オンボロ道場②
次の瞬間。
少女の身体から、ふわりと魔力が噴き出した。
淡く揺れる魔力がその小さな身体を包み込み、空気がわずかに震える。
「……は?」
思わず間の抜けた声が出る。
(おいおい、この世界の子供って普通に魔力纏えるのか!?)
いや、魔力自体は誰でも持っている。
だが身体強化として纏うとなると話は別だ。
普通は訓練を積んだ魔術師か、戦士系の人間がようやく扱える技術のはずだ。
それをこの年齢で?
少女は構えを取り直すと、元気よく叫んだ。
「怪我しても知らないよー!」
次の瞬間、地面を蹴る。
ドンッ!!
先ほどとは比べ物にならない勢いで、小さな身体が突っ込んできた。
「うおっ!?」
さすがに今度は速い。
だがカズトはとっさに腕を前に出し――
ドッ!!
少女の拳を受け止めた。
魔力強化された一撃は確かに重い。
だが、それでもカズトの身体を揺らすほどではない。
「うそ!?」
自分の渾身の一撃が止められたことに、少女が目を丸くする。
しかしすぐに気を取り直し、さらに拳を振るった。
「まだまだぁ!」
右。
左。
蹴り。
小さな身体から次々と繰り出される連撃。
だがカズトは慌てる様子もなく、腕だけに軽く魔力を纏わせてそれを捌いていく。
拳を流し、蹴りを弾き、距離を保つ。
(……この子)
思わず感心する。
(魔力量も多いし、この歳でここまで安定した魔力操作が出来るのか)
動きに無駄がない。
強化のかけ方も安定している。
(師匠が有能なのか……それともこの子が特別優秀なのか)
どちらにしても、ただの道場の子供とは思えない。
そのときだった。
飛び上がった少女が突然、にやりと笑う。
「これならどおだー!」
両手を突き出し、元気よく叫んだ。
「でりゃああ!!」
次の瞬間――
ボッ!!
少女の手のひらから、火球が放たれた。
「ちょぉお!?」
まさかの魔法攻撃に、カズトは反射的に身体をひねってそれをかわしてしまう。
火球は目の前をかすめ、そのまま後方へと飛んでいった。
「なんだとぉ!?」
少女が目を丸くする。
「この攻撃も避けるなんて! お前なかなかやるな! 気に入ったぞ!」
得意げに胸を張る少女。
だがカズトの頭の中は別のことでいっぱいだった。
(信じられない……)
身体強化だけでも驚きなのに、さらに魔法まで使えるとは。
(これ下手したら、学園のおぼっちゃん連中より強いんじゃないか?)
そんなことを考えていた、その時だった。
...なんだか焦げ臭い。
ふと嫌な予感がして後ろを振り返る。
すると、さっき避けた火球が見事に道場の壁に燃え移っていた。
パチパチと乾いた音を立てながら、火がじわじわと広がっている。
「あーーーー!」
少女が悲鳴を上げた。
「お前ぇぇ! 何してんだこのガキは!?」
カズトは思わず叫ぶ。
だが怒っている場合ではない。
このままでは本気で道場が燃える。
「くそっ!」
慌てて手をかざし、水魔法を発動させようとしたその時。
ガラッ、と道場の入り口が開いた。
「ルリー、今帰ったぞー」
のんびりした声。
そして次の瞬間。
「ってなんじゃあこりゃあああ!?」
◇◆◇
一通り騒ぎながら、なんとか火は消し止められた。
結果、道場はところどころ焦げ、床は水浸し。
なんとも言えない惨状になっていた。
そして現在。
そのど真ん中で、少女――ルリは正座させられていた。
しょんぼりと肩を落とし、うつむいている。
……なぜか俺も、その隣で正座しているのだが。
「誠にごめんなさい!」
そう叫ぶと同時に、ルリは勢いよく畳に額をこすりつけるようにして土下座した。
ぺたり、と小さな身体が地面に伏せる。
「……」
その様子を前に、カズトは隣で正座したまま苦笑するしかない。
道場の床はまだところどころ濡れていて、焦げ跡まで残っている。
ついさっきまでの騒ぎの痕跡が、はっきりと残っていた。
「まったく……道場破りでも来たのかと思ったぞ」
そう言って腕を組んでいるのは、この道場の主らしき人物だった。
年の頃は四十前後だろうか。
背は高く、肩幅も広い。
長年鍛え上げられてきたのが一目で分かる、がっしりとした体つきだ。
ただ立っているだけなのに、妙な威圧感がある。
「えーと……なんか申し訳ないです」
カズトは頭をかきながら言った。
「俺が避けてしまったばっかりに、道場が……」
すると男は、ひらひらと手を振ってそれを遮る。
「あー、どうせルリが無理に絡んだだけだろうから、気にすることはない」
あっさりとした口調だった。
そして横に座っている少女をちらりと見る。
「罰として、このバカ弟子は今日は飯抜きだから」
「えぇーーー!?」
ルリが顔を上げて叫んだ。
「そんなぁ!? 師匠ひどい!」
「うるさい。魔力だけでなく魔法まで使いおって。反省せい!」
ぴしゃりと一言で黙らされる。
ルリは口をへの字に曲げたまま、しょんぼりとうつむいた。
その様子を横目に見ながら、男は改めてカズトの方へ視線を向ける。
「それで?」
腕を組み直し、少しだけ興味深そうに目を細めた。
「あんたは入門しにここに来たのか?」
「えーと……」
カズトは少し言葉を選びながら答える。
「とりあえずは見学のつもりだったんですが……もうすぐ大きな大会があるので、武術の基礎を学びたくて」
男はふむ、と小さくうなずく。
そしてカズトの姿を、上から下までじっと眺めた。
「お前さん……もしかして学園の生徒か」
「……はい」
「なるほどな。こんな小さな道場に来るなんて珍しいな」
男は少し口元をゆがめる。
「訳ありか?」
「まあ、そんなところです。」




