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手合わせ③

「はい。私は人を癒すことは出来ませんが、自分を癒すことは得意です」


 エリカは軽く拳を握った。

 速度。反応。出力。


 纏う光の魔力がわずかに脈動し、身体能力そのものが一段階引き上がっているのが、離れていてもはっきりと分かった。


 零が、少し羨ましそうに小声で呟く。


「そんなこと出来るなら、私も光魔法の適性が欲しかったわね」


「そう簡単な話ではありませんよ。

回復魔法には高い集中力が要求されます。

高度な戦闘を行いながら自身を回復させるなんて、右手と左手で別々の作業をしているようなものです。」


 同じ回復魔法を使うセレナだからこそ、その異常性が理解できる。


「加えて身体能力の強化まで、、彼女の類稀なる才能と、想像もできない努力の賜物でしょう。

少なくとも、私には真似できる気がしません。」


 エリカは視線を外さないまま、淡々と答える。


「私は持久戦では、ほぼ負けません」


 誇るでもなく、ただ事実を述べる声音だった。


「なるほどな……だから決め手に欠ける、か」


 一撃で沈めるタイプではない。


 削り、凌ぎ、回復し――

 最後まで立っている者が勝つ。


 いかにも実戦向きの能力だ。


 エリカはまっすぐに視線を向けた。


「どうでしょうか。雷を見せる価値はありますか?」


 少しだけ頭をかきながら、カズトは息を吐く。


「……分かったよ」


 エリカの力に応えるように、ゆっくりと魔力を練り上げると、周囲の空気がぴりりと震えた。


「一発だけだ」


 エリカは光を纏ったまま、静かに構え直す。


「来なさい」


 訓練場の中央。

 雷と光、二つの属性が静かに向かい合う。


「――雷装」


 低く呟いた瞬間だった。

 ばちり、と空気が弾ける。


 青白い雷光が身体を包み込み、四肢を走る電流が地面へ火花を散らした。


 ただの手合わせで想定していた出力ではない。


 思わず零が一歩下がる。


「ちょっ――」


「目を逸らすなよ!」


 次の瞬間、カズトの姿が消える。


 閃光。


 一直線の光がエリカへと突き抜けた。


 雷を纏った拳が、彼女の腹部へ深く突き刺さる。


「――っ!」


 衝撃と轟音。


 エリカの身体はそのまま後方へ弾き飛ばされ、訓練場の壁へ激突した。


 石壁が大きく崩れ、粉塵が舞い上がる。


 しばしの静寂。


 弾けていた雷光が、ぱちぱちと音を立てながら消えていく。


「やべ!? やりすぎた!?」


「カズトのバカ!」


 零が叫び、セレナもすぐに駆け出す。


「いけません、すぐに回復を――」


 だが。


 がらり、と瓦礫が動いた。


 三人の動きが止まる。


 崩れた壁の奥から、ゆっくりと人影が立ち上がった。


 淡い光を纏ったまま、エリカが姿を現す。


 腹部の制服は裂けている。


 しかしそこに残るはずの打撃痕は、光に包まれるようにして徐々に薄れていった。


 皮膚が、みるみる再生していく。


「ごほっ、これは……想像以上ですね」


 軽く腹部を押さえながら、エリカは深く息を吐く。


 光がさらに強まった。


 細胞が活性化し、損傷が修復されていく様子が目に見えて分かる。


「危なかったです。今のはまともに受ければ、内臓が破裂していました」


 思わず、カズトが固まる。


「え」


「雷装……雷魔法による身体強化と神経加速を同時に行うタイプですね」


 砂煙の中、彼女はゆっくりと歩み出る。


「速度、貫通力、破壊力。どれも一級品です。伝聞にある制御の難しい雷魔法を、ここまで扱えるとは驚きました」


 そして、わずかに口元を緩める。


「ですが」


 光がさらに収束する。


「これで終わるほど、私は柔ではありません」


 削られても立ち続ける耐久力。

 そして、それを支える精神。


 セレナが小さく息を吐いた。


「素晴らしい適性ですね、エリカ」


 零はカズトを睨む。


「アンタほんと加減を覚えなさいよ」


 頭をかきながらも、彼は視線を逸らさない。


「悪い。でも……無茶した甲斐はあったかな」


「ええ。十分に」


 エリカは正面に立ち、静かに言った。


「ですが、あなたはまだ、本気ではないですよね」


 崩れた壁の向こうから、外光が差し込む。


「それはあんたも同じだろ」


 エリカの光がさらに強まり、雷もまた激しく弾ける。


 二人が再び動こうとした、その瞬間だった。


「――そこまでです」


 凛とした声が空気を断ち切り、セレナが二人の間へ歩み出た。


「これ以上は許可できません」


 カズトが顔をしかめる。


「いやでも――」


「あなたは病み上がりです」


 ぴしゃりと言い切る。


「それに雷装は、身体への負担も小さくないはずです」


 言い返せない。

 実際、久しぶりの雷装で関節がわずかに軋んでいる。


「そして何より」


 ゆっくり視線を横へ向ける。


 崩れた壁。

 砕けた石材。

 ぽっかりと開いた大穴。


 沈黙。


 零がぼそりと呟いた。


「……あんたこれ、どうすんの」


 カズトの顔が青ざめる。


「やべ、またやっちまった」


 セレナはため息をついた。


「このあと、訓練場の修理をしなければなりません」


「俺がやるんです、よね……?」


「当然です」


 即答だった。


「……申し訳ありません。私も手伝います」


「いや、巻き込んだのは俺だし」


 張り詰めていた空気が、ふっと緩んだ。


 エリカはこちらをまっすぐ見つめる。


「今日はここまでにしましょう」


「……ああ」


 決着はついていない。

 だが、互いに分かっている。


 実力の差も、可能性も。

 すでにはっきり見えた。


「戦技祭、楽しみにしています」


「負けねえよ」


 短い言葉だが、それだけで十分だった。


 光が消える。

 雷も静かに消えていく。


 残ったのは、崩れた壁と――

 ほんの少しだけ縮まった距離。


 戦技祭まで、あと一ヶ月。

 やるべきことは、はっきりしている。


 まずは――


「……これ、本当に修理するんだよな?」


「さっさとやりなさい」


 零が呆れ顔で笑った。


 ようやく訓練場に、いつもの日常の空気が戻ってきた。


気持ちが昂るとちょこちょこ敬語が外れるエリカさん

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