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手合わせ②

 カズトは一呼吸おいて、体内を巡る魔力を脚部へと集中させた。

 淡い光が足元に集まり、筋肉がわずかに膨らむ。


 強く踏み込み、一直線に加速する。


 そして衝突の直前に、軸足をわずかに滑らせることで、身体を沈める。


 予備動作のない、まるで転んだかのような地を這う低い体勢。

 これまでとは明らかに軌道が違う。


 正面からの突進を想定していた相手ほど、この動きは読みづらい。


「……っ」


 想定していた軌道が外れたことで、わずかに焦りが見えた。


 カズトはそのままの勢いで片手の指を地面につき刺して、その反動で強引に体を大きく捻る。


 変則的な回転蹴り。


 狙いは脇腹だ。

 咄嗟に受けに回ったエリカの腕が弾かれる。


 初めて、大きく体勢が揺らいだ。


「入った!」


 間髪入れずそのまま踏み込む。

 多少身体に無理はかかるが、型も構えも無視した連撃。


 予測できない打撃が連続して叩き込まれる。


 武術として見れば粗い動きだが、その分だけ攻撃の意図は読みにくくなる。


 特にこの、時折混ぜ込まれる地面に指を突き刺して軌道を無理やり変える攻撃。


 通常ではありえない方向からの変則的な動き、これは初見では非常に相手し辛いようだ。


 直感と反射だけで組み立てられた嵐のような連撃。


(このまま読ませずに一気に崩す!)


 エリカはあえて防御する事をやめて、攻撃を一発もらう事で、その反動で距離を取った。


 そして、一瞬の間に思考をクリアにした彼女の足運びが変わった。


 崩れたはずの重心が、静かに戻っていく。


 わずかな沈み込み。

 それだけで体勢は完全に立て直されていた。


 カズトの拳を掌で絡め取り、軌道を逸らし、そのまま懐へ潜り込む。


「……甘い」


 短い一言。

 次の瞬間、肘が鳩尾へめり込んだ。


 衝撃が魔力越しに突き抜ける。


「がっ……!」


 呼吸が一瞬止まる。


 さらに足払い。

 視界が反転して、背中が地面を打った。


 砂埃が舞い、訓練場に一瞬の静寂が落ちる。


 エリカは追撃せず、静かに距離を取った。


「今のは良い攻めでした」


 声は落ち着いたまま。

 息もまったく乱れていない。


「型がない分、確かに動きはいくらか読みにくいです」


 カズトは仰向けのまま天井を見上げる。


(手応えはあった……)


 確かに、崩した。

 あの瞬間、エリカの体勢は明らかに乱れていた。


 だが――それもほんの一瞬だ。

 攻撃を受けて、わずかに距離を取られた事ですぐに立て直され、逆に懐へ潜り込まれた。


 零が慌てて駆け寄る。


「大丈夫!?」


「……ああ」


 咳き込みながら、ゆっくりと体を起こす。


 鳩尾に残る衝撃が、まだ鈍く疼いていた。

 魔力で強化していなければ、まともに立てなかったかもしれない。


「直線の加速を見せてから軌道を外す。

 我流らしい発想ですが、悪くありません」


 淡々とした口調で続ける。


「ですが、崩した後の詰めが甘いです」


 視線はまっすぐカズトに向けられている。


「勢い任せでは、すぐに隙を突かれます。」


 静かな指摘だが、その言葉には確かな重みがあった。


 カズトは立ち上がり、口元を拭う。


「……なるほどな」


 悔しさがないわけではない。

 むしろ、かなりある。


 だがそれ以上に――


 胸の奥が妙に高鳴っていた。


「面白いな」


 思わず口元が緩んだ。

 こんなに正面から叩き潰されたのはいつぶりだろうか。


「もう一本、いきますか?」


 エリカの声音には、わずかな興味が混じっていた。


 カズトは肩を回し、軽く息を吐き、そして笑った。


「望むところだ」


 カズトが立ち上がったのを確認すると、エリカは静かに構え直した。


「それでは――次は私から攻めさせてもらいます」


 その一言と同時に、これまでにない圧を感じる。


 先ほどまでの受け主体の構えとは明らかに違う。


 次の瞬間。


 強く、静かな踏み込み。


 直線ではない。

 円を描くような滑らかな軌道で、一気に間合いを詰めてくる。


 拳が三度、虚空を裂いた。


 上段。

 中段。

 下段。


 それぞれ軌道が違う。


 これを捌き続けるのは難しいと判断して、カズトは魔力を一気に高めた。

 全身を覆うように、厚く、密度を持たせる。


 直後、強い衝撃を受ける。


 だが――


(重い……!)


 ただの打撃ではない。

 衝撃が魔力の層を通り抜け、内部へ浸透するように響いた。


 腕で受け止めたはずの一撃が、骨の奥まで震わせた。


 そのまま容赦なく膝蹴りが繰り出される。


 その威力に魔力の層が軋む。


「……っ!」


 歯を食いしばり、踏みとどまる。


 エリカの動きは基本の型を踏襲している。

 だが、途中で構えが切り替わるのだ。


 拳法のような鋭い直線。

 蹴り技の回転。

 関節を狙う崩し。


「型が固定されていない?」


 零が目を細めた。


 セレナが小さく頷く。


「実戦型ですね。場面ごとに最適な型を選んでいます」


 その言葉の直後、エリカの掌底が胸部へ叩き込まれた。


 魔力の膜が大きく波打つ。

 一瞬――貫かれる感覚。


(ぐっ!?)


 足に力を込め、地面を掴むように踏み締めて耐える。

 これではまだ足りないと、さらに多くの魔力を圧縮する。


 膨大な魔力量で、強引に押し返す。


「……厚い」


 打ち込んでいるはずなのに、決定打にならない。


「それに、この密度……」


 エリカは一歩退き、距離を取り思考を重ねる。

(攻撃を重ねれば、多分崩せる。けど――)


 一撃で沈めるほどの破壊力が足りていない。


 カズトの魔力の壁を貫通させるには、もう一段階の出力が必要だが、それを使えば訓練では済まない。


 エリカは静かに息を吐いた。


「これでは……決め手に欠けますね」


 荒い息のまま、カズトも笑う。


「お互いにな」


 互いに一歩も退かないが、状況は明確だった。


 技術はエリカが上。

 だが、魔力量と密度はカズトが異常。


 エリカは構えを解かないまま、問いかける。


「カズトさんは、雷魔法が使えるのですよね?」


 呼ばれた本人が、わずかに眉を上げる。


「え、まあそうだけど。でも手合わせで使うものでもないし」


 エリカは小さく頷いた。


「見せて欲しいです」


「いやぁ……でも、あまり手の内を見せるのもなぁ」


 戦技祭は一ヶ月後。


 ここで主力を晒すのは得策とは言えない。


「それもそうですね」


 エリカは一瞬考え、静かに言った。

 そして――


「では、私から先に開示します」


 次の瞬間。


 エリカの纏う魔力が、一気に跳ね上がった。


 ぶわり、と圧が広がる。


 淡い輝き。


 いや――光だ。

 粒子のように細かな光が、彼女の周囲で煌めき始める。


 零が息を呑む。


「……綺麗」


 セレナの目が細まった。


「光属性……」


 エリカの声は静かだった。


「そう、私の属性は光」


 輝きがさらに強まる。


 まるで肌そのものが淡く発光しているかのようだ。


「自身の細胞を活性化させて身体能力を上げながら、回復を行えます」


 その説明に、彼の目が見開かれた。


「……自己強化型、しかも回復付きか」

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