消えた第二王女④
二人で道場の中へ戻る。
そこには頭を抱えて座り込んでいるゴンゾと、どこか申し訳なさそうにしているマリアの姿があった。
どうやら説明は、ひと通り終わったらしい。
その様子を見るなり、ルリが元気よく駆け出した。
「師匠ー!」
勢いのまま、ゴンゾに抱きつく。
「おっと」
突然のことにゴンゾが少しよろける。
ルリはそのまま顔を上げ、真剣な表情で宣言した。
「師匠はルリが守るからな!」
その言葉を聞いた瞬間、さっきまで困り果てていたゴンゾの表情が変わった。
ゆっくりとルリの頭に手を置く。
「……そうか」
そして小さく息を吐いた。
迷いを振り切ったような、覚悟の顔だった。
その様子を確認すると、マリアが口を開く。
「さて、これからのことを考えなければいけませんが...
取り急ぎ、私はセレナ様にお伝えするため、一度城へ戻ります。カズトさんは、このまま稽古を続けてください」
カズトは思わず眉をひそめた。
「この状況でか、、
まぁ、確かに今の俺に出来ることはそれくらいか」
マリアは軽く頷いた。
「では、後ほど」
そう言い残し、道場を後にする。
残されたカズトたちの間に、少しだけ気まずい沈黙が流れていた。
やがてゴンゾが、ぽりぽりと頭を掻きながら言う。
「まさかカズトが王城の人間だったとはなぁ。訳ありにも程があるぞ、お前」
「……すみません」
カズトは素直に頭を下げた。
ゴンゾはふっと笑う。
「まぁ、いいさ」
そして遠くを見るような目で呟いた。
「ルリを拾った時点で、いつかこうなることは決まってたのかもしれんな」
しばらく黙っていたが、やがて背筋を伸ばす。
「儂も覚悟を決めるとしよう!
だがその前に!」
ぱんっと手を叩く。
「まずは師匠として、稽古代分の仕事なければな!」
「へ?」
カズトが間の抜けた声を出す。
ゴンゾはニヤリと笑った。
「何をぼさっとしておる!時間はないのだろ?」
「...はい!よろしくお願いします。師匠!」
そのやり取りを見て、ルリがケラケラと笑った。
道場には、いつもの騒がしい空気が戻っていた。
◇◆◇
王城へ戻ったマリアは、足早に廊下を進んでいた。
目的地はセレナの私室。
扉の前で一度だけ呼吸を整えると、静かにノックをする。
「失礼します」
中に入ると、すぐにセレナが立ち上がった。
「マリア」
その声には、隠しきれない緊張が混じっている。
「どう……でしたか?」
その問いは、とても静かだった。
だが、その瞳には強い不安が宿っている。
もし王女でなかったなら、それはそれで一つの結末だ。
だがもし、本当に妹だったなら。
それは王家にとって、決して小さくない問題になる。
どちらに転んでも、セレナの心が揺れることに変わりはなかった。
マリアは一歩進み、静かに頭を下げる。
「……第二王女様で、確定かと」
その言葉を聞いた瞬間。
セレナの目が見開かれた。
「……そう、ですか」
震える声で、ゆっくりと言う。
「生きて……いたんですね。
クレア......」
それは、本来のルリの名前。
王城の記録では、すでに生まれなかった者として扱われている少女の名だった。
だからこそ、その名前が口にされることは、もうほとんどなかった。
部屋の空気が静かに揺れる。
マリアはその様子を見守りながら、道場で起きた出来事を順を追って説明した。
黎明の照鑑。
映し出された過去の映像。
行商人夫婦に拾われたこと。
そして――道場で育ったこと。
話を聞きながら、セレナは何度も小さく頷いていた。
その背後では、零がどこか複雑な顔で立っている。
すべての説明が終わると、セレナが静かに言った。
「なるほど……黎明の照鑑を使いましたか。
ご苦労様でした、マリア」
「いえ」
マリアが軽く頭を下げる。
しばらく沈黙が流れたあと、セレナがぽつりと呟いた。
「……今すぐにでも、会いに行きたいですね」
その声は、とても素直だった。
しかしマリアはすぐに首を横に振る。
「それはやめた方がいいでしょう」
「セレナ様が急に街へ出かけるとなると、少なからず怪しまれます」
王城には、常に多くの目がある。
王族の行動は簡単には隠せない。
セレナは少し考え、そして小さく笑った。
「……ならば、夜中にこっそりと、ですね」
その言葉にマリアも頷く。
二人はしばらく小声で話し合い、簡単な計画を立てた。
準備を整えたマリアは、再び道場へ戻るため部屋を後にする。
扉が閉まったあと、部屋にはセレナと零の二人だけが残った。
「セレナ様……」
零が心配そうに声をかける。
しかしセレナは、優しく微笑んだ。
「そんな顔をしないでください。
妹が生きていたのです。
これ以上に嬉しいことはありません」
その瞳には、先ほどまでの不安はもうなかった。
代わりにあるのは強い決意。
「必ず、私が守ってみせます」
そして、ゆっくりと目を閉じた。
「大切な妹を……
二度も失いはしませんよ」
マリアが道場へ戻る頃には、すでに夕陽が差し込み始めていた。
「うおー!勝ったぞーー!!」
道場の戸を開けると、元気いっぱいの声が響く。
視線の先では、カズトが床に倒れ、その上にルリが乗って勝利宣言をしていた。
「……」
マリアは一瞬、状況が理解できずに立ち止まる。
(いったい何があったら、こんな事に?)




