裏東京デビューby月丸
戦国時代を勝ち抜いて新たな幕府を開いた徳川家康は、南蛮という新たな海外勢力との付き合いを鎖国によって限定的なものへと変化させた。
それは家康の出生地である三河が、一向宗との衝突に常に悩まされていたことも関係するのかもしれない。
また宗教と政治を切り分けて行うためにも、宗教のオカルティックな部分を切り分け、別の者たちに任せたかった。
宗教の力を徹底的に削ぎ落としたいという家康の考えに協力したのが、黒衣の宰相として知られる南光坊天海である。
彼は江戸という都市を使った大規模な地勢法陣を完成させ、その影響を日本各地に広げていった。
そうして時代は流れ……現在。
東京の裏側には、日本中の呪力……呪われた、忌まわしき力たちが集まり、物質化する特異な空間が存在することとなった。
その管理を行なっているのは、かつては陰陽寮という組織に仕えていた陰陽師たちであり、赤葉羽家はその末裔ということだそうだ。
「陰陽師たちはこの裏東京に集まる呪力物たちを倒すことで、日本の平穏を裏側から守っていたのです」
「おお、すごい」
僕は裏東京という場所のおさらいをしながら時間を潰していた。
なぜかといえば……。
ズシン……ズシン……。
毛むくじゃらの巨人が通りを歩いていて、身動きが取れないからだ。
商家っぽい立派な家の中で、さらに覗き込まれても大丈夫なように押し入れの中に隠れている。
ただ、そうやって隠れたのもあまりよくなかったのかもしれない。
押し入れの向こう側で何かが歩いているような畳を擦る音がずっと聞こえてくるのだ。
「これって外に出たら危ない?」
「旦那様の敵ではないと思います」
僕の疑問に、真白は迷うことなく言い切った。
たぶんそれは、変身を含んでのことだと思う。
「ですが、きっと目立ちます」
「ああ……」
変身して戦っていたら、目立つよね。
目立つのはよろしくない。
なにしろ僕たちは、これから泥棒をしに行くのだから。
取り返すのが姉の遺体なのだから世間的には何一つ恥じるところはないつもりだけど、泥棒は泥棒だ。
そして向こうだって盗まれたくはないはず。
全てを力尽くで解決する気がないのなら、なるべく静かに、目立たないように移動するべきだ。
しかしそれには、どうしたらいいのか。
「お任せください、作戦があります」
蛇の姿でジャケットの内ポケットから頭を覗かせた真白は、なにかを口から吐き出した。
それは押し入れの床に着き、そうして見る間に大きくなっていく。
「ううん、なんだぁ?」
寝ぼけた声を上げたのは虹色の髪の美少年、斜九字の月丸だ。
「外か? ……にぃしては、なんか不穏だぁ?」
「裏東京です」
ぼへ〜と押し入れの中を見渡す月丸に真白が告げる。
「はぁ? 裏東京ぉ?」
途端に、目が覚めた顔をしている。
「なんでそんなところにぃ?」
「旦那様の目的のためです」
「ええ、それやめて帰ろうぜぇ」
目的が何かを聞く前に、月丸が僕に擦り寄ってきた。
「家に帰ってぇぬるぬるねたねたぁしよぅ?」
「いや、僕ノーマルだから」
いかにもセクシャルを匂わせる態度だったので、僕はしっかりと拒否した。
「大丈夫ぅ、ボクはどっちにでもなれるよぅ」
「いや、そういう問題でもなくて……」
と、しつこそうな月丸の様子にどうやって断ろうかと思っていると……。
「月丸?」
真白が冷たい声を放った。
「げふっ」
すると、月丸が首を手で押さえる。
「あなたの命、誰が握っているのか忘れましたか?」
「がっ、ふっ、うっ……」
「そう、このましろです。そのましろの旦那様に手を出すなんて……あなた、分を弁えなさい」
「げげふげ!」
首だけかと思ったら全身を締められているみたいだ。
身体中に運動会の綱引きにでも使われそうな太さで跡が生まれていく。
だけど実物は見えない。
「ええと、真白、そのぐらいで」
「あ、はい」
「大丈夫、僕は浮気しないよ?」
「そんなことは信じています。でも、それとこれとは別の話です」
「だって、月丸も気をつけようね」
かつて命を狙われたり、真白を誘拐とかしているので、月丸への同情はない。
ただ淡々と注意するだけだった。
「……わかったぁ」
「では、命令です。あなたは囮として、外で暴れ回ってください」
「裏東京でぇ?」
「裏東京で、です」
「ここ何区?」
「裏賀輪区です」
「入り口ぃ……赤葉羽家かぁ……なら、少しはマシかぁ?」
月丸はしばらく考えるように俯くと、ガバッと顔を上げた。
「よっし! それなら見せてやるぅ! いずれ神になるボクぅ、月丸様の実力をぉ!」
「ええ、ガンバッテクダサイ」
とても心のこもっていない声援を受けて、月丸は押し入れを開けて外に飛び出した。
すぐそこで床を這いずっていた着物の女性(お歯黒べったり?)を踏みつけて消滅させると、そのまま駆けていく。
「さっ、いまのうちに行きましょう」
「あっ、ほんとに放置なんだ」
「大丈夫、本体は私の腹にありますから、死なないし、裏切れません」
そういうことでもなかったんだけど……。
自信満々に言われては僕としても従うしかない。
まぁ、月丸のことを心配しているわけでもないし。
がんばって囮になってもらうとしよう。
押し入れから出た時には通りで毛むくじゃらの巨人の雄叫びが響いたので、きっと戦いが始まったのだろう。
それを見ることなく、裏口から外に出た。
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