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消えた第二王女②

「なんだか、大変なことになっちゃったな……」


 その夜。

 ベッドに横になりながら、カズトは天井を見つめてぽつりと呟く。


「ほんとよね。あんたって、どうしていつも厄介ごとを抱えてくるのかしら。これも転移者の宿命ってやつ?」


 自分のことも含めて言っているのだろう。

 零は軽くため息をついた。


 異世界に来てからというもの、普通に生きていれば関わらないような出来事ばかりに巻き込まれている気がする。


「まぁでも……」


 カズトは寝返りを打ち、枕に顔を半分埋めながら続けた。


「関わっちゃった以上、見捨てるつもりはないよ。もし本当に王家がルリを消すなんてことがあったら、その時は――」


 言葉の続きを口にする前に、零がすぐに釘を刺してくる。


「一応言っておくけど、私たちは奴隷の首輪がある以上、王家に対しては何もできないわよ?」


「……そうだった」


 その言葉に、カズトは思わず天井を見上げ、歯噛みした。


「くそ……無理すれば、この首輪を雷で破壊できないかな」


「やめておきなさい。下手をすれば、あんたの首が先に吹き飛ぶわよ」


 零は呆れたように言ったあと、少しだけ声色を柔らかくした。


「それに、もう少しセレナ様を信じてあげなさい。妹を見殺しにするような人じゃないでしょう?」


 確かにそうなのだ。

 セレナの性格を考えれば、そんな結末を受け入れるはずがない。


「……そうだな」


 セレナなら、きっと動く。

 そして自分にできることがあるのなら、それを手伝えばいい。


 それにまだ、ルリが第二王女だと決まったわけでもないのだから。


 そう自分に言い聞かせながら、カズトは目を閉じた。


 しかし――


 結局その夜、彼がぐっすり眠れることはなかったのだった。


 朝日が昇ると同時に、カズトはすぐに道場へ向かう準備を始めた。


 今日はマリアも同行する。

 そのため、セレナを一人にするわけにはいかず、零は城に残ることになった。


「殿下のこと、よろしくお願いします」


 マリアは零にそう言って軽く頭を下げる。


「任せてください。」


 零はいつもの調子で答えたが、その表情はどこか真剣だった。


 セレナを零に任せ、カズトとマリアは城を出る。


 道場までの道のりの間、カズトはほとんど口を開かなかった。

 昨夜から頭の中で色々な考えが巡っていて、何を話していいのか分からなかったのだ。


 そんな様子を察したのか、マリアも無理に話しかけることはしない。


 二人は静かなまま道場へと到着した。


「おはようございます!」


 カズトが軽快な声で挨拶すると、すぐに道場の奥からバタバタと足音が聞こえてくる。


 そして――


「おはよう弟弟子よー!」


 元気いっぱいの声と共に、ルリが飛び出してきた。


 そのまま助走をつけて、勢いよく飛び蹴りが放たれる。


 カズトはそれを避けることもできたが、あえて受け止めた。


「ごほっ!!」


 鈍い衝撃が腹に入る。


「何すんだクソガキー!」


「朝の挨拶だ!」


 ルリは胸を張って言った。


(……もしかしたら、このやり取りも無くなってしまうかもしれない)


 そんな不安が、カズトの胸の奥にあった。


 その様子を、マリアは何も言わずに静かに見守っていた。


 そこへゴンゾが姿を現す。


「朝早くから熱心だな。やる気のある生徒で儂は嬉しいぞ」


 そしてカズトの後ろに立つマリアに気が付いた。


「おや、そちらの美人さんは? 新しい入門希望者かな?」


「初めまして、ゴンゾ様」


 マリアは丁寧に一礼する。


「私はマリアと申します。本日はカズト様の訓練に同行させていただきました」


 わざと「様」をつけて呼ぶマリア。


 元々訳ありと言っていたカズト。

 マリアのその言い方から、カズトがどこかの貴族の子なのではないかとゴンゾは察した。


 だが、深入りする気はないらしく、それ以上は何も聞かなかった。


「そうですか。まだ二日目ですが、カズトさんはとても優秀です。どうぞその姿を見ていってください」


「ありがとうございます」


 こうしてマリアは、怪しまれることなく道場に入ることができた。


(さて……)


 マリアはルリの姿を観察する。


(私は第二王女様にお会いしたことはありませんが……)

 確かに、顔立ちはどこかセレナに似ている。


 そこからは昨日と同じく、基礎を固めるための稽古が続いた。


 ルリは相変わらず元気いっぱいで、動きにも迷いがない。

 魔力による身体強化も自然に使いこなしている。


 その姿を見ながら、マリアは考えていた。

(この資質……そして隠す気のないお転婆ぶり)


 思わず小さく苦笑する。

(確かに、疑いたくもなりますね)


 もしこの子が本当に第二王女だとしたら、問題は一つだ。


 なぜ、こんな場所で行き倒れていたのか。

 それだけは、まったく見当がつかなかった。

(どうしたものか……せめて王族である証があれば……)


 その時、ふと思いつく。

(……そうだ)


 昼休みになり、稽古が一段落した頃。

 マリアはルリに声をかけた。


「ルリさん。お願いがあるのですが」


「どうしたんだ?」


 ルリは警戒するように言う。


「ご飯ならあげないぞ!」


「いえ、ご飯ではなく……」


 マリアは懐から小さな器具を取り出した。


「少しだけ、血を取らせていただきたいのです」


 すちゃっ、と注射器を見せる。


「うぇ!? 注射は嫌だー!」


 ルリは即座に逃げ出し、カズトの後ろに隠れた。


「マリアさん、ルリの血が欲しいとは一体どういうことですか?」


 さすがにゴンゾも怪しむ。


 だがカズトはすぐに理解した。

(なるほど……)


 確かにその方法なら、確実に王族の血筋かどうかを確認できる。

 (と言うかよく注射器なんて持ってたな。相変わらず謎に用意がいい人だ。)


「ゴンゾさん」


カズトは真面目な顔で言った。


「これはルリの出自を知るためにも必要なことなんです。協力してもらえませんか?」


 突然の話に、ゴンゾは戸惑う。


 するとマリアがすっと前に出た。


「では……献血ということで、いかがでしょう?」

 

 そう言って取り出したのは大金貨。


「これはほんのお礼です」


 ゴンゾの目が一瞬で変わった。


「どうぞ、二、三本抜いてやってください」


 ゴンゾはあっさりとルリの脇を抱えて差し出した。


「師匠の裏切り者ー!」


 ルリが大声で叫ぶ。


(緊張感ないなぁ)

 本当は、王家を揺るがしかねない大事件なのに。


「それでは、失礼して」


 マリアがそう言うと同時に、ルリは全力で抵抗を始めた。


「やめろおおお!注射は嫌だー!」


 しかし逃げ場はない。

 背後からカズトが肩を押さえ、反対側からゴンゾが腕を掴む。


「ぎゃーああああ!死ぬううううう!」


 大袈裟に叫び散らすルリをよそに、マリアは淡々と作業を進めた。


 細い針が腕に刺さり、赤い血がゆっくりと注射器に吸い上げられていく。


 作業はほんの数秒で終わった。


「はい、終わりました」


 その瞬間、全身の力が抜けたのか、ルリはぐったりとカズトにもたれかかった。


 魂が抜けたような顔をしている。


「お疲れ様でした。ご協力ありがとうございます」


 マリアが丁寧に頭を下げる。

 そして視線をカズトへ向けた。


「さて、カズトさん」


「分かってる」


 カズトは懐から小さなマジックバッグを取り出す。


 その中から慎重に取り出したのは――


 かつてセレナの血と共に狙われた、真実を映し出す鏡。

 黎明の照鑑(れいめいのしょうかん)


 シオン会長をあんな目に合わせる事になった、王族の血により起動する神具だ。


「これに血を垂らせば、もしルリが本当に王族の血筋なら反応が出るはずだ」


 カズトの説明を聞きながら、ゴンゾはぽかんとした顔をしていた。


「……おい、ちょっと待て。今、王族と言ったか?」


 だが誰も答えない。

 全員の視線が、鏡に集まっていた。


 マリアが小さく息を吸う。


「……いきます」


 採血したばかりの血を、慎重に鏡の表面へと垂らす。 ぽたり、と赤い滴が落ちる。



 何も起こらない。


「……あれ?」


 予想とは違った鏡の反応に、カズトが眉をひそめた。


「え、ただの思い過ごしだったのか?

 なんだ、、よかっ――」


 言いかけたその瞬間。

 鏡が、強烈な光を放った。

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