東京堂城家
【戦士】を手に入れた。
体力的な疲労はないんだけど、精神的にはやっぱり疲れるのでアイテムボックスから出た僕は真白に言ってちょっと寝ることにした。
裏東京を出てからずっと動きっぱなしだったこともあるのかもしれない。
シャワーを浴びてからベッドに入るとすぐに寝られた。
チャイムの音で目が覚め、知らない人の金切り声で意識がはっきりした。
「あんたみたいなのに、堂城を名乗って欲しくないのよ!」
みたいなことを叫んでいる。
「それはいいですから、早く頼んだものをください」
対する真白の声は冷たい。
「なっ、なんなのよ、その態度!」
「あなたの言葉を聞く価値はありませんから」
「なんですって!」
「堂城はこちらが本家です。文句があるならそちらが捨てればよろしい。そんなことが本当にできるのでしたら」
「真白?」
冷たい真白の声は、まるで学校での堂城さんのようだ。
やっぱり親子なんだなぁと思いつつ、一人にさせてはおけないので声をかけた。
「旦那様!」
「ごめん、なにか喧嘩してるみたいな感じだったから」
「そんなことはありません、年老いた勘違い女が吠えているだけです」
「なんですって!」
真白の毒舌でドアの前に立っている女がまた金切り声を上げた。
「あなた……私を誰だと……」
「東京堂城家の当主の嫁ですね。事情を本心から理解できていない愚かな外の女だと、さっきから自分で自己紹介していますね」
「キィッ!」
相手は五十代ぐらいの中年女性だ。
高価そうな服を着ているし、お金持ちなのだろう。
堂城家って言ってるし。
「文句があるなら、子供じゃなくて大人に言ったらどうですか? 陰でコソコソ子供に当たり散らすとか、どこの誰がやってもカッコ悪いと思いますよ?」
「子供? あなた、なにを言って……」
あれ?
僕が口を出すと、中年女性はなんか変な顔になった。
ううん?
もしかしてこれって、あの人には真白が別の姿で見えてたりするのかな?
でも、僕が裏賀輪区で見たのは中学生くらいの真白だったんだけどな。
あの姿でも子供だよな。
もしかして、あの中年女性は違う姿が見えていたり……して?
「そこにいる真白は小さな子供ですよ。そんな子相手になにを喚いてるんです?」
「子供って? え? 子供……」
中年女性はさらに動揺して真白を見る。
「いいから、言われたものをよこしなさい」
「ひっ!」
真白に言われると、中年女性は慌てて腕にかけたバッグからなにかを取り出し、それを放り投げて逃げていった。
「なんなの? いや、なにを見せたの?」
「見たいものしか見えていないだけです」
真白は怒った様子で床に落ちた箱を拾った。
「それにしても……これはちゃんとお父さんに連絡して抗議してもらわないとダメですね」
真白はそう言いながら拾った箱を持ってこっちにやって来る。
テーブルの上に置いた箱を開けると、そこには木製の立体パズルがあった。
これは菱形になるタイプだ。
「中身は無事ですね」
「これは?」
「見ての通りの立体パズルなのですけど、ちょっと細工がしてありまして……」
と、パズルを解き崩していく。
見た目は単純そうなんだけど、なんだか変な動きをしながらパーツを外していく。
難しそうと思っていると、中に空洞があってそこから小さな箱が出てきた。
それも真白が開けたけど、中にはなにも入っていない。
「これに義姉上様の遺体を入れるのです。封印状態にして呪詛を吸えないようにしなければ裏東京では持ち運ぶこともできませんから」
「へぇ」
「それにしても、あの女、こんな大事な物を運んできたというのに……」
あっ、まだあの中年女性のことを怒っている。
まぁまぁと宥めながら、そうだと思い出したことを教えることにした。
きっと真白は喜ぶはずだ。
「なんだったの、あの女」
車の中で堂城邑子は呟いた。
堂城家。
世界的に有名な企業の創業者一族。
その当主の妻として、邑子は崇められて暮らしてきた。
数年前に先代が亡くなり、その妻も認知症で施設に入れることができた。
正真正銘、上が存在しない当主の妻。
まさしく我が世の春が来た。
だが、邑子は前々から気に入らないことがあった。
本家堂城家だ。
堂城家独自の胡散臭い宗教を取りまとめる田舎の家。
そんなものに東京の一等地に豪邸を建てているこちらが頭を下げ、その言葉に従わないといけないというのがたまらなく嫌いだった。
そのことを迂闊に口に出せない。
夫でさえも「そんなことを言ってはいけない」と邑子の方を嗜めるぐらいだ。
少し前にも本家からの頼みだと、怪しいところから高額な物を買わされた。
そのことで腹を立てると夫は顔を真っ赤にして妻を責めた。
先代がいなくなって、やっと時代錯誤な胡散臭い宗教から脱却できるかと思ったが、違った。
先代の目を恐れてそう言っているのだと思ったが、夫もまた本気であの宗教を、蛇神などを信じているのだとわかった。
なんて愚かなのだ。
そう思っていたら本家の人間が東京に来ているという。
しかもまた、よくわからないものをこちらに要求し、こちらの家の人間を勝手に使った。
遊びに来ているだけならともかく、こちらの家の人間を勝手に使うことに腹を立てた邑子は文句を言ってやろうと、直接荷物を持ってホテルに乗り込んで行ったのだ。
出てきたのは高校生ぐらいの美しい少女だった。
脱皮直前の蝶のような、完成寸前の怪しいアンバランスな美しさを持つ女のように思えた。
もしかして、これがいまの蛇神の妻だという堂城香澄だろうか?
その美しさに少し気勢を削がれた邑子だったが、相手が無遠慮にこちらを見て「東京の女か」と呟いたことで再び燃え上がった。
それからこれまでに感じていた苛立ちを全てぶつけてやろうと思ったのだが、相手はまるでこちらに動じないどころか、逆に冷静に言い返してくるではないか。
思い通りにならないことにさらに怒りが爆発しそうになっていると、後からやってきた高校生ぐらいの少年……こちらはまだ少年のように見えた……が言った。
『文句があるなら、子供じゃなくて大人に言ったらどうですか? 陰でコソコソ子供に当たり散らすとか、どこの誰がやってもカッコ悪いと思いますよ?』
大人を侮るその言い様にこれ以上ない怒りに襲われそうになったが、ある部分で疑問が浮かんだ。
子供?
『そこにいる真白は小さな子供ですよ。そんな子相手になにを喚いてるんです?』
少年が子供だと言う。
《《小さな子供》》だと言う。
そんなことはないと言おうとして、目の前にいる女を見ようとして……そこにあの女がいなかった。
いたのは同じ面差しの、よくて小学校低学年ぐらいの女の子だった。
怖くなって、邑子は逃げ出してしまった。
「なんなのよ、あれは」
思い出して、指先が震えているのに気付いてその手を隠した。
「奥様、お電話です」
信号で止まったところで、運転手がスマホを後部座席の邑子に渡してきた。
「なに?」
「お取りください」
いきなりのことに驚きながらスマホを受け取る。
邑子も自分のスマホを持っている。
それなのになぜ、運転手のスマホを受け取らないといけないのか。
そもそも、電話なんて掛かって……。
PRrrrrr……。
そう思ったとほぼ同時に、スマホが着信を知らせた。
画面には『本家様』とある。
出たくなかった。
だが、出るしかなかった。
車内の空気には奇妙な緊張感があり、ルームミラーからこちらを見る運転手の視線も厳しかった。
「……はい」
「外からの女だ。一度は許そう」
涼やかな男の声が耳に響いた。
「だが、二度目はない」
男の声は耳に心地よいほどであるはずなのに、背筋が痛くなるほどの緊張感が体を縛っている。
ルームミラーからの視線も続いている。
なにかが座席に置いた手に触れた。
「ひっ!」
見ればそこに蛇がいた。
一匹二匹ではない。
無数の蛇が後部座席いっぱいにいて、邑子の太ももの上にもいた。
床にもいて、足首に巻き付いている。
肩にもいて、いままさに首に巻きつこうとしていた。
「お前たちにやった富に比べて、我らの願いなどささやかなものだろう?」
「は、はい、はい!」
「これからも金持ちの妻としていい思いをしていたいなら、おとなしくしていればいい」
「ひっ、う……」
「《《わかったな》》?」
体は震える以外になにもできず、ルームミラーを見ることをやめられない。
そこに写る運転手の顔が蛇に変化する様を見ることをやめられない。
「は、はい!」
なんとか、喉を振り絞ってそう答えた。
その瞬間、全てが消えた。
後部座席にいた蛇も、ルームミラー越しに目線が合う蛇の顔も。
手に持っていたスマホさえも。
全てが消えて、邑子は後部座席に背中を預ける。
「夢?」
そう呟こうとして、邑子は自分の手を見た。
スマホを握っていたその手に、縄で何重にもキツく縛られていたかのような跡ができている。
それは、蛇のようにも見えた。
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