手合わせ④
日が落ちる頃。
長い時間をかけてようやく訓練場の修理を終えたカズトは、額の汗を拭いながら大きく息を吐いた。
空を見上げれば、夕焼けはすでに群青へと変わりつつある。
学園の建物の影が長く伸び、訓練場の周囲には静かな夜の気配が漂い始めていた。
セレナと零は途中で城へ戻っている。
さすがにすべての修理を付き合わせるわけにもいかず、エリカにも帰ってもらい後半からはカズト一人で行うことになったのだ。
(……ま、壊したの俺だしな)
苦笑しながらカズトは城へと足を向けた。
石畳の道を歩き、やがて見えてくる大きな城門。
門をくぐり、慣れた廊下を進むと、ようやく身体から緊張が抜けていく。
「ただいま戻りました」
疲労混じりの声をかけると、すぐに控えていた人物がこちらを振り向いた。
「お帰りなさい、カズトさん」
穏やかな声とともに出迎えたのはマリアだった。
「また訓練場を破壊するとは、あなたも懲りませんね」
穏やかな声とともに出迎えたのはマリアだった。
だがその顔には一切の笑みがない。静かな口調だったが、これは確実に怒っている。
カズトは思わず視線を逸らす。
「いや、その……今回は事故というか」
「前回もそのように仰っていましたね」
間髪入れずに返される。マリアの視線が痛い。
「壁の修理でセレナ様の護衛任務ができなくなるなんて本末転倒です。少しは加減というものを覚えてください」
小さくため息をつくマリア。
言われていることは全て正論なので反論も出来ない。
「……気をつけます」
本当に反省しているのか怪しい薄い返事だったが、これ以上追及しても不毛と思ったのか、マリアはそれ以上怒りを広げることはしなかった。
マリアは軽く首を振ると、表情を少しだけ緩めた。
「セレナ様と零様はすでにお戻りです。今頃はお風呂でしょうか。」
その言葉を聞いた途端、カズトの腹が小さく鳴った。
長時間の修理作業で、さすがに空腹だった。
マリアはそれを聞き逃さなかったらしく、くすりと小さく笑う。
「……先に食堂へ向かわれてはいかがですか? 汚れを落とすのはその後でも遅くはありません」
「そうします」
その言葉に甘えるように頷き、城の奥へと歩き出した。
食事を終え、手早く風呂も済ませたカズトは、濡れた髪をタオルで軽く拭きながら奴隷部屋へと戻ってきた。
部屋の扉を開けると、そこには先に帰ってきていた零の姿があった。
ベッドの端に腰掛け、腕を組んだままじっと入口を見つめている。
その視線から察するに、どうやらカズトの帰りを待っていたらしい。
「お帰りなさい。もう壁は壊さないように気をつけなさいよ」
開口一番、心底呆れ果てたような声が飛んできた。
「あんまり自信ないけど、努力するよ」
カズトの締まらない返答に、零は再び小さいため息をつき、それ以上の追及を諦めた。
彼女は少し間を置いてから、ふと冗談を排除した真面目な顔になる。
「それで、エリカさんとの手合わせ。どうだったの?」
カズトはベッドに腰を下ろしながら、今日の戦いを思い返す。
無駄のない踏み込み。
的確に急所を狙う打撃。
攻撃の流れを途切れさせない体術。
思い出すほどに、差ははっきりしていた。
「圧倒的に技術不足」
短く、しかし誤魔化しようのない事実をはっきりと答える。
「本番は魔法も絡むし、俺は格闘家じゃないとは言え……もうちょいなんとかしないとだなぁ」
「魔物相手なら格闘技術は不要だったし、これまでは魔力コントロールにリソース費やしてきたものね」
カズトの戦い方は基本的に魔力主体だ。
膨大な魔力を制御し、強化し、魔法に変える。
それだけでも普通の生徒とは比べものにならないほど強い。
だが――
「人間を相手にする大会に出るなら、最低限の基礎は必要よね」
冷静な指摘だった。
零は少し考えるように視線を落とす。
「私が教えることもできるけど」
そう言いながらも、すぐに小さく首を振った。
「戦技祭まで時間もないし、基礎だけなら、できればちゃんとした指導者に教わる方が効率的だわ」
確かにその通りだ。
我流で試行錯誤するより、経験者に基礎を叩き込まれた方が早い。
だが、カズトは困ったように頭をかいた。
「ちゃんとした指導者って言ってもなぁ。城の人たちには嫌われてるし」
犯罪者奴隷という立場。
ただそれだけで、汚いものを見るように距離を置く人間がこの城には多すぎる。
さらにカズトは、今回の件も含めて「問題児」として悪名高い。
「学園の先生もなぁ。俺達はれ物扱いだし」
零もその言葉には苦い表情を浮かべ、反論しなかった。
奴隷という身分がもたらす壁は、想像以上に厚い。
しばらく、重苦しい沈黙が部屋を支配した。
「こうなったら、道場にでも行くしかないわね」
ポツリと溢れた零の一言に、カズトは顔を上げた。
学園の外。
王都の街並みには、貴族や一般兵向けに剣術や体術を教える道場がいくつも点在している。
学生が個人的に通うことも決して珍しくはない。
「道場か……」
カズトは天井を見上げながら呟いた。
「明日は学園も休みだから、ちょっと探して行ってみるか」
⸻
翌朝。
俺はセレナ様に城の外出許可をもらい、王都の外れにある小さな道場へと向かっていた。
「あなたは病み上がりなのですから、休みの日くらいはきちんと静養してほしいのですが……」
許可を願い出た際、セレナ様には少しだけ困ったような苦言を呈された。
だが、戦技祭まで時間がないことも、彼女は理解している。
「くれぐれも無茶だけはしないでくださいね」
何度も念を押されて、ようやく許可をもらえたのだった。




