VS百鬼夜行①
人の手が人の背中に入り込む。
そんなあり得ない光景が目の前で起きて、さすがに僕も動揺した。
いろんな怪異を見ているけど、こういう人体に起こる変なことはまだびっくりして冷静さを欠いてしまうのかもしれない。
オーガの解体とかしたことあるのにな。
いや、だからこそなのかな?
あんなことが起きたらこうなっているよね? 的な部分で齟齬が起きているから混乱してしまっているのかもしれない。
「え? なんすかこれ? どうなってるんすか?」
マッハさんも自身になにかが起きていると気付いて慌てている。
いや、慌てる余裕がある程度の違和感しかないってことか。
「動くな、殺すぞ」
「は、はぃぃ……」
シキに言われてマッハさんが怯えた声で直立する。
あれはもう、かなり調教されてる感じかな?
そしてシキは気持ち悪そうな顔をしているマッハさんの背に腕をより深く突っ込んで、なにかを探して動かしている。
動かすたびにマッハさんが「ぐえ」とか「うぅ」とか唸っているから、気持ち悪くは感じているらしい。
いや、実際に入り込んでいたらそれどころじゃないと思うんだけどね。
「抜くぞ」
そんなことを考えていたら、シキが言った。
「尾羽くん、準備を」
「あ、了解」
堂城さんに促され、僕も我に帰って変身する。
変身が終わるタイミングでシキの腕が引き抜かれた。
「ぐへお」
マッハさんがなんかすごい声を出す。
そしてシキの手には、黒い霧のようなものがあって……。
あ、形を取り出した。
シキの手に握られたままのそれは……小坊主?
一休みで有名な昭和アニメのあの人と似たような格好をしている。
だから小坊主のはずだ。
頭もツルツルだし。
一つ目の小坊主の姿になった。
「俺、俺の背中! 穴が空いてない?」
引き抜かれた衝撃で地面に四つん這いになったマッハさんがそんなことを喚いている。
あんなものが出てきたんだから、俺もちょっとそのことが気になってはいたんだけど……シキの手にある一つ目の小坊主から目が離せなかった。
可愛いからじゃない。
いや、ちょっとマスコット的な可愛さがあるかもしれないと思ったのは確かなんだけど、目が離せないのはそんな理由じゃない。
なにかすごい、迫力みたいなものがある。
そんなのが、どうやってマッハさんの中に隠れていたんだと思うぐらいに強い気配だ。
「始まるわよ」
堂城さんに告げられて、俺はハッとする。
「合図をしたらやって」
「わかった」
頷きながら、俺はなんとか視線を一つ目の小坊主から引き剥がした。
さっきまで雲一つない夜空だったはずなのに、いつの間にか曇天になっている。
うわ、雷が鳴り出した。
「あれは呪力の雲よ」
「は?」
「夜行さんの出現で周辺に漂っていた呪力が集まり出したの」
「あ、百鬼夜行は呪力でできているんだっけ?」
「そうよ。夜行さんは呪力を集める特別な存在。だからこそ夜行さんがいる場所には百鬼夜行が現れる。これは自然なことなのよ」
呪力。
人の感情から生まれるネガティブな感情の残滓。
あるいは本当に呪いに使われた力。
理解し切れたわけではないけれど、そういうものなのだと飲み込んでおく。
シキの手に掴まれていた夜行さんの姿は、可愛らしい小坊主から見る間に青年に成長して足が地面に付いた。
成長はさらに進み、腕や足が毛だらけになり、顔に皺が浮かぶ、無精髭が生える。
可愛い小坊主さんはいなくなってしまった。
俺の中の冷静な部分がすごくガッカリしている。
いや、相変わらず混乱しているから、情緒が右に左に落ち着かないことになっているのかもしれない。
もう少し落ち着こう。
深呼吸をしないと……。
……うん、いきなり難破しそうな船に転移させられて邪神タコと戦わされたあの日に比べれば、まだ全然普通じゃないか。
だけど、こんなにも混乱しているのは、あるいは夜行さんから放たれる威圧に負けているからなのかもしれない。
そうこうしている内に、曇天のように見えていた黒い気体が降りてくる。
近づくに連れて、それらが形を取り始めた。
とても歪な人のようであったり、壊れば物品に手足や目が付いたようなものであったりした。
牛の顔を付けた巨大蜘蛛であったり、黒い塊の中から突き出された巨大な足だったり、平安貴族が乗っていた牛車が火の車輪で自走し、中から巨大な目がのぞいていたりした。
そういう古い雰囲気のものもあれば、折りたたみガラケーがパカパカ開閉しながら右に左に揺れながら落ちてきていたりもする。
なんかあれ、水槽の中で貝が沈んでいく姿みたいだ。
他にも自転車だったり、バイクだったり、テレビだったりと家にある家電や家具に手足や目がついたりしたようなものがあったりもする。
そういうものが降りて近づいてくるごとに、夜行さんの姿は大きくなっていく。
そして……。
「いまよ」
堂城さんが冷静に告げた。
その言葉に合わせて、フェンリル召喚を行う。
現れたフェンリルが咆哮し、雪嵐の壁が運動場を包む。
白い壁が四方だけでなく上まで包み込んだところで、百鬼夜行の出現は止まった。
だけどその時には、五メートルぐらいはありそうな夜行さんの周りにはいろんな形の呪力の変化……妖怪? が集まっている。
あれが、百鬼夜行か。
「さあ、おっ始めようぜ」
腰の抜けたマッハさんを蹴り飛ばし、シキはノリノリで金棒アヤアカシを振り上げた。
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