消えた第二王女③
「っ!?」
眩しい光が道場の中を照らし出す。
ルリも思わず目を見開いていた。
鏡の表面が波打つように揺れ、やがてその中に映像が浮かび上がる。
そこは、どこかの部屋だった。
豪華な装飾が施された部屋の中で、赤子が布に包まれている。
次の瞬間。
その赤子が誰かの手によって抱え上げられ、部屋から運び出されていく。
場面が切り替わり夜の王都。
赤子を抱えた人物が、馬車に乗り込み城を離れていく。
そして――
王都を出た先で、馬車が魔物の群れに襲われた。
護衛たちは必死に戦い、なんとか魔物を退ける。
だが。
怪我を負った人間たちは次第に力尽き、地面へと倒れていった。
やがて誰も動かなくなる。
静まり返った森。
そこへ、偶然通りかかった行商人の夫婦が現れる。
倒れた人々の中で、かすかに泣き声をあげる赤子を見つけた。
夫婦は顔を見合わせる。
そして、赤子をそっと抱き上げた。
映像はさらに進む。
その赤子は夫婦に育てられ、少しずつ成長していく。
だが、ある日。
夫婦が仕事のため郊外へ出た時、盗賊に襲われた。
剣が振るわれ、悲鳴が上がる。
そして映像は、そこで終わる。
次に映ったのは幼い少女。
まだ小さなルリだった。
一人きりで家を出て、食べ物を求めて彷徨っている。
力尽きそうになりながら歩き続け。
最後には、この道場の前で倒れる。
そこで映像は終わった。
鏡の光がゆっくりと消えていく。
道場の中は、しばらく静まり返っていた。
ゴンゾは完全に理解が追いついていない様子で、口を開けたまま固まっている。
ルリは、ただ黙って鏡を見つめていた。
その目は、いつもの無邪気なものではなく、どこか真剣だった。
やがてマリアが小さく額を押さえた。
「これはどうやら、あたりみたいですね」
「……つまり」
カズトは鏡を見つめながら、小さく呟いた。
「ルリは王女ってことで、確定か」
言葉にした瞬間、現実味が一気に増す。
「ちょっと待ってくれ!」
ゴンゾがようやく我に返ったように声を上げる。
「王女ってどういうことだ!? まったく理解が追いつかないんだが!」
当然の反応だ。
昨日まで孤児だと思っていた弟子が、いきなり王族だと言われたのだ。
混乱しない方がおかしい。
マリアは落ち着いた様子でゴンゾに向き直る。
「カズトさん、ルリさんと少し席を外していただけますか?私から事情を説明いたします」
カズトはルリの方へ視線を向けた。
「ルリ。
向こうで、ちょっと俺と話そうか」
普段なら「なんだなんだ!」と騒ぎそうなものだが、今日は違った。
さっき見た映像が衝撃だったのか、ずっと黙ったままだった。
いつものお転婆な様子はすっかり影を潜めている。
「……うん」
小さく頷くと、ルリは静かに立ち上がった。
カズトの後ろについて歩くその姿は、どこか不安そうにも見える。
二人は道場の外へと移動した。
背後では、マリアが静かに話し始める。
「まず、落ち着いて聞いてください。
これは王家に関わる、極めて重要な話になります」
その声を背中に聞きながら、カズトはルリの様子をそっと横目で見た。
いつも元気いっぱいの姉弟子が、今はただ黙って床を見つめている。
(そりゃそうだよな)
いきなり自分が王女だと言われても、すぐに受け入れられるはずがない。
カズトは少し考えてから、ゆっくり口を開いた。
「…びっくりしたな」
それは、できるだけ普段通りの声だった。
「よく分からないんだが……」
ルリは腕を組みながら首をかしげた。
「私は王女、なのか?」
「まぁ、そういうことになるな。たぶん」
正直、言葉にしていても実感が沸かないな。
「つまり、私の父と母は王様と王妃様?」
「そうなのかもな」
カズトが頷くと、ルリはしばらく考え込んだ。
そして、ぱっと顔を輝かせた。
「なるほど!」
元気よく拳を握りしめる。
「つまり、これからは美味いものを食べ放題ってことか!
やったぞ!これで師匠も金に困ることはなくなるのだな!」
不安なんて感じないと言わんばかりの、満面の笑みだった。
「……ルリ」
これは果たして強がりなのか、それとも素の反応なのか。
「落ち着いて聞いてくれ。話はそんな簡単じゃないんだ」
「え?」
きょとんとするルリに、カズトは少し真面目な顔で続けた。
「ルリが王女だってことは、多分……隠さないといけない」
「なんでだ!?」
ルリはすぐに不満そうな顔になる。
「せっかくお金持ちになれるのに!」
「そうじゃないんだ」
カズトはゆっくり説明する。
「もしそれが知られたら、ルリも、ゴンゾさんも危なくなるかもしれない」
「え……」
「ルリにはまだ難しいかもしれないけどな、王族ってのはまぁ、色々と複雑なんだ」
「……」
しばらく黙っていたルリが、小さく口を開いた。
「……師匠が殺されるのか?」
その声はさっきまでとは違い、とても真剣だった。
「それはダメだ!」
ルリは勢いよく顔を上げる。
「私のせいで師匠が死ぬなんてやだ!」
カズトは一瞬、言葉を失った。
(自分の心配じゃなくて、師匠の心配か)
破天荒で、無鉄砲で、騒がしい。
でも――
本当に優しい子なんだな、と改めて思う。
カズトはルリの頭にぽんと手を置いた。
「そんなことにはさせないさ」
そして力強く言う。
「俺を信じろ」
「……うん」
カズトは少しだけ笑った。
「それにさ。
ルリには、お姉ちゃんもいるんだぞ?」
その言葉を聞いた瞬間、ルリの目がぱっと輝いた。
「お姉ちゃん!!」
さっきまでの重たい空気が、一瞬で吹き飛んだ。
(やっぱりこいつ、切り替え早いな)
一通り話を終えたカズトは、そろそろいい頃合いだろうと判断した。
「さて、そろそろ戻るか」
「うむ!」




