オンボロ道場③
王城にて、セレナに外出の許可をもらうとき。
一人で出歩くのであればと、奴隷の首輪は闇魔法で見えなくしてくれた。
なので、見た目は一応ただの一般人になっている。
「師匠! こいつ結構やるぞ! ルリほどじゃないけどな!」
「バカもんが。そんなもん見りゃ分かる。
なんなら儂より強いわ、バカ弟子が。」
「またまたぁ! 師匠の冗談は相変わらずつまんないね!」
「はぁ……まあ、この馬鹿なことはひとまず良い。」
「おおかた目立ちたくない理由でもあるんだろうが。お前、金はあるんだろうな?」
「金はまぁ、それなりに。」
カズトと零は、形式上は奴隷なので、本来は給金などない。
だが、自分で使える金がないのは不便だろうと、セレナが私財から毎月いくらかをこっそり渡してくれている。
最初は断ったのだが、「命令よ」と言われてしまい、結局受け取らざるを得なくなった。
「ならばよし!歓迎しよう!」
金があると分かった瞬間、あっさりと入門を認められた。
「え、試験とかそういうのはいいんですか?」
「そんなものはない!そしてそんな余裕もない!」
ゴンゾは胸を張って言い切った。
「見ての通り、この道場は小さくてボロい!
そして生徒は、このバカ弟子一人でな。
ちょうど金が必要だったのだ!」
寂れているとは思っていたが、まさかこの子が唯一の生徒とは。
「お前、名前は?」
「カズトです。」
「よし!儂はゴンゾだ!呼び方は師匠でも師範でもゴンゾさんでも、好きに呼べ!」
「……それでは、ゴンゾさん。」
「なんじゃ……」
あからさまにテンションが下がるゴンゾ。
どうやら「師匠」と呼ばれたかったらしい。
「この子は何者なんですか?
魔力による身体強化だけじゃなくて、火魔法まで使うなんて。
まさか、これがこの辺の道場の普通……なんてことはないですよね?」
「こんな馬鹿がその辺にゴロゴロいてはたまらんよ。」
ゴンゾは呆れたように頭を掻いた。
「この子は孤児でな。
五年前、道場の前で倒れているのを儂が拾ったのだ。」
「記憶が朧げだったみたいだが、どうやら親は仕事で街を出てから戻ってきていないらしい。
おそらくは魔物か盗賊にやられたのだろう。
まぁ、よくある話じゃよ。」
「いや、そんなシリアスな話、この子の前でしなくても……」
「ん? ルリは気にしないぞ!」
胸を張って言い切る。
「父と母は弱かった! だから死んだんだ!自然の摂理というやつだな!」
あっけらかんとした笑顔。
「それに、今の私には師匠がいる!何も悲しむことなんてない!」
そのあまりにさっぱりした態度に、カズトはなんとも言えない気持ちになる。
ゴンゾは小さく息を吐いた。
「ルリを拾ってから、次第に分かったのだ。こやつには天性の才能がある。」
「運動神経、魔力量、魔力コントロール……
そして、火・光・闇の三属性適性。」
「三つも!?」
思わず声が出た。
「王族並みの才能じゃないか。
ん? というかその適性、どこかで聞いたことがあるような……」
「適性の中でも、特に火魔法が得意みたいでな。」
ゴンゾはルリの頭を軽く小突いた。
「この子はそれを好んでよく使うのだが、今日みたいにあちこち燃やしてしまうからな。
儂の前以外では魔力の使用を禁止していたのだよ。」
「あー、なるほど。」
焦げ跡だらけの庭を見回しながら、カズトは納得する。
その隣で――
「誠にごめんなさい!」
ルリが再び勢いよく土下座した。
(本当に元気な子だな……)
思わず苦笑する。
「そんなわけだから、儂もルリのことは詳しくは分からんのだ。」
ゴンゾは肩をすくめた。
「まぁ、一応は姉弟子ってことになるわけだから、仲良くしてやってくれ。」
「私が……姉弟子!」
ルリの目がキラキラと輝く。
「よろしくな、姉弟子。」
カズトがそう言うと――
「やったぁぁぁ!」
ルリはその場でぴょんぴょん飛び跳ねて喜びだした。
さて、と。
ゴンゾが急に真顔になる。
「まずは入門料として、これくらい頂きたいのだが。」
こっそりと紙に書いた金額を見せてくる。
カズトは思わず眉をひそめた。
(……ちょっと待て)
「これは相場なんですか?普通に高いんですが。
ゴンゾさん、ぼってません?」
「まぁ、なんだ……」
ゴンゾは気まずそうに頬をかいた。
「金がないのは本当でな。
正直、明日の飯の種すら怪しかったのだ。」
「道場も修繕せにゃならんし……な?」
ちらり、とカズトを見る。
「学園に通ってるってことは、お主はそこそこ裕福なんじゃろ?」
……絶妙に文句を言いづらい。
自分にも原因がないわけではないのだ。
「はぁ……分かりました。」
そう言って、カズトはカバンから金貨を取り出した。
まさかの入門料で金貨三枚。
(日本円で三十万円相当だぞ)
「いやぁ助かるよ!」
ゴンゾの顔が一瞬で明るくなる。
「よしルリぃ!
今夜は新弟子の入門記念で肉だぞー!」
「にくぅぅぅううう!?そんな贅沢していいのか!?」
くるっと振り向き、カズトの肩を叩く。
「カズトでかしたぞ!」
……。
カズトは周囲を見回した。
ボロい道場。
騒がしい師匠。
テンションの高すぎる姉弟子。
(なんとも賑やかな場所に来てしまったな……)
そう思わずにはいられなかった。
「ゴンゾさん。あまり時間はないので、できれば今日からでも稽古をつけてほしいのですが。」
「おお、そうだったな。」
ゴンゾは腕を組んで頷く。
「お主は武道は素人なのだよな?
では、まずは基本の構えから教えていくとしようか。」
そしてルリの方を見る。
「お前も姉弟子として、お手本を見せてやるんだぞ。」
「任せとけ!」
胸を張るルリ。
「私の背中をしっかり見て育つんだぞ!」
――稽古が始まった。
ゴンゾの教え方は驚くほど上手かった。
見た目からは想像できないほど理論派で、
「なぜそうなるのか」を丁寧に説明しながら教えてくれる。
おかげで、カズトもすんなりと理解することができた。
(これは……思っていたよりも、ずっと良い道場かもしれない)
ここに来られるのは休みの日だけだ。
そのことを伝えると、ゴンゾは自主練用のメニューまで組んでくれた。
気づけば、日もすっかり傾いていた。




