ガリガリマッハさん
シキが受けた仕事なのだし、という気持ちもあってマッハさんのことはあまり気にしていなかった。
あれから姿を見せないのだし、シキもなにも言ってこないし、何事もないのだろうと。
そう思っていたのだけど……。
「兄貴、お久しぶりです」
土曜日。
チャイムの音で出てみると、げっそりした顔のマッハさんがいた。
仕方ないので部屋に上げ……あ、だめ?
真白からNGが出たので、ちょっと行ったところにある喫茶店で話をすることにした。
個人が民家を改築して作ったような喫茶店だ。
正直に言うと、興味はあったけど一人では入る勇気がなかったので、この機会を利用させてもらうことにした。
「なんで部屋の中はダメだったの?」
支度をしながら真白に聞いてみる。
「ここは義姉上様の霊力が強いので、場合によってはアレに付いている夜行さんが飛び出してしまいます」
「こっちに来るってこと?」
「いえ、圧で飛び出してくるという感じになるので、そのまま逃げ出されたら厄介なことになるかと」
「そっか」
真白の説明を理解できているのかどうか、夜行さんはうちには入れないようだ、ということはわかったのだと思う。
喫茶店に向かうと、マッハさんはオムライスを美味しそうに食べていた。
いや、がっついていた。
相当お腹が空いていたのかな?
ちょっと泣いてない?
すぐ側にはこの喫茶店の店主? ウェイターさん? のおばさんがいて満足そうな顔で水のおかわりを入れている。
なんかいい人そう。
店の雰囲気も明るいし、これならまた来れるな。
おばさんに挨拶して、マッハさんの前に座る。
「あ、ういっす」
「食べてからでいいですよ」
「はい」
頷くと、マッハさんはまた食べるのに集中する。
僕もとりあえずアイスコーヒーを頼むことにした。
「あ〜美味かった」
「え? 食べれてなかったの」
「いや、今日までずっと外に出してもらえなくて」
と、マッハさんは言う。
「一日一回コンビニおにぎりとペットボトルの水が渡される日々がずっと続いていたもんで」
監禁?
そんな言葉が頭に浮かんでしまった。
え?
本当に?
だけど、シキならやりかねないような気もするし……。
どうなんだ?
「禊ですね」
と蛇形態で胸ポケットにいた真白が教えてくれた。
「本格的なものではないですが、断食に近い状態で体内の余計なものを落としたんです。なんのためかはわかりませんが……」
と、しばしの沈黙。
「……とはいえ、あまりよくない空気をお持ちの方ですから、取り憑いている夜行さんへの影響を減らしたかったのかもしれません」
真白が険しい声でそう言った。
よくない空気?
それはなに? と思ったけど、真白の声はマッハさんに届いていないし、見えてもいないようなのでここで話し込むわけにもいかない。
「それなら、もう外に出る許しが出たってことなんですか?」
「なんか、準備ができたから体力付けとけっていきなり言われたんすよ。もうなんなんすかね」
準備。
フェンリルの件は堂城さんに確認してもらって合格をもらったので、シキにも教えた。
それで準備が整ったって判断したってことか。
期限は文化祭で区切っていたけど、実行まで文化祭を待つ必要はないからな。
シキは早めにやってしまいたいのかもしれない。
マッハさんも自分がどうなっているのかを知りたかったようで、そのあたりのことを聞かれた。
とはいえ、僕にわかっていることは少ない。
百鬼夜行を退治するということしか知らないし、そのための準備を進めてもいる……いた。
僕の準備は決戦場で逃げられないようにすること。
妥協案を探した結果でそうなってしまったんだけど、姉の協力のおかげで準備ができてしまった。
堂城さんはそもそも、何かを用意する立場ではない。
なので残るはシキだ。
シキがなにか準備をしていたのか?
そういえば知らないな。
興味がなかったといえば、そうだ。
百鬼夜行と戦いたいという自分の欲を優先させて堂城さんを怒らせていたし、実際に僕もまぁ呆れている。
こんなことをするぐらいなら、姉の遺体を探すことをした方がいい。
とはいえ、次に長期間動けるのは夏休みだし……まぁ、だからこそシキがやることを受け入れているのか。
「シキがやる気になっているなら、もう少しで解決するんじゃないですかね」
「……よろしくお願いします」
とマッハさんが俺に頭を下げる。
下げられても困るんだけどなぁと思いつつ、僕たちは店を出た。
「真白ってマッハさんからなにかを感じてたりする?」
マッハさんの車を見送ってから、ついでに近くの食料品店に買い物に行く。
調味料とか、足りなくなりそうな物を補充するのだ。
その途中で聞いてみた。
「ええまぁ」
「それってよくない感じなのかな?」
前に悪角に攫われた時には特になにかを言うことはなかったのに、今回はそんな警告のような言い方をした。
それが気になったのだ。
「……以前の時は、ここまで関わることになるとは思っていませんでしたし」
「うん」
それは僕だってそう。
でも、ここまでって言うほどでもないような?
厄介ごとではあるけど……なんかあんまり身構えてもいない。
もう、こういうことが起きる生活に慣れてしまったのかな?
それはそれでよくないかなぁ?
なんか修羅道な感じ。
「あの人、おそらく全てを語ってはいませんよ」
「え?」
「ただの被害者、ただの善人。そんな風には思わない方がいいです」
「ふうん。そっか」
真白に注意されても、僕には特に驚きはなかった。
「ま、触っちゃいけなさそうなものを触っちゃうタイプの人だしね」
聞いている部分の話。
しかも結果論でしかないけど……明らかな封がされているものを蔵の持ち主に確認もせずに開けちゃうような人だ。
ただのうっかりにしたって、なにか違う。
善人ではないんだろうね。
「まぁ僕も、あの人の味方をしているわけでもないし……」
ああ、そうだな。
この状況での僕って、本当にただ巻き込まれているだけで、しかも誰かの味方っていうわけでもないんだよな。
状況的にシキと協力関係にはあるけれど……っていう程度なんだ。
考えないようにしていたけど、なんかこの、宙ぶらりんな感じがもどかしいんだろうな。
とはいえ、誰かの味方をしたい状況でもないし。
「……早く終わらないかな」
「そうですね」
僕の呟きに真白は同意してくれた。
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