変異と開眼
千代紙の小箱の中に姉の遺体……の一部がある。
ようやく一つ手に入れた。
そう思いながら塀を飛び越える。
その瞬間……。
「うっ!」
なにか、嫌な予感が手の中に集まってくる。
そこにはあの小箱がある。
「旦那様!」
「真白、これは……」
「《《対策をしていない理由は、これか》》!」
真白の悔しそうな声の意味を聞き返す前に、手の中で爆発が起きた。
いまだ空中だった僕は、手の中で弾けた小箱の行方を追いかけながら着地する。
僕の少し先に小箱の中身が落ちた。
それは赤黒い乾燥した肉片のように見えた。
あれが姉の一部なのだと考えるとゾッとした気持ちになる。
だけれどそんな感想よりも先に確保しなければ……そう思って一歩踏み出した時、肉片が変化を始めた。
内部から押し上げられているかのようにグネグネと動き、それは膨らみ、形を得る。
「シャアァァァァ……」
それは、毛のない猿のように見えなくもない。
落ち窪んだ眼窩には目がなく、何かがグジュグジュ動いている。
そのグジュグジュが、ある瞬間に破裂するように大きくなり、そして……目になった。
肉片から生き物ができあがろうとしている。
「ぐっ、まさか……」
「旦那様、お気を確かに」
真白の声が厳しく響く。
「あれは、この辺りの呪詛を喰らって生き物じみたなにかになろうとしています」
「生き物」
「《《じみた》》です。倒しましょう。それ以外に呪詛を抜く方法はありません」
「わ、わかった」
真白に言われて、拳を握りしめる。
だけど、こっちがやる気になったのを察するようにそのイキモノは後ろに下がった。
逃げようとしている?
「くそっ、逃がすか」
「それはこっちのセリフ!」
甲高い声が新たに入り込んだ。
それは、夜しかない裏東京の寂しさには不似合いな声のように思えた。
上から圧が迫ってくる?
危機感だけで後ろに跳ぶと、いままでいたところに人影が落ちてきた。
「あんた! よくも余計なことしてくれたわね!」
そう怒鳴ってきたのはヘソ出しパンクファッションの女性だった。
年代は、もしかしたら僕と同じぐらいかもしれない。
「そんな変な格好して泥棒なんて、どこの家の差金だぁ⁉︎」
いや、僕に怒鳴っている暇なんて……。
ほら、あのイキモノが逃げ出した。
だけど、パンク女はそれを無視して、僕の行く手だけを塞ぐ。
「どけよ!」
「その声、ガキか」
「うるさい!」
「ガキが」
「逃げるだろ!」
「あれはもう遅いんだよ。慎重に慎重を重ねてここまで持ってきたってのに、無駄にしやがって」
「なにを」
「あいつはもう始まっちまったんだ。なら、完成するしかないんだよ。裏東京の呪詛を喰らって、どこまでもどこまでもでかくさせないとなぁ」
「……なにを?」
「作るんだよ! バケモノを!」
「……ふざけんなよ」
うちの姉を使って、勝手なことを言ってんじゃねぇよ。
「そこをどけろ」
「はっ、ヤル気になったってのに、まだ言葉を使うのか」
「?」
「だから外の連中は甘いんだよ」
ガンッ! と、いきなり頭に衝撃が走った。
グラつきながらそちらを見ると、金属バットめいたものを持ったパンク女が立っている。
「ぐっ……」
「ちっ、気絶しないのかよ、頑丈な奴だな。だけど……」
元のところに立っているパンク女が指を鳴らすと、金属バットを持った方がさらに数を増やした。
すぐに動こうとしたけど、体が思うように動かない。
体が重い?
「頑丈なだけの素人だな」
金属バット……に見えたそれはバットサイズの六角の鉄棒だった。
それが一斉に振り下ろされ、僕は身動きができなくなった。
「いや、感心した」
何度も六角棒を叩きつけられて、僕は地面にうつ伏せで張り付けられた。
そう表現するしかない。
体がまったく動かないのだ。
痛みでとかではない。
さすが姉の作ったスーツだ。
どれだけ殴られても痛くはなかった。
だけど、鉄棒に一発打たれるたびに体が重くなる。
「中身は素人だが、そのコスプレスーツはたいしたもんだな。傷一つ付かないんだもんな」
いまはもう指一本動かせない。
どうしたものか。
真白が喋らなくなったのは、パンク女に存在を感知させないためだ。
なにか考えがあるのか、それを確かめる暇もない。
真白に考えがあってもなくても……自力でなんとかする方法を探すべきだ。
これは僕のやるべきことなのだから。
「だけどな、それだけで、この赤葉羽シキ様の敵になれるわけないだろう?」
パンク女……赤葉羽シキの靴先が顔の前をよぎった。
「これで喋れんだろ? 誰の差金だ?」
確かに口元がなにか軽くなった気がする。
いや、他の部分も。
これはどういうことだ?
あの足の動きは術を解除した……んじゃなくて、なにかを払ったんだとしたら?
僕に見えていないなにかを払ったんだとしたら?
目に見えないなにかが僕に張り付いているから、動けない?
「おい?」
見えれば、なんとかなるのか?
わからない。
だけど、僕に見えていないものがあることは確かで、それがこんなオカルトな場所では不利だというのは確かだ。
だから、見えなくちゃいけない。
これからもこんなことに関わるのなら、見えなくちゃいけないんだ。
だから……見えろ。
いるんだろ、そこに。
いるんなら、《《見えるはずだ》》。
僕にだって!
そして……。
「死んだか?」
見えた。
その瞬間、拘束していた呪符の山を弾き飛ばした。
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