざわめきも、女の驚愕も、聞こえない。
いや、聞こえてはいるのだろう。それでも、そのすべては関係がなかった。
「陛下!」
慌てふためく重鎮たちも、私を止める騎士たちも、すべてを振り切って駆け続ける。
王家の馬を飼育する厩舎まで行き、手近な馬に飛び乗った。
早く、早く、一刻、一秒でも早く、救い出さなければ。
私が微笑まず蔑ろにしたから、私に微笑まない私の番。
たとえ、君が私を嫌っていようと。愛することはないのだとしても。
それでも、必ず、見つけ出して迎えに行く。
それこそが、私の生まれた意味で、目的で、すべてなのだから。
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