赤葉羽シキの事故物件探訪
謎の黒い影はシーツを被った人みたいな形をしてそこら中にいる。
廊下の奥、扉の向こう、シキのすぐ隣……。
というか、僕の肩越しに覗き込まれてた。
って、驚いていたらシキの六角棒がそいつを突いて吹き飛ばした。
「よし、見えてんな」
声に出して反応はしてないと思うんだけど……目の動きとかで察知された?
「じゃあ、やろうぜ!」
そう言うと、シキは鉄棒を……さすがに屋内では振り回せないようで突いている。
「ああ、うっぜ!」
と叫んだかと思うと、鉄棒がお札に戻り代わりにメリケンサックが現れた。
「まぁ、こっちがまだマシか」
ボクシングのジャブみたいなのを繰り出して黒い人影が消していく。
一発で消えるんだけど、奥からさらに追加されている。
どういう状況なんだろう?
「おい、お前はやんないのか?」
「ええ〜」
ぶっ飛ばそうぜとか言ってたけど、やっぱり僕もやる前提なのか。
「やろうぜ! スッキリするぞ」
「ん〜」
まぁたしかに学校でのことは鬱憤が溜まっているけどね。
嫉妬って怖い。
考えていると人影が近づいてきたので、拳を当ててみた。
軽く。
裏拳っぽい感じで。
パンって破裂して消えた。
枕を叩いたぐらいの感触だった。
「ふむ」
一回やるとなんとなく罪悪感的なものが薄くなった。
もう一回、さらに一回、追加で一回……。
黒い人影を殴って消すと、奥から新しい人影が常に追加されていく。
なんだろう……この、単調なベルトスクロールアクション的ななにかは?
「おい、あの変な格好にはならないのか?」
「変な格好……」
変身のことだろうけど、あえてそう言われると心にダメージが。
「いや、このままでいいよ」
「まぁ、そこまでのもんでもないしな」
「これって効果はあるのかな?」
殴ったら消えているけど、その奥からすぐに現れている。
なにより、僕たちはいまだ玄関近くで立ち往生の状態なんだけど。
「こういうのは家に染み込んでるのを地道に引っ張り出すしかないからな、これでいいんだよ」
「ふうん」
家に染み込んでいる?
「ということは、これは幽霊とかではない?」
「幽霊? 呪力だな」
「呪力って裏東京に吸い込まれてるんじゃないの?」
「あのなぁ……掃除機そこに置いとくだけで家の汚れを全部吸うか? 空気清浄機でもいいぞ」
「むむ」
シキに呆れた感じで言われてしまった。
でも、そう言われればそうかもしれない。
「物には限度ってものがあるんだよ。それでも東京には平安京みたいに百鬼夜行が出てきたりすることはないだろうが」
「いや、百鬼夜行なんて普通に見たことないけどね」
「は?」
え? なんで? って顔で見られた。
見ながら近づいてくる人影を殴っているんだからすごいんだけど。
「お前って、蛇神に憑かれてるだけで本当に素人なんだな」
「憑かれてるって言い方はどうかな」
人と蛇だから普通の関係ではないとは思うけど、『憑かれてる』だと一方的な関係みたいに聞こえるな。
ちゃんと助けて助けられている……はず。
「僕たちは夫婦だよ」
「はん、まぁなんでもいいけどよ。なんで普通の奴がこんなことに巻き込まれてんだよ」
「それは前にも言ったけど?」
「あん? ああ……姉の欠片な。ふん!」
シキは鋭いストレートパンチを放って、一歩奥に踏み込んだ。
「家族のためな。アタシには理解できないね!」
ムッとはしたけど、シキの背中に苛立ちみたいなのを感じて僕はなにも言わなかった。
「本当に、こいつらはしつこいな」
だけど、一歩奥に進んだ。
そうして僕たちは家の奥に入り込み、最終的には仏間みたいなところに辿り着いた。
仏壇が設置されるべきところは物質的には空白になっていて、代わりに黒い渦のようなものが居座っていた。
僕たちが近づくと、それは胴体が異様に長い犬のようなものに変化する。
「はん、そういうことか」
廊下より広いところに来たからか、シキの手にはまっていたメリケンサックが消えて、六角棒が戻ってきた。
「じゃあくたばれ!」
飛び出してきた長犬に六角棒が振るわれる。
顔面を狙ってきたそれを長犬は器用に避けたけれど、代わりに胴体に食らった。
胴体はぐにゃりと伸びて、顎がカーブするようにシキの首を狙う。
咄嗟に手が出てしまった。
伸ばした右手が長犬の顎を掴む。
その瞬間……。
「え?」
なにか黒いモノが長犬の顔を覆った。
目と口を塞いだそれによって、長犬は目標を見失ってのたうち回る。
「でかした!」
シキが振り上げた六角棒が長犬に振り下ろされる。
その瞬間、その衝撃波が青い光となって仏間全体に、そしてたぶんだけど家全体にまで拡散した。
空気に宿っていた陰鬱な雰囲気が、ただの埃臭さとなる。
「おい、行くぞ」
長犬が消えたところでシキが言う。
そのまま帰るのかと思ったけど違った。
玄関を出て、雑草まみれの庭の中に踏み込んだかと思うと、埋もれるようにあった丸い石を見つけた。
近くに木の板。
なにか書いてあったようだけれど、劣化で黒ずんでいて読めない。
「……もしかして、さっきの犬の墓だったりして?」
あれ、胴体が長かったけどイタチとかじゃなくて犬だったよね?
え?
つまり、この家で死んだ飼い犬の霊とかだった?
「じゃねぇの」
「なんでわかったの?」
「家族に置いて行かれたと思ったんだろ」
それは答えになっているようないないような言い方だった。
シキはそれに手を合わせ、念仏のようなものを唱え出す。
念仏は唱えられないけど、僕も手を合わせることにした。
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