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オンボロ道場

「えーと……ここか」


 目の前にあるのは、王都の隅にひっそりと建つ小さな道場。


 立場上、あまり目立つ大きな道場に通うのは色々と面倒だ。

 それに、生徒が少なそうな場所の方が、むしろ集中して教えてもらえるだろう。


 俺は入口をくぐり、中へ声をかけた。


「すみませーん!」

 ……だが、返事はない。


「おかしいな」


 まさか休み、なんてことはないだろう。

 入口は開いていたし。


 俺は首を傾げながら周囲を見回し、さらに奥へ進もうと一歩踏み出した――その瞬間。


「曲者ー!!」

 大きな叫び声。


 同時に、何かがこちらへ飛んできた。


 反射的に声の方向へ視線を向け、俺は固まった。


 飛び蹴りを放ってきたのは、どう見ても小学生くらいの女の子だったのだ。


「……え?」


 思考が一瞬停止する。

 その結果――


 ドゴッ!!


 見事に少女の飛び蹴りを、腹に食らってしまった。


 腹にめり込んだ小さな足の衝撃で、思わず「ぐほっ」と息が詰まった。


「いったいなんなんだ!?」


 後ろに半歩よろめきながら腹を押さえる。

 威力自体は大したことはない。

 だが、完全に不意を突かれた。


 目の前には、着地してビシッと構えを取る小さな少女。

 年は……十歳くらいだろうか。髪を短くまとめ、道着を着ている。


 少女はじっとこちらを睨みつけていた。


「怪しいやつ! ここは勝手に入っちゃダメなんだぞ!」


「いや、入り口開いてたし……というかいきなり曲者扱いは酷くないか?」


 腹をさすりながら言い返すと、少女はむっと頬を膨らませる。


「でもコソコソしてた!」


「コソコソはしてない。普通に声もかけた」


「……む」


 言い返されて言葉に詰まったのか、少女は少しだけ視線を泳がせた。

 だがすぐにまた構えを取り直す。


「と、とにかく! 師匠がいないときに勝手に入るのはダメ!」


「師匠? ここ道場だよな」


「そうだよ!」


 胸を張って答える少女。


 なるほど、生徒ってわけか。

 それにしては随分と……元気すぎる歓迎だったが。


「俺はその師匠に用があって来たんだよ。見学というか、稽古つけてもらえないかと思って」


 そう言うと、少女はじっとこちらを上から下まで観察する。


「えー……弱そう」


「初対面の相手にそれ言う?」

 実に失礼な子供だ。


 少女は腕を組み、ふんっと鼻を鳴らした。


「師匠は強い人しか相手しないんだぞ!」


「それは困ったな。俺、そこそこ強いんだけど」


「うそだー!」


「本当だって」


「じゃあ証明して!」


 少女はビシッとこちらを指差す。


「わたしに勝ったら、師匠に会わせてあげる!」


「……いや、子供相手にそれは」


「へぇー、怖いの?」


 挑発するようなニヤリとした笑み。

 小学生とは思えないほど、妙に堂に入った表情だった。


 ……これはあれだな。

 断ったら断ったで、絶対に面倒になるタイプだ。


 俺は小さくため息をつき、


「軽くだけだぞ?」


「よーし!」


 少女は嬉しそうに拳を握りしめた。


「お前弱そうだけど、泣いても知らないからな!」


「それ、普通逆じゃない?」


 そう言いながら構えを取る。


 その瞬間、少女の雰囲気がふっと変わった。


 さっきまでの子供っぽい気配が消え、

 鋭く研がれた刃のような気配が漂う。


「……お?」


 思わず眉を上げる。

 次の瞬間、少女の足が地面を蹴った。


「いくぞー!」


 さっきの飛び蹴りとは比べものにならない速度で、

 小さな拳が一直線にこちらへと迫ってきた。


 ……なるほど。

 これは少し面白いかもしれない。


 最初の無茶苦茶な飛び蹴りからは想像もできない、しっかりとした武術の動きだった。


 無駄のない踏み込み。

 ぶれない重心。

 一直線に突き出される拳。


 小さな身体ながら、姿勢は驚くほど整っている。

 攻撃にはきちんと体重が乗っており、見た目以上に威力を感じさせた。


(……へぇ)


 思わず感心する。


 武道の技術という一点においては、正直、基礎すらまともに習ったことのないカズトより上だろう。

 踏み込みの距離、腰の使い方、拳の軌道、どれも教本通りのように綺麗だ。


 もしこれが、型の美しさや技術の正確さを競う勝負なら勝ち目はない。


 だが――


 迫る拳を半身で軽くかわす。

 風を切る音が耳元をかすめた。


(さすがに子供にはやられん)


 いくら技術が整っていても、相手はまだ子供だ。

 身体能力の差は歴然としている。


(それに魔力も使ってないしな)


 この世界の戦闘は、武術だけで決まるものではない。

 魔力強化や魔法が絡めば、戦いの構図は大きく変わる。


 そして今、少女の身体からは魔力の気配は感じられない。

 つまりこれは、純粋な体術だけの勝負。


 カズトは一歩後ろへ下がりながら、軽く肩の力を抜いた。


「ほら、次は?」


 余裕を見せるように手招きする。


 少女の眉がぴくりと動いた。


「お前まぁまぁやるな!」


 少女は拳を引きながら、にやりと笑った。


「ほんとは師匠に禁止されてるけど、舐められたまま終われないぞ!」


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